自由気ままな団長
「……ミリウス、殿下」
セイディの唇が恐る恐るといった風にその名前を言葉にする。その言葉を聞いたからだろうか、ミリウスは「俺のこと、知っているのか」なんて笑いながら言う。その笑い方は何処となく豪快であり、王族特有の気品など持ち合わせていないようにも感じられた。
「当り前だろ。団長、王弟だしな。……この国で団長の顔知らない方が稀有な人種だ」
「そうだったな。自分の立場結構どうでもいいから、忘れてたわ」
……自分の立場を忘れる人間がいてたまるか。セイディは心の中でそう思うが、ミリウスの表情に悪気はなさそうで。そのため、何も言えずじまいだった。
そんなセイディを見て、ミリウスは「……で、誰だ?」と怪訝そうに声をかけてくる。それは、今更な質問だな。そんなことを思ってしまうが、相手の立場を考えるに簡単には口答え出来なかった。そのため、セイディは押し黙る。
「……ヤーノルド神殿の元聖女だ。ほら、縁談が来てただろ? リオが受けた奴」
「あぁ、あいつか。……へぇ、こんな顔だったんだな」
ミリウスはそれだけを言うと、アシェルの隣にドカッと腰を下ろす。その後、セイディのことを品定めするような視線で見つめてきた。その緑色の目は、何処となく居心地が悪い。でも、逃げてはダメだ。自分自身にそう言い聞かせ、セイディがミリウスのことをまっすぐに見つめ返していれば、彼は「……まぁ、悪くはないな」とだけボソッと零した。
「その何処となく堂々とした振る舞いも、俺は好きだぞ。……ま、リオの婚約者だしちょっかいは出さないがな」
そこまで言うと、ミリウスはおもむろに立ち上がる。そして、「じゃあ、俺はまたどっかに行くわ」と言って歩き出そうとする。が、唐突にアシェルはミリウスの手首を掴み「あれ」と言って書類が山積みになった机を指さした。
「せっかくだし、仕事をして行け。……雪崩起こしてるだろ」
「そんなもん、アシェルとリオで片付けておけ」
「出来るものならばやっている。出来ないから、ああなっている」
まるで子供に言い聞かせるかのようにアシェルがそう告げれば、ミリウスは「うげぇ」と声を漏らしていた。その表情と声音は本当に苦痛そうであり、さらには何処となく子供っぽい。そんな表情を見せられると、毒気を抜かれてしまいそうだがアシェルからすればいつも通りなのだろう。彼は何かを言うこともなく、ミリウスに対し「じゃ、頼む」と言い会話を終わらせた。
「……えぇっと」
「あぁ言っておけばある程度は片付けてくれる。……なんだかんだ言っても、身内には甘いから」
セイディの元に戻り、アシェルはそう言葉を告げてきた。その言葉通り、ミリウスは渋々といった風に自身の机の方に向かう。しかし、その表情は本当に嫌なのだろう。何処となく険しいものだ。ついでに言うのならば、少し書類を取っただけで完全に雪崩が起こった。……見ていられない。
「手は、出すなよ。極秘資料だし、いくらリオの婚約者といっても出来ないこともある」
「そ、そうですよね」
思わず手を出しそうになったセイディを止めたのは、他でもないアシェルで。彼はそう言った後「リオ、遅いな」と言って時計を見つめた。確かに、もうかれこれ二十分は経っている。少し席を外しているだけならば、すぐに戻ってくるだろうに。
「……どっかで捕まったかな」
時計からセイディに視線を戻し、アシェルは面倒くさそうにそう零す。……捕まった。一体、何にだ。そう思うセイディの気持ちに気が付いてか、アシェルは「……あんまり、セイディに話すことじゃないけれどな」と言いそこで言葉を一旦区切る。
「まぁ、騎士って結構女性人気の高い職種だ。……リオも、例外じゃない」
「……そう、なのですか」
「婚約者がいるって言っても、諦めない奴は多いからな。特に、王宮に出入りしている高位貴族の令嬢ともなれば、かなりしつこい」
そう言ったアシェルの表情は、本当に迷惑だとでも言いたげなほど、厳しいものだった。きっと、彼としては仕事に集中したいのだろう。だからこそ、それを阻む令嬢たちが許せない。……気持ちは、分からなくもない。セイディだって、聖女としての仕事をしている際にジャレッドにちょっかいを出されたら……毎度毎度キレそうだったのだから。
「まぁ、セイディはこんな感じだし、一緒にいて楽だな」
「……私たち、まだ出会って一時間も経っていませんけれど……」
「俺、これでも人を見る目はあるから」
それは、自分で言ってもいいことなのだろうか。そんなことを思いセイディが頭の上で疑問符を浮かべていれば、突然部屋の扉が開く。そして「遅れちゃった!」と言ってリオが入ってきた。
「あぁ、もう。本当に捕まると面倒だわ。副団長、これ、頼まれていたしりょ……って、セイディ?」
「はい、セイディです」
リオがセイディの名前を呼ぶものだから、セイディはそう答えてしまった。……我ながら、その答えはないだろう。そう思ってしまったが、時すでに遅し。言ってしまった言葉は、取り消せないのだ。
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