微妙な気持ち
それから、しばしの沈黙。誰も言葉を発しない中、沈黙を破ったのはリオの「どうして、ここにいるの?」という問いかけだった。
「……えぇっと、エミさんに頼まれまして、忘れ物を届けに……」
しどろもどろになってしまったのは、リオの表情があまりにも迫力のあるものだったからだろうか。いつもよりもずっと迫力のある表情に、セイディはほんの少しだけ怯んでしまったのだ。
「……わざわざ、そんなことをしに来たの?」
「困っているかと、思いまして」
リオの冷たい声にセイディは反射的にそう返す。そうすれば、リオは「……お人好し」と言った後「はぁ」と息を吐いていた。別に、お人好しだからこんなことをしているわけではない。単に、リオが困っているだろうと思い引き受けただけであり、それ以外の感情など含まれていない。……ちょっとだけ、騎士団の訓練に興味があったのは、認めるが。
「別に、そこまで機嫌が悪くなることはないだろ。……それで、お前も助かったわけだしな」
二人の間の空気があまりよくないことを感じ取ってか、アシェルが不意に口を挟んでくる。その言葉に、リオは「……まぁ、そうですけれど」と言っていた。それでも、何処となく不機嫌そうで。セイディは、余計なことをしてしまったかな、と思ってしまった。いきなり婚約者が職場に来るなど、迷惑以外の何物でもなかったのかもしれない。今更ながらにその可能性に気が付き、セイディは「ご迷惑、でしたよね」と言って立ち上がろうとする。が、それを止めたのは意外にもアシェルだった。
「……リオ。八つ当たりは止めておけ」
アシェルはそう言ってセイディの方に近づくと、セイディの耳元で「今、機嫌悪いみたいだから」と小声で教えてくれた。その後、アシェルは「……リオは、セイディを送って行ってやれ」とだけ言うと自身の机の方に戻ろうとする。
「副団長、私、まだ仕事が……」
「それくらい、俺が引き受けておいてやる。他の奴にちょっかい出されたくないんだったら、しっかりと見ておけ」
「……別に、そういう訳じゃ」
リオはアシェルの言葉に眉を下げていた。しかし、すぐに気を持ち直したのか「……セイディ、行くわよ」と言ってセイディの手首を掴みながら歩き出す。そのため、セイディは慌ててリオについて歩いて行くことしか出来なかった。その足取りは、ゆっくりだが優しいものとは言えない。なんというか、やはり不機嫌なのだろう。それは、セイディにも容易に想像が出来た。
「ったく、面倒な奴だな」
部屋を出ていく際、ふとアシェルのそんな声がセイディの耳に届いたような気がしたが――その言葉の意味を問いかけることは、出来なかった。
それから、ゆっくりと歩を進めセイディはリオの背中を追う。自分は、何か余計なことをしてしまっただろうか。そう思うが、特に余計なことをした覚えはない。あえて言うのならば、図々しくアシェルに世話になったことくらいだろうか。
「あ、あの、リオさ、ん?」
リオの背中に声をかければ、彼は「……あんまり、ここに来ちゃダメよ」と言ってセイディの方に視線を向けてきた。その美しい青色の目に見つめられ、セイディは息を呑む。……でも、どうしてリオがそんなことを言うのかが分からない。まさかだが、迷惑をかけていると思われたのではないだろうか。
(確かに、アシェル様に迷惑をかけたような気は……する、けれど)
だけど、何もそこまで怒らなくてもいいじゃないか。それに、元を正せばアシェルがセイディを逃がしてくれなかったのだ。そう、言おうかと思った。だが、言えなかった。
「……あのね、ここはいろいろと面倒な場所なのよ」
それは、リオがあまりにも真剣な表情でそう告げてきたからだ。それに驚きセイディが目を見開けば、彼は「誰もが、貴女に興味があるの」と渋々というように言ってきた。……興味がある。それは、リオの婚約者として、だろうか?
(それってある意味……珍獣扱い?)
心の中でそう思うが、リオはただ首を横に振りながら「貴女、多分間違えたことを考えているわ」と言ってきて。それに、セイディはどう反応をすればいいかが分からなかった。
「……貴女、多分天然でしょう」
「天然じゃ、ないです」
「嘘言わないで。……多分、今珍獣だからって、思ったでしょ?」
その言葉に、セイディは「うっ……」と押し黙ってしまう。何故ならば、それは間違いなく真実だったから。そのため、セイディがゆっくりと視線を逸らせば、リオは「……貴女は、自分が思う以上に綺麗なのよ」とボソッと零していた。
「副団長も団長も、貴女に興味があるの。……多分、その容姿を見たらそれ以上の興味を抱くわ」
目を瞑りながら、リオはそう言う。が、セイディからすればそれは意味の分からないことだ。自分が綺麗だとは、思えない。実父や継母は異母妹のことだけを可愛いとしてきたし、セイディの容姿を褒めてくれた人などほぼいなかった。
「……それは」
――ただの、幻想ですよ。
そう、言おうとした。けど、言えなかった。リオが、あまりにも真剣な目でセイディのことを見つめてきたから。
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