第4章
よろしくお願いします。
陣取り戦は基本的に攻めと守りの戦いとなる。
隣接する区の町が戦場となり、小岩が戦場となっている現在こちらは守りで、攻めてきているのは江戸川区で、今回は篠崎町から単体からということ。
駅が含まれる町での攻防戦は特殊フラッグ戦となる。
駅中心に置かれたフラッグを奪われたら防衛側の敗北だ。
小岩は南や東と分けられる広さを持つ上に総武線小岩駅の通るある種の重要拠点。
その為奪うことは難しい。
だが奪われると痛い、そういう場所だ。
当初こそ連合などとやってはいた葛飾区と江戸川区だが今では完全に敵対関係にあり、江戸川区と隣接する区は幾度も攻撃を受け、新小岩は江戸川区の管轄に落ちている。
まずは力量の近い葛飾区を吸収し江戸川区の範囲を広げようという戦略なのだろう。
基本的に戦いを挑んでいくのは貧しい区であり、豊かな区は守りになる。
西に多くあるようないくつかの巨大な区を相手にするには一区だけの力では到底敵わない。
なのでまずは近隣の葛飾区を落としそのまま北へ進軍しようと考えているのだ。
資金力にものをいわせる区もあれば人材で対抗しようとする区もある。
陣取り戦に参加するプレイヤーは基本的に両陣営とも隣接する町に住民票を置く三十名で構成されることになっているのだが、その内特別枠としてその区内から五名まで参加が可能となっている。
三十名という大所帯によるサバゲーであり、質の高い人間が多くいればいるほど、有利となるっていう簡単な話だ。
その内特別枠を含めた十五名までは指名することが可能である。
特に特別枠であるレギュラーメンバー、通称【ファイブリーク】は区内全域から選べるため区が広範囲になればなるほど選択の幅が広がっていく。
ちなみに削間の住所は立石。
葛飾区の中央辺りに位置する町で今のところ他の区と隣接することもなくある意味平和なとこだ。
そんな立石住みの削間が何故こんな南の町である小岩にいるかといえばもうお気づきであう。
そうこの素人サバゲーマー蒼戸削間は区内から選ばれたエリート中のエリート区民であるファイブリークの一人なのだ。
どうだ凄いだろう?
いや凄いのかは削間自身イマイチ解っていないのが本音なわけで。先ほども言ったが削間は普通の高校生で地元はもちろん葛飾区。
それも葛飾区の代名詞とも呼べる亀有の出身だ。
そんな削間がなぜ立石に住所を置いているかというと発端は二カ月ほど前に遡る。
第一次亀有防衛戦線。
三度行われた亀有での懐かしき一戦目、陣取り戦は数あれどこれほど有名な激戦と呼ばれるものは数えるほどしかないらしく、これはその一つに数えられている。
足立区の区長である【蛮王】と呼ばれる男の指示によって行われた亀有に対する三度の攻撃、削間はその第一の防衛に参加した。
削間自信の意思じゃない。
決して参加したかったわけじゃない。
区民の義務として法なんてもんができちまったから仕方なくだ。
選ばれた理由は葛飾区長【白王】が引いた抽選の中に蒼戸削間の名前があっただけ。
そりゃあもう激戦だったらしい。
参加しといてらしいっていうのは俗にいう芋ってただけで何もしちゃいないまま防衛戦は勝利で終わったからである。
サバゲーなんて未経験。
当たり前だ。
高校生だし。
突然学校を特別休学させられて装備させられて戦々恐々と見慣れた町で行われる戦争まがいのもんに参加させられたら誰だって尻込みしちまうのが普通だ。
敗北を機に諦めてくれれば良かったのだが、足立区の区長はそれなりの戦力を割いたゲームで敗北したことが血管が噴き出るくらいには気に食わなかったらしく二度目の攻撃は戦闘後の処理を待つ時間もなく始まった。
そして始まった第二次亀有防衛戦線。
なんの因果かまたもやジジイの手に蒼戸削間の名前の入った紙切れが吸い込まれちまったから困ったもんだ。
二回目ということもあり少し動きになれた、ということもなかった削間はせっかくやることになったんだという新鮮味からゲーム感覚で参加し、ヒット四つという大快挙の上に生き残ってしまったもんだから大変である。
彼がサバゲー初心者なことを騙くらかすかのように上空のドローンが映し出した映像のほとんどは削間が活躍してる部分である二割であって、八割に当たる無様な姿が観衆の目に映っていなかったのである。
そのことを知ったのは次の日の学校で、削間は一日ヒーローみたいな扱いを受けて少しだけ気分が良かった。
まぐれとはいえ普段関わりの無い連中ですら褒めてきたことを気分悪いと思うならそいつは相当捻くれてると言えるだろう。
削間もそれなりに卑屈で捻くれた側の人間だと自分でも自負しているが、素直に称賛を受けれた辺り彼はまだ普通の域にあるらしい。
その結果を見ていた葛飾区の区長である【白王】は即座に削間を区役所に呼びつけた。正確にはその孫娘だってことを知ったのは役所に着いてから。その孫娘は前置き一つ無しに、
「アンタ、今日からファイブリークに任命するから」
言い放ちやがった上に、「選ばれたことを誇りに思いなさい」だの「いいこと、葛飾ファイブリークに選ばれたってことは葛飾の為に全霊をかけるってことなんだから」だの「覚悟はいい? よくなくても決定したことだから敗北は葛飾追放を意味するわ」だのと能書きを垂れやがった。
そんなもんこっちからお断りだよと削間は心の中で呟く。
もちろん当時の削間はサバゲー初心者だし、ファイブリークってもんの意味も理解してなかったし、23区内のにおける陣地戦なんてもんは単なる行政間の争いとしか思ってなかったから特別休学なんて言い回しはともかく、もし運悪く毎度毎度戦いに借り出されたら授業についていけないなんてことにもなりかねない。
いやすでに若干ついていけていなかったが。
あくまで学生の削間からすれば断る以外の選択肢なんて無い。
「断わります。俺は学生だし、本来サバゲーなんてやっていい年じゃないでしょ。何より興味があんまない。確かにまあ暇つぶしにはなったけど必要以上に政治的なことに関わる気はないんで」
ちっちゃい方は無視してジジイの方に向かって面と向かって言ってやった。
こう言われたら言い返せまい。
実際区長の爺さんは顎に手を当て考えるように上を向いたり下を向いたりしていた。
その動きによって脳の動きが良くなってとんでもない閃きでも浮かぶのだろうかと考えていた削間の隣でさっきまでマシンガントークをかましていたチビッ子が黙りこくってるのも気になるがまあいい。
さっさと諦めて貰って帰ろう。
そんな削間の心を読んだかの如くチラリというよりギラリと流し目で見てきたジジイはいつの間にか手に持っていた一枚の折り目一つ無い綺麗なプリント用紙を差し出してきた。
そしてそれが今にも帰ろうと後ろに向かっていた削間の心を無理やりに引き留めやがった。
内容は長々とあって覚えちゃいないが『ファイブリーク』は区長直属の精鋭部隊であり多額の報酬が出るというものだ。
その額十万。
なんと十万円だ。
23区内全体では大した額ではないらしい。
それでも高校生にとっては大金だ。
こんなの受けない方がおかしい。
高校生の十万っていえばそりゃあ大した額よ。
「お受けします」
削間は一言そう言った。
人生で一番ってくらいの生き生きとした顔を作ってジジイの手を握った。
「それじゃあよろしく頼むわよサク」
ジジイの手を握る削間の方に偉そうに手を置く小学生。
「決まりね。喜びなさい。ファイブリークはあんたを含めて葛飾に三人しかいないわ。その内の一人になれたんだからね。あんたの人生最大の喜びでしょう」
アホが、と内心鼻で笑ってやる。
削間が嬉しいのはファイブリークとかいう精鋭に選ばれたことじゃなく、報酬の十万の方。
だが彼は後に二つの事実を知る。
一つは小学生だと思っていたそのチビが削間と同じ年であること。
一つは報酬である十万は未成年者の場合保護者のモノとなること。
保護者のモノになるってのはつまり削間の元には入らないに等しい。
そこは後々親と交渉し一万円だけ貰えることになった。
最もそれが小遣いになっただけであって、削間の元の小遣い五千円を引いた額五千円しか削間の元には入らない計算だ。
詐欺だ。
完全に詐欺だ。
司法関連の知識があれば親であろうと裁いていただろう。
しかしながら生憎そんな知識も行動力もなかった削間は渋々その条件を呑み込んだ。
ともあれ彼はそんなもんに入っちまったわけで…………。
おまけに親の都合で立石に引越しになり、ついでだからと白鳥と同じ高校に転入させられるわで削間にやる気などあるはずもなく、そんな戦意のまま参加した第三次亀有戦線で削間は無様を晒し亀有は陥落。
葛飾区の重要拠点は奪われてしまう。
こんな時に限ってドローンとかいうオンボロ機体の野郎は余計なとこだけ撮ってくれる。
結果として住所を変えておいたおかげで足立区民になることもなかったわけだが。
亀有を失った以上に葛飾区にとっての痛手が一つあった。
それは23区の中でも別格中の化け物とされ【三銃騎】と恐れられた葛飾のエースを足立区に奪われたことだ。
『三銃騎は二十のカービンに匹敵する』
誰もが口を揃えてそういう(らしい)。何がカービンだよと削間ですらツッコンでしまう。なんでそんな奴がいて負けたんだと白鳥に訊くと、葛飾のエース様はスナイパーらしかったのだが、狙いを定める度に削間(予想外のしゃへいんぶつ)が射線上にいたとのこと。
(んなもん解るかよ)。
全方位に目がついてるような妖怪でもないんだから。
亀有駅を含めている為ルールがフラッグ戦だったことも加わりエース様の奮戦虚しく敗北。
ゲーム終了後その邪魔を大いに被った大学生の女は一言、
「アハハッあんたさぁ無能な働き者って言葉知ってる?」
つまりエース様にとって削間は銃殺するべき対象ということであろう。
いや削間だってモチベーションの割には頑張ったんだよ?
さっさとヒットされて勘違いを正してファイブリークから除名されるためにね。
それが結果としてエース様の邪魔になっただけの話。
その後当然の如く削間は役所に呼び出され【白王】に怪訝な視線を向けられながら白鳥に二時間近く説教を受けた。
だがこれでファイブリークを辞めれると思っていた削間にとっては流せるものであった。
がしかしだ、契約書をよく読んでいなかった彼はその時まで知らなかった。
契約期間が一年あること。
報酬の十万ってのは一年分。
つまり月換算で一万にも満たないこと。
これならそこらのコンビニでバイトした方がマシというレベル。
いや手元に入らないのだからそもそもマイナスしか無いわけだが。
つまりこれから一年間削間とその家族は葛飾区が無くなる、もしくは住所のある立石が陥落するまで葛飾区から出られないのである。
ちなみにこれも後から知ったことではあるが、陣取り戦は平日でも普通にあるとのこと。休戦時間を除けばいつでも宣戦布告ができるということだ。
つまり授業があってもファイブリークに所属している以上ゲームが始まれば葛飾区内どころか別の区にまで足を運ぶ必要があるってこと。
しかも亀有を奪われエースを奪われた無能のレッテルと普通なら出る現場に向かう交通費も無しとなった為、契約金の十万はそこに充てられることとなった。
事情を良く知らない家族はファイブリーク=なんか凄いものと勘違い(でもないが)していたようで、家での立場は打ち出の小槌から鼻つまみ者にグレードダウン。
もう何から何までカタストロフィの削間の心は欠け過ぎて小指で押すとクッキーのように潰れるんじゃないかと思うまでに落ち込んでいた。
ありがとうございました。