プロローグ 『漆黒の中で』
プロローグ 『漆黒の中で』
‥‥そのままだ‥真っ直ぐに進め‥‥
これは、神のお告げか?自分の精神異常か?しかし、ここが異世界である以上、なんでもアリな気がして、魔物の罠なのでは?とも思った。何度もこの声は、頭の中で同じ台詞を繰り返した。
意外なことに俺は、この不思議な声に口程にもなく従順に従った。
これはきっとブラック企業に勤める労働者の悲しい性だろう。仕方がないのだ。強制的な状況に逆らうことより、従うことでダメージを軽減しようとしてしまうのだ。
疲労と絶望感で俺は、従順な奴隷のようなゾンビと化していた。フラフラと、その声に導かれるように進んでいる、その最中、俺は痛烈な痛みを左肩に感じた。
「っ!? 痛いっ!」
すぐに左肩を押さえる前に目視してみると、切り傷から出血していた。
「シャア!」
甲高い叫び声が聞こえた。俺は、左肩の出血を押さえながら前方に目をやると、なんと先程のゴブリンが、右手にナイフを持って立ち塞がっていた。ナイフからは、俺の鮮血が滴り落ちていた。
絶対絶命のピンチ!俺には、なんの武器もなく、この最弱キャラクターに勝つ術も持たない。
「俺を見た人間は殺す!」
さっきは、この普通の人間、前野 忠夫、25歳を見ただけで逃げ去ったくせに、この今の異常なまでの殺意に満ちた姿は何であるのか、俺は、理解出来ないでいた。
だが都合よく、ふとオカルト研究サークルで学んだ知識が思い浮かんだ。
妖精の中には、人間に見られることを極度に嫌う妖精もいて、姿を見た人間を呪い殺しにくることもあると文献で読んだことがあった。
このゴブリンがその類の妖精であることが、なんとなく分かった。しかし、分かったところで何の進展もない。状況は、絶対絶命のピンチのままだ。
「死ねっ!」
飛びかかって来たゴブリンは、手負いの左肩をさらに攻撃しようと、ナイフを振り回した。俺は、少ない力を振り絞って後ろに飛び退いた。
小人のゴブリンは、間合いを外して空振りになっていた。
‥‥このままだと切り刻まれる!