前編
友人が痩せた。
しかも筋肉までついた。
どういうわけか身長まで伸びているような気がする。
1番許し難いのは、どう考えても以前よりふさふさしている事だ。
どこが、だと?
全体的にだよ!
頭頂部が全体的にふさふさしてるんだ!
あれだよ!
女の子に多い、髪の毛が多いってやつだ!
ふざけんな!
お前こないだまで「朝起きたら枕に大量の髪の毛がついてる」って絶望してただろ!
このままじゃ遺伝で親父みたく頭頂部からハゲるとか泣いてただろ!
裏切りやがってちくしょう!
休み明け、久しぶりにあった友人の変わりように驚いたおれは、教室に入ってきた奴に近づくと襟首を掴んで優しく話しかけた。
「てめえ! 休みの間に何があった! 吐け! この裏切り者が!!」
優しく話しかけたつもりだったが、殺気立っていたらしい。
「ちょっと落ち着け」
となだめられ、おれはひとまず奴の襟首から手を放した。
「何もなかったよ。ただ、夏休みの間中、田舎の祖父さん家ちに言ってたんだ。畑を手伝えって言われてさ」
奴は窓際の空いている席に向かいながら淡々と言う。
おれは奴が嘘をついているのではと疑った。
「だから睨むなよ。俺の祖父さんっていうのがさ、電車どころかバスも通ってないような山の中で暮らしてるんだ。朝から晩まで畑を手伝って、そうでなけりゃ山に入って山菜採ったり川で夕食の魚を釣ったり。文明社会から片足抜け出したみたいな生活してたんだ。そりゃ痩せもするさ」
「本当か?」
「嘘言ってどうするよ。なんだったら、お前も来年の休みは一緒に行くか?」
「……考えとく」
大学時代の貴重な夏休み潰して、あの身体を手に入れる。
悩みどころだ。
バイトもせず、遊びにも行かず、ナンパもせず…。
そうして手に入れる痩せた筋肉質の身体。
一夏潰すかわりに冬までには彼女ができるだろう。
だが……。
おれはとりあえず何か運動を始めようと決めた。
朝走るのはダメだな。絶対続かない。
運動部に入るなんてもってのほかだ。自由な時間が無くなってしまう。
ジムにでも通うか。
来年、まだ彼女がいなくて、筋肉つけるのに成功してなかったら……そして、髪の毛が……髪の毛が、アレが始まってしまったら……。
そしたら、行ってもいいかもしれない。
いや、もし毛根のパワーアップが図れるなら、その秘密を手にすることができるのなら、行く価値は間違いなくある。
奴はその秘密をもしかしたらすでに掴んでいるのかもしれない。
その上で黙っているのだ。
なんて奴だ……!!
だが気持ちは分かる。
おれだって絶対他の奴には言わない。
ハゲが増えれば、しかもハゲてデブな奴が増えれば、それに比例しておれがモテる確率も増えるというものだ!
こうして悪は生まれていくのか……!
だが可愛い家庭的な彼女を嫁にし、モテてモテて困って仕方がない人生を手に入れるためなら、おれは悪になる! 悪になるぞ、◯ョ◯ョーーー!