80 戦々恐々
言われた通りに誰にも見つからぬよう慎重に家の入り口とは真反対のところへたどり着いた。
上を見上げるとガラスの窓が付いている部屋を見つけた。
窓はどうやら上から紐で吊るしただけの開きの構造らしくミリンが開けてくれていた。
音を立てぬよう、家の木壁の隙間に手を差し込み腕の力のみでよじ登っていく。
果たして僕はある意味初めて自分の家ではない家でのお泊まりとなった。
「ごめんね。窮屈な部屋でw
簡素だけど見晴らしは最高なのよここ。」
部屋はヒノキの香りで包まれておりとても暖かみのあるお部屋だった。
窓は入ってきた1つのみで部屋にあるのはベッド、タンス、机、その上に砂盤、それだけだった。
砂盤といっても相方の前世の砂盤とは違う。
前世では地形を模して軍事利用されていたらしいがこちらの世界からしたらそれよりもメモ帳的な使い方が多いのである。
当然地形を模した方の砂盤は村の防衛策用で作られたり戦術開発等で利用されたりもしている。
だがこの世界では紙がほとんど今までなかったため計算や一部勉強は砂に書いて行っていたのだ。
僕も使ったことがある。
書いたり消したり便利なやつである。
相方曰くこれの上位互換があるらしいがこれあるなら後回しと言っていた。
どうやら砂盤はそう言わせるほどの性能はあるようである。
「えっと時間ありますしもう少し話詰めます?」
僕は荷物を下ろすなり提案した。
「シっ! 意外と声抜けるから砂盤で筆談ね。」
一階の時とは違い今度は普通にこそこそっと教えてくれたのでこくこくと縦に首を振った。
ということで筆談スタートである。
「明日昼過ぎから農園、できたら牧場中心に見て回りたいけど大丈夫?」
「昼から?朝は?」
「朝は予定が入ってますので文官統括管理組合へ向かいます。
なので朝日が出る前にはここもでます。」
「そうなの。でもそれは不味いわ。
親が仕事し始める頃だから出会してしまうわよ。」
「それならばギリギリ道が視認できる明るさになった頃に出る他ないですかね。」
「そうね。私が送るわ。どうせやることないし。」
「今までは手伝ってたでしょ? 大丈夫なの?」
「それがね。私が開拓行くことになったから人を雇ったのよ。
人件費はかかるけど畜産方面だから利益率は良いし問題にもならないわ。」
「ならお言葉に甘えさせていただきます。
あ、明日は確定でこの村泊まりたいのだけどここら辺に宿ってある? 」
「村の中心にしかないわよ。ここから10キロほど歩かないと無いわね。」
「それでいいよ。明日からはそうさせてもらう。」
「うちに泊まっていってもいいのよ?
ちゃんとあらかじめ言っておけば親も了承してくれるわよ。多分……。」
「多分なのねw
迷惑かけるわけにもいかないし君の父上さんもあんな感じだから今はやめておこうw」
「ごめんね。パパ私のことになると冷静さを失うの。
そういえば文官なんとかってところには何しに行くの? 」
「同期と会う約束をしているのですよ。
1年を振り返っての情報交換込みで話し合おうと今日会った際に話してましてで1人は帝都を明後日出発するらしいので明日しかなかった感じです。」
「それって男? 女? 」
「両方ですね、明後日出発する方は男性ですよ。」
「え、じゃあその後はその女の人と2人きり? 」
「?? どういうこと? 」
「いえ、なんでもないです。忘れて。」
「↑ここに書いてあるのに?」
「気になっただけ。細かいことはいいのよ。
そこはもう消すわ。」
「なるほど。そういえば今年度の作物はどれを育てましょうかね。」
「育てて欲しい物は? なんでも育てるわよ。」
「頼もしい限りです。芋類、穀物はそれなりの量欲しいかな。アルコールがそろそろ欲しい。
後は……そういえば北の地の作物のシュガコンって育てられます? もしくは輸入でしかないシュガキビとか……。」
「あー、分からない。シュガコンは育てられるだろうけど甘くならないかも。
寒くないと甘くならないかもしれない。」
「凍らないために甘くなってますからね。
寒暖の変化が急だとやはりきついですか。」
「分からないだけよ。知り合いの同業者に聞いてできるか確かめておくわ。」
「是非お願いします。他は畜産用の作物でいいですかね。そういえば猪には何を食べさせてました?」
「麦よ。有り余ってたからw麦ってあれくらい作らないといけないの?減らしていい気もするのだけど……。」
「牛飼うとすれば大量の藁がいるのでむしろ昨年より多く作って欲しいです。
まぁアルコールに変えればいいので来年からは麦も一部アルコールに使いましょう。」
「そうそうアルコールってお酒よね? 何に使うの? 」
「ほかの物と混ぜたりですかね。後は濃縮して消毒液にしたいです。」
「消毒? 解毒できるってこと? 」
「解毒はできませんよ。ただ小さい菌を殺せます。知ってます? 腐るのって目に見えない菌の仕業なのですよ。」
「菌ってことはキノコと同類かしら? 」
「遠からず近からずと言ったところですかね。明日朝早いのでもう寝ましょう。」
「そうね。おやすみ」
「おやすみなさい。」
こうして無言のまま意思疎通を行い就寝となった。
僕は比較的寝相は良い方なのでお忍びで泊めさけてもらうのはさほど問題ないと思っていた。
しかし僕は想定していなかった。
例え本人の寝相が良いからといってバレないとは限らないということを……。
宵も過ぎて僕は下に毛布を羽織り、ミリンはベットで寝ることになった。
ルイスは眠り、代わりに新羅が起きた。
新羅はルイスの行動の記憶を整理しながら現状把握する。
(これでミリンの好意に気付けないってあいつ鈍感すぎるだろ。
どうにかしないとミリンが流石に可哀想になってくるぞw)
俺は相方のあまりの鈍感さに呆れていた。
目を閉じつつもそんな風に考えていた。
すると急に何かがぶつかった感触を得た。
(ミリン? ……いや起きてないな。寝返りついでに手だけ落ちてきたのか。
戻して起きられても面倒だしほっといて良さげだな。)
ルイスや俺はともかくミリンの寝相は悪いことがわかった。
さらに30分が経った頃だろうか。
化石資源の確保について考えていた時だった。
ドン! と音が鳴り驚きのあまり、ビクっとなり心臓の鼓動が速くなった。
深呼吸をし、心拍の上昇を落ち着けようとしているちょうどその時だった。
ドタン! 今度はミリンがベットより落ちてきた。
生命の温かみと重み、耳元近くから聞こえる寝息が感じられる。
(ちょミリン、たんま。追い討ちかけないでくれw)
完全に脳が覚醒し、寝起き、そしてミリンの距離も相まって股間も意図せず反応し出す。
すると足音が聞こえ出した。
「あの子また落ちたのね。」
母親と思しき声とともに足音は次第に近づいているのが分かった。
(ちょ、不味いって……。ただでさえバレると不味いのにミリンに上に乗られて勃起しているところを見られるわけにはいかない。
というかミリンの好意も無碍になる。
この様子だとミリンも起きなさそうだな。
とりあえずどかして。)
どかそうとミリンの身体に触れる。
ふにっという柔らかい感触が手に伝わってきた。
見えないせいでお決まりの場所を触ってしまったようである。
近づく足音も相まって余計に冷静さを失う。
心拍が異常なほど跳ね上がっているのが感じられた。
というかバクバク煩いくらいである。
なんとかどかし終えたちょうどその時、ガチャ、っという悪夢の音が聞こえた。
咄嗟にタンスの影へと隠れた。
幸いにもそれなりの大きさ故、入り口やミリンの位置からはよほど凝視しない限り見えないはずだ。
「ったくこの子は相変わらずね。
あんなに楽しみにしてた子が来てくれたのにこれじゃ報われないわよ。」
ぶつぶつと呟く声に俺の心臓は反応し鼓動の速さを抑えきれない。
布が擦れる音が聞こえる。
ドサッ、そしてまた布が擦れる音が聞こえ、そして足音が遠ざかる。
ようやく部屋を出ていくようで心臓もやっと落ち着きを見せ始めていた。
「あ、この後この子に手を出したら例え貴族様だろうと命はないと思って下さいな。」
悪魔の捨て台詞と共にミリンの母親は去っていった。
俺はどこでバレたかよりも女性の恐怖に支配されタンスの影に体育座りで塞ぎ込み夜な夜な震え続けた。
おさまるところを知らない鼓動と股間と恐怖の中で……。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ミリンの操る馬車の中で俺は揺れていた。
あの後朝早くミリンを起こしてひっそりと出発した。
鼓動? 股間? 知ったことではない。
寝たというのに寝る前よりも感じる疲労と共に落ち着いてくれた。
だが疲労感は半端ではない。
果たして、馬の準備をするミリンを差し置いて馬車にいち早く乗ってから爆睡するのであった。
ややあって馬車は帝都の文官統括管理組合の元へと到着した。
「ルイス君起きて! 着いたわよ。」
ミリンに起こされ俺は背を伸ばした。
「すみません寝てしまって。ありがとうございます。
それでは本日の午後にまた。」
「待ってるわ。」
夜の一連の騒動が信じ難いほど太陽のような笑顔で返事をくれた。
(こんなに可愛いのにルイスあいつもしや男好きか? )
なんて冗談半分本気半分の思考とともに文官詰所へと入っていくのであった。
いく場所は前日と同じ場所である。
既に2人は座ってガヤガヤしていた。
「お待たせしました。遅れて申し訳ないです。」
2人ともニヤニヤしながらこちらを振り向く。
「?? どうかされました? 」
不思議に思い聞いてみると2人は顔を見合わせニヤニヤを加速させる。
「ねぇ先程送ってくれた子はなんて名前? 」
この質問で2人が勘違いしていることを確信した。
確信して絶望する。これは何を言っても状況を悪くするだけだと。
「前日訪れた村の人です。開拓の相談にも乗っていただきました。」
名前は一切答えずそう言った。
名前をいうとへー、ミリンちゃんっていうんだからの王道の流れが容易に想像できる。
ここは大人しく名言を避けておくべきだ。
「ふーん、まぁいいわ。で開拓の方はどうなのよ。昨日も言ってたけど本当に順調なのよね? 」
流してくれたことにホッとしつつ話を更に逸らしていく。
「ええ、順調ですよ。村で新しい船も作ったので自由に交易もできるでしょう。
まぁ船はしばらくの間別の案件で使うので半年ほどはおそらく交易無理ですけど。」
こういうと2人は唖然としていた。
「え、開拓初年で船完成!? まだ港の整備できてないですよ。」
「ちょっとなんで船が必要不可欠な私より先に船造っちゃってるのよ。」
コンゴは半笑い、インデイアはなぜかキレていた。
「あ、交易はどのみち半年ほどはできないのでゆっくり整えていただければいいですよ。
お2人は1年振り返ってどうでした? 」
話が完全に逸れたことを確信したため2人に話を振った。
「わたしは衣食住で全然だわ。
離島って難しいのよね。
食なんて魚メインよ。作物なんて大量の水確保できないからそんなに育てられないし井戸掘っても海水が染み出すだけ……。
唯一の救いは魚介類の種類が豊富なところかしら。
船作って交易しようと躍起になってるわ。」
インデイアが真っ先に弾丸報告してきた。
「僕は統治だけなのでそういう苦労はしてませんね。
強いて苦労を挙げるならば情報整理が追いつかないことくらいでしょうか。
情報量と羊皮紙の数が釣り合わないので耳に入ってくる情報を記録する前に取捨選択しないといけずいくつか洩らしてしまったこともあります。」
コンゴは苦難を吐露してきた。
2人とも初年ということもあり苦戦している様子である。
「お2人ともかなり苦労されてるみたいですね。
インデイアの管轄ってオストーラリア列島の南部に新しく発見され占有した横長の列島でしたよね?
その辺の海流次第ではうちとも交易できるけどしますか?
麦ならもう腐るほどありますよ。
というか余ったものを炊いてなければ確実に腐ってましたし。」
苦笑いしながら提案した。
ルイン帝国に5本ある指列島のうち中央の3本にあたるヨウロピアン列島、オストーラリア列島、アフリター列島にはそれぞれ外洋から入って外沖へと抜ける海流がある。
これはルイン学院で必修の内容だがその先は講義範囲外となる。
論文発表や個人研究でもしない限りその先は知り得ないのだ。
当然、俺は勉強していない。
首席になるには不必要だからである。
「残念ながらヨウロピアンとオストーラリアだけよ。
交易するしかないなってなった時に3つの海流わざわざ調べたもの。
調べてわかった時はちょっとショックだったわよ。」
話ながらまるで植物の萎れ方のような様相を浮かべておりショックというのが本音であることを物語っていた。
「まぁこちらから行く分には最悪海流に乗らずに進めば着きますしそれほど大事ではないですよ。」
「というか僕としては魚を交易して欲しいくらいです。」
コンゴは俺の話終えるのを待ってたかのように急に入ってきた。
「「 何かあったの? 」」
意図せずハモる。
クスっとコンゴは微笑みながら教えてくれた。
「それがですね大量の鮎の死体が流れついたのですよ。主食とはいえ流石に気味が悪かったので食べさせないように周知を徹底しましたね。
あの30センチ程度の魚がですよ? 死体集めてみたら家より高い山が積み上がったのですから得体が知れないというものですよ。」
聞いておきながら聞かなければ良かったと戦慄する。
「その川の上流は? ひょっとしてアルケ・ミスタ火山地帯の渓流通っていたりする?」
1つ思いあたるところがあったためそこを訊ねる。
「いや把握はしていないけど間違いなくヌーラシア本土方面から流れているはずだよ。」
予感的中である。
「それ多分原因知ってます。
火山性の有害な液体が川に流れ込んでいました。」
実調査依頼が皇帝より下ったこと、それに伴い紙を作って調査を行ったことなど結果も含め、一連の流れを全て報告した。
「今年だけそんなことおきる?
というか皇帝は異変に気付いていたってこと? もう私には何がなんだかさっぱりだわ。」
インデイアはお手上げといったご様子だった。
「ルイス、その有害な液体の元となったところに何かしらの変化があったということですか? 」
コンゴは良い線をついていた。
「こちらがスケッチの写しです。」
コンゴの質問に対する返答と一緒に1枚の紙を渡した。
「「 え、何これ 」」
2人は声を揃えて紙に驚いていた。
「あ、紙は後で大量に差し上げますよ。」
紙は数箱分持ってきているためかなりの量をあげる余裕がある。
「私は要らないから私の分はコンゴに渡してあげて。
それよりもこの決壊の仕方を考えないといけないわね。
川のちょうど真ん中かしら。
特に流れが集中して負荷がかかってるってわけでもなさそうね。」
インデイアがいつになく冷静な見解を述べた。
「あんた今失礼なこと考えたわよね? 」
滅相もございません。まさしくその通りでございます。
心の中で謙遜して認めた。
「というかここ一直線に川まで流れているのですね。偶然ですか? 」
コンゴにそう指摘されたところを慌ててみる。
決壊した場合余程の高低差がない限り水圧そのままに扇状に広がりをみせるはずである。
ところがそれほどの高低差ないのに、いや高低差があってもこの広がらなさは異常であることに初めて気が付いた。
スケッチではそこに溝的なものは書かれていないためこれ以上のことはわからない。
それに決壊というには決壊部分があまりにも小さかった。
(自然にできた決壊ではない? かといってこんなのを起こせる生物がいるわけでもないし人間と言っても俺たち開拓組以外住んでなんかいないはず。)
違和感に気付いてからは自然にできたとは到底考えられないくらい不自然な点ばかり見受けられた。
結果として、魚が死んだのは決壊のせい、決壊理由は謎として保留ということになった。
その後、お互いの統治・開拓計画を話し合って同期での懇談は終了を迎えた。
「それではまた。」
コンゴが一足お先に退室する。
「では僕もこれから向かう場所がありますので……。」
俺もミリンの元へ向かわないといけないため退室しようとする。
「それって君をここへ送り届けてくれたあの子のもとかい? 」
ニヤニヤしながらインデイアがいじわるそうに聞いてきた。
「ははは、まさか。僕はあちこち動き回って開拓準備を万全にするだけですよ。」
勘繰られぬよう鼻で笑って返す。
「そう、まぁ良いわ。あんたも元気でね。」
これで同期とは暫しのお別れである。
俺は1度帰宅して荷物をまとめる。
「ルイスさんまたどっかいくん?」
ロディが部屋に入ってきた。
「あ、ロディ君! もう体は大丈夫なんですか? 」
「ちょっと痛むけど平気平気、そんなんよりも筋肉を痛めてる時ほど筋トレの絶好のチャンスやのに逃す方が痛いわ。」
腕をぐるぐる回しながらそう言って笑っていた。
「後々、運搬等してもらう予定なのでそれまでには体、しっかり治しておいて下さい。」
そう念を押しておくと荷物を持ち上げ立ち上がった。
「どこかいくん?」
「えぇ牧場見学に、新しく家畜を飼いたいので建築等の発想や必須のものを学びに行ってきます。」
どこへいくかは明言せずにそう告げた。
「ふーん、マイクは?」
なぜかマイクの話が出てきたのでマイクの居場所も教えておく。
「ゼータ商会に紙やら乾麦やらを届けてもらっています。
じきに帰ってくるかと。」
マイクにはゼータ商会へ商談に行ってもらっている。
商談といっても商売を中心とした議題ではない。
商品価値、その販売方式等の相談に行ってもらったのだ。
リラに商会会議で議論した方が良いと言われて紹介してもらっていたのだ。
「え、俺いくとこあらへんの!?」
説明をするとロディの虚しい声が部屋に響くのであった。




