王都へと
そして、翌日。セイディは特に誰かに見送られることもなく、リオと共に馬車に乗り込んだ。親しい聖女仲間には、自分が王都に行くことは告げている。しかし、見送りは拒否した。ジャレッドに、気が付かれたくなかったためだ。
「王都にはゆっくりと向かうから、明後日くらいに着くと考えてくれたらいいわ」
「分かりました」
確かに、安全地帯を事故なく走ろうとすれば、それくらいは時間がかかるかもしれない。そう考え、セイディはリオの言葉に頷く。
リオとセイディが馬車に乗り込むと、御者がゆっくりと扉を閉めてくれる。その後、馬車はゆっくりと走り出す。徐々に遠のいていくヤーノルド神殿には、たくさんの思い出がある。いい思い出も、悪い思い出も。でも、何故かあまり寂しくはなかった。それはきっと、リオが側にいてくれるからだろう。
「でも、荷物は本当にこれだけでよかったの?」
馬車が走り出して五分程度経った頃。不意に、リオはそう声をかけてくる。そのため、セイディは自らの膝の上に載せた小さな鞄を見つめ、「……燃えちゃいましたから」と答えた。思い出の品なども、全て燃えてしまった。だからこそ、未練もなく置いていくことが出来た。衣服も王都で買い足せばいいと思い、買い足してはいない。
「……じゃあ、王都に着いたら服屋に居て、服を買いましょうね」
「ありがとう、ございます」
その言葉に、セイディが頭を下げてお礼を言えば、リオは「そんなにかしこまらなくてもいいのに~」と言いながら、手のひらをひらひらとさせる。今まで、何度もリオはそう言ってくれた。それでも、やはり馴れ馴れしくなど出来ない。
「私にはね、妹がいるの」
「前に、おっしゃっていましたね」
「そう。私の婚約話を聞いて、義姉が出来るって喜んでいたのよ。あの子、姉が欲しかったみたいで」
「そうなの、ですか」
リオの妹ということは、きっとその子も大層顔が良いのだろう。自分のような義姉で、満足してくれるのだろうか? そう思ってしまえば、リオは「セイディのこと、きっと気に入るわよ」とニコニコと笑いながら言ってくれる。
「だって、貴女すごく優しくていい子だもの。父も母も、きっと気に入ってくれるわ」
「……そうだと、いいですね」
その言葉を素直に肯定出来なかったのは、実の家族がセイディのことを虐げてきたからだろうか。実の家族に愛されなかった自分が、他人に愛されるとは思えない。近づいてくる人は、大体力目当てだった。その所為で、ひねくれてしまった自覚はある。そのひねくれてしまった心は、直そうと思ってもなかなか直せないものだった。
「本当にセイディは自分に自信がないのね。大丈夫よ、私がいっぱい肯定して、褒めてあげるから」
「……褒めるところ、ありますか?」
「たくさんあるわよ」
リオの言葉に、セイディはようやくくすっと笑うことが出来た。やはり、いろいろと不安だったらしい。新しい環境に慣れることが出来るのか。リオの家族に、オーディッツ家の面々に受け入れてもらうことが出来るのか。そんな不安を抱いていたが、リオの様子を見ていればそのネガティブな考えも、徐々に飛んでいく。だからこそ、セイディは「……ありがとう、ございます」と言って笑った。今度は、頭は下げなかった。
「貴女は笑った顔がとても可愛らしいのだから、もっと笑えばいいのよ」
「……そう言っていただけて、嬉しいです」
「まーた、かしこまっているわね」
そう言われるものの、特に不快な気分にはならない。それはきっと、リオが人との距離感を図るのが上手いためだろう。彼は、人が不快になる距離感をしっかりと理解している。そのため、人を不快にはしない。本当に、今更のことだが。
(……あれ?)
そんなことを考えながら、ふとセイディがリオの横顔を見た時だった。リオの目が、何処となく寂しそうに見えてしまったのだ。今までも、度々そう言う目をリオはしていた。それでも、何故だろうか。今は……いつも以上に、寂しそうだと思ってしまう。
「セイディ、どうかしたの?」
しかし、次に声をかけてくれたリオは、いつも通りの表情で。だからこそ、セイディは「……なんでも、ありません」とだけ言う。そう、先ほどの表情は気のせいなのだろう。たとえ、脳内では気のせいではないと分かっていたとしても。今は、気のせいだと自分に言い聞かせた方が良いのだ。
(……いずれは、知れるといいのだけれど)
リオの、その悲しそうな目の理由を、いつかは知りたい。リオはセイディのことを「婚約者だから」と言って、たくさん助けてくれた。今度は、自分が恩返しをしたい。そう、思える。思えるのだが――……。
(だけど、リオさんは私のことを深入りさせてくださらない……)
リオは、セイディを深入りさせてくれない。いや、違う。誰に対しても、そうなのだ。自分はぐいぐいと人に行くくせに、自分には深入りさせない。それは一体――どうしてなのだろうか。
「……もう、あんな思いをするのはこりごりなのよ」
ふと、セイディの耳にそんな言葉が届いた気がしたが――それも、気のせいだと言い聞かせた。
2021年のこの作品の更新は今日で最後です(o*。_。)oペコッ
この作品では半年ほどですが、今年一年ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします……!(次回更新も木曜日を予定しております)