後編
ふう。やっと離れてくれたか。
俺は大学に入ってできた悪友の執拗な問いをかわす事ができて、安堵の息をついた。
あいつは悪い奴ではないのだが、どうにもしつこくて困る。
いや、だがそれも仕方がないのだろう。
俺でも、自分より太っていた友人が、いきなり痩せてマッチョになって、しかもフサフサになったとなれば正気ではいられないだろう。
殺気立つのも仕方がない……。
実際、さっきの奴の目には殺意が見えた。
我が友ながら恐ろしい男だ……。
それでも、俺は真実を語るわけにはいかなかった。
夏休みの間中、祖父のところで生活していたのは事実だ。
畑を手伝っていたのも、山や川で食材を採っていたのも事実だ。
それどころか鹿や猪まで狩っていた。
電気と水道が通っていなければ、俺は気が狂っていたかもしれない。
通信は、繋がってはいたがそれどころではなかった……。
そんな日々で、俺の体は早々に音を上げた。
もともとそんなに健康体ではないのだ。
頻繁に寝込む俺を救ったのは……。
それは、けして現代社会では口にしてはならない禁忌だった。
祖父は父にそれを話さなかった。
禁忌だからだ。
だから、うちの父は健康だが太っていて、しかもハゲている。
健康とは言えない俺を、祖父はずっと心配していたらしい。
だから、大学生になって夏休みになったら、休みの間だけ俺を山へ寄越して欲しいと言ってきたのだ。
心の底から嫌だったが、俺の学費は全て祖父が出してくれた。
バカ高い私大の学費を払ってくれた祖父の願いを断ることはできなかった。
だが、祖父は俺にも何も言わなかった。
到着からほぼ連日寝込み続ける俺は思った。
『ゲームみたいに魔力とか霊力とかあれば、体を治せるのかな』
多分、熱でおかしくなっていたんだろう。
あのとき、俺は体を冷やして夏カゼをひいていた。
藁にも縋りたい気分でゲームのヒールをイメージした。
瞬間、体が少しだけ楽になった。
気のせいかと思いつつ、繰り返すうちに熱も下がり、体はどんどん回復していった。
起き上がってぼんやりしている俺を見て、祖父は「分かったか」と言った。
祖父の所有しているこの山は霊山になっていて、霊力や神力といったものを感じやすく、使いやすい場所らしい。
魔力については、祖父はよく知らんと言っていた。
だが、霊力や神力、その使い方はよく知っていて、訥々とした方言混じりの喋り方で触りだけだが教えてくれた。
俺はここのところずっと、どうやら山の霊気に当てられていたらしい。
「言ってくれよ」
とため息をついた俺に、祖父は言った。
「自分で分からんとどうにもならん」
そりゃそうだけどさ、と俺は内心不満たらたらだった。
そうやって過ごした中で、俺は痩せて筋肉質になり、身長も少しだが伸びて、髪の毛もふさふさになった。
家に帰ったらまず父が、休みを取って田舎に行く、いや、いっそ会社を辞めて田舎に戻ると言い出して、騒ぎを収めるのに苦労した。
そして大学ではこれだ。
朝から、悪友のみならず、いろんなヤツらに絡まれてうんざりしている。
理由を話すつもりはないが、悪友のあいつだけは、来年一緒に山に連れて行ってやってもいいと思っている。
奴ならきっと理解してくれる。
俺はそう直感していた。
山を降りて、父や他のヤツと話して理解した事がある。
これは誰にも話せない。
山で育った父に、祖父が話していないのも無理はない。
こればかりは、自分で会得し、その上で自然や神々、先達者にその先の教えを乞うものなのだ。
そう、この能力は禁忌なのだ。
決して口にしてはならない力。
もしも他言した場合、俺は間違いなく罰せられる。
社会から追放され、まともな人生は望めないだろう。
祖父がそうだったように。
誰からも理解されず、能力が高いにも関わらず、山の中で1人静かに暮らす祖父。
それは彼が若い頃、力を手にしてそれを吹聴してしまったが故だ。
ただ1人、分からないながらも信じてくれた幼馴染がいてくれたから、祖父は家族を持てた。
儂のようにはなるな。
口癖のように祖父は言った。
分かってるよ、祖父さん。
でもあいつは、俺の悪友は、絶対大丈夫だと思うんだ。
俺は全身に霊力を満たし、ゆっくりと息をする。
そう、これは禁忌。この禁忌には近年、名前がついた。
もしも口にしたなら、俺は間違いなく社会的に抹殺されるだろう。
古くは魔女狩りとして、あるいは邪教の徒として政権側から追い込まれたように。
現代では、社会の全てが敵となる。
禁忌の名前、それは「厨二病患者」ーーーー。
俺は、俺の仲間たちを救うため、静かに立ち上がる事を決意した。
禁忌を超え、真実にたどり着き、真なる力に目覚めた仲間たちを増やすのだ!
そして世界を真実から覆い隠す悪の手から取り戻す!
世界に真の平和を築くのだ!!
ハアーッハッハッハ!
世界は我らの物になる!
神々よ、ご照覧あれーー!!