71 水上位精霊革命・千里眼の間
ルイスの知識では精霊は目に見えぬものであり、それが見える、ましてや人に憑依して憑依相手の様相すら変異させてるなど考えにも及ばない次元の話だった。
「......」
絶句していた僕にシトリことウンディーネは説明してくれた。
「シトリはこの倒れるように眠っている子、私はウンディーネ。上位精霊よ。
後ろの結晶見えるかしら。あれは元々は何の変哲もない水晶なのだけど私たち精霊などが使うチカラに呼応して吸着したものを依代とすることで上位精霊へと変貌し容姿もチカラで映すことができるのよ。好きな容姿へとね。」
淡々と語るその言葉に感情というものは存在しなかった。
好きなとは言っても感情の抜けたような声からは相方の記憶にあった喋るプログラムとやらに近いものを感じた。
(新羅の記憶にあるボイスロイド?とやらに似た感じですね。
水晶??呼応??なんかあの石に似た何か、自分が過去に見て知っているような...)
ウンディーネに対する分析の中でちょっとした既視感、そしてそれによる引っかかりを感じていたもののそれが何か、誰に対しての引っかかりなのかは考えても出てはこなかった。
「ウンディーネ、そういうのは終わってからにするのじゃ!太陽がずれるじゃろ。」
「今行きますよ。」
感情の抜け落ちた声...のはずなのだがはいはいと呆れて言わんばかりの様相を感じさせた
ウンディーネさんがフヨフヨと宙を漂いながら水晶に近づくや否や皇帝、並びにシトリさんの本体と僕、3人のあらゆる毛という毛が激しく逆立った。
そうあらゆる毛という毛が反発し合うのだ。静電気のように。
(とても顔と脇、股間がムズムズするのですけど...というかこういう特異な現象、新羅好きそうなのに引き篭もったままだし...変わって欲しい)
強くそう願うほど不快でならなかった。
慣れていないと誰もが不快に感じるであろう。
体に生えている、あらゆる毛という毛が逆立つのだ。
すね毛、脇毛、陰毛から耳介の毛までも。
鼻などはもちろん中でも耳の毛全てが反発し合うことによる不快感は半端ではなかった。
耳は音だけの器官ではない。
平衡感覚器でもあるのだ。
中でも音を聞き取る際に重要となる耳石は毛とくっついておりそれがずれることで体の斜めか否かを判断させる要因の1つになり得るのだ。
それすらも反発してみるとどうだろう。
今ちゃんと立てているかすらも不明な感覚が襲ってきた。
果たして、ルイスは身に覚えのないほどの激しい酔いを受けた。
「うぅ。」
突発的な吐き気による声を抑えきれず漏らしてしまった。
「ルイスさん大丈夫ですか?慣れるまで少し緩めましょうか。」
ウンディーネさんに心配された。
緩めるかを問われたがミカちゃんを一刻も早く助けたい。
その一心で気持ち悪さも気持ちで抑え込む。
「いえ。慣れました大丈夫です。早く探しましょう。」
少し嘘をついた。
こんな不快感、すぐに慣れられる訳がない。
そんな中でも慣れておられる皇帝陛下はうきうきで既に投影された何かを眺めておられた。
それを眺めに近づく、直後僕は言葉を失った。
「これは...帝国全土!?絵ではないのですか!?」
思わず聞かずにはいられなかった。
「気に入ってくれたかしら。これはね空に浮かべた水を利用して帝国全土を上空からの視点で見られるものよ。
この部屋が大きな拡大鏡といったところかしら。」
ウンディーネから説明を受ける間、ルイスは新羅に色々教えて貰っていた。
話し合いルイスはレンズというものがこの世界にはないこと。新羅はこの部屋がレンズで屈折を利用して見えているであろうという考察をお互いに共有し合っていた。
「それは過去のやつも見れるのですか?」
すぐさま質問を投げかけた。
「光の速さの都合上3日間よ。」
返答は至ってシンプルかつなぜ権限使用直後にこの部屋に自分が案内されたのかを覚った。
裏では新羅が驚いていた。
それもそのはず光というのは1秒で地球を約7周半できるのを新羅は知っていたからである。
前世もこの世界と同じ1日=86400秒であり、地球一周約4万km、つまるところ3日で259200秒×7.5×4万km分を遡って見ることができるわけだ。
皇帝はツマミを調節し既に2日前の映像を見ていた。
「おぉ速いのじゃ!凄いのじゃ!誰なのじゃ!」
陛下は大興奮して、のじゃ語化していた。
「開拓について来て下さったロディ君とマイク君ですね。
彼らは開拓メンバーの中でも指折りの筋肉自慢の方々ですのでw」
半笑いでそう答える。
彼らは熊と互角にやりあってしまうなど筋肉のみで常軌を逸しているのだ。
彼らを思い出すだけで笑いが込み上げてくるほどである。
彼らはこの世界でも前世の世界に照らしてもやはりただの化け物なのだ。
ありとあらゆる毛が逆立つこの空間で犯行現場を目撃する。
そしてそのまま連れ去られた馬車と方角、その全てを...
「カーペロスの仕業かぁ!許せないのじゃ。シトリ今すぐ軍を招集せい!
妾が直接問い詰めてやるとするかの!」
連れ去られた建物の場所も把握し終えた直後まさかの皇帝がそう喚き立てたのだ。
衝撃を受けて発言の機会を失っているところウンディーネさんが皇帝を正した。
「あなたね。馬鹿?大体国のトップなのだから動いてはダメですよ。
第一に連れ込まれた場所はカーペロスの所有だけどここ何十年も使われず荒れ果てた屋敷よ?
まず間違いなく彼らに仕える数多くの一派の仕業ですよ。
でこれをみた貴方はこれからどうするおつもりですか?」
無機質な声と共にこれからを訊かれた。
少し思案した後答える。
「どのみち突撃する他なさそうですね。
カーペロス家はそんなに末端の者など把握も管理もできてないでしょうし聞くだけ無駄でしょう。
もしこれを黙認、または主導している事実が掴めたらこの映像を証拠として罰則判決所に訴えを起こしますかね。」
罰則判決所、所謂、裁判所である。
この国に細かく定義された法はあまりない。
倫理的、道徳的観点を話し合い判決員
の裁量で罰則が変動するのだ。
当然判決員は国家資格で文官と同じく門はかなり狭い。
なんなら判決員の方が定員的な観点から見ても文官より門は狭いのだ。
「映像たって貴方ね。これは3日間限定で明日が最終日です。無理があります」
そうウンディーネから返された。
しかし薬品を1日で材料集めて作れるなら不可能ではない。
まぁここは開拓村でもないため施設とかを考慮したら現状、不可能なのだが。
「いずれ証拠としてその映像を保存できるようにしておきますね。
そしたら判決員の方々もより良い罰則を下すことができるでしょうし。
それこそいずれの話ですが投影技術の発達が必要だと思いましたので。」
途中まで発言をした結果少し言葉を濁した。
「それはもう1人の彼の知識かしら?あ、お気になさらずに。精霊女王様よりお話は伺っておりますので。」
ウンディーネさんは皇帝陛下へと視線を移し語り出した。
「彼女、いえ、今帝国各地の偵察されている皇帝陛下ですが実は我々精霊と長らく親交がありました。
皇帝陛下というよりアドラーという種族単位でですが。
どのみち方針は定まったことですし、ゆっくりなされるついでに私が話せることはお話しさせていただきます。」
アドラー、強いてはアウグストゥス家についても何か知れるかもしれない。
そんなこんなで僕の好奇心がかき立てられた。
しかし内容はそんなどっかの誰かも知らない謎大き家とかの話ではなく自分に関係する内容だった。
「以前お会いした後に精霊女王様よりあなたの話を伺っております。
というか貴方、精霊魔法、使えませんよね?」
いきなり魔法が使えないことを指摘された。
そう、貴族なら複数種の精霊と交信可能な者が多い、というか貴族で魔法が使えないのは下克上果たした元平民くらいだろう。
ましてや中位貴族の中でも使えないのはどこを探しても僕だけだった。
ルイン学院入学当初は当然悪目立ちしたものである。
幸い学院では魔法に関する学術はあれど実践込みの単位はなかったため使えなくとも覚えるだけで首席は取れた。
まさか精霊からいきなりこれを指摘されるとは思わず反応に困った。
「え、えぇまぁそうですね。ご存知だったのですね。」
図星も図星でそんな学院時代を思い出してしまった僕は知っていたんだなという言葉で片付けたがそうではなかった。
「馬鹿ヴォルトめ。結構です。貴方の周りにあるものの答えは知れましたので。
そして話ですけど貴方は電気信号を司る上位精霊ヴォルトのおかげで新羅の人格と記憶を貴方の脳に移植されています。
脳の発達に合わせた夢を見られたのではないでしょうか。
新羅さんが閉じこもっている理由は聞きませんが伝えましたので。
後、ヴォルトの馬鹿がお得意のチカラで精霊を寄せ付けないバリアみたいなものを張っているみたいなのでそのうち会って解いてもらってください。
帝国本土の西側、巨大な大陸との間にある暴風被害多発地域のグリーム諸島にこの部屋の中央にあるようなヴォルトの精霊結晶の塊があるはずなので準備整ったら行ってください。」
無機質な声からはなぜか憤りと怒り、呆れが混じっていた。
感情の有無は知らないが感情が抜け落ちたような声なのに感情を感じさせられる違和感をずっと感じていた。
「とりあえず了解いたしました。
もう少し映像見ていっていいでしょうか?」
建物は確認したものの突撃時の侵入位置、ルート、その他諸々みてわかる範囲で決めておきたかった。
「ええ、どうぞごゆっくり。
レナ、変わってあげなさい。貴女はいつでもみられますから。」
ウンディーネさんはそのまま皇帝陛下を諭してくれた。
「えー、もっとみたいのじゃ!ぶーぶー(ㆀ˘・з・˘)」
諭しきれてはいなかったが。
その後なんだかんだあった後操作を皇帝がして僕は皇帝陛下にあれこれ指示を飛ばす形となった。
(そのうち反逆罪的な感じで捕まりかねないのでは...)
そんな不安が過ぎるが今はミカを取り戻す。それだけを考えることにする
館は森に囲まれていて外からはだいぶ見つけ辛そうである。
そう思いながら思案しつつ映像をみていると映像に1匹のカラスが横切った。
足にきらりと輝くガラス製の足輪がついていた。
(え!?村のエンペラークロウ!?なんでここに!?)
そう映像に出てきたカラスこそ村に住うエンペラークロウである。
名前はまだない。
「なんじゃお主、知り合いでも見つけてしもうたのか?」
まさしく口に出さず困惑中だったのだが言い当てられてドキッとした。
「え、えぇまぁ一応。流石皇帝陛下。千里眼とやらは伊達ではないですね。」
そう返答したのだが返ってきた言葉はそれ以上の衝撃が走った。
「妾は千里眼など持っておらぬ。大体国民の皆が言いよる千里眼とは今お主が眺めているものじゃよ。」
この太陽の光を使ったウンディーネの水操作による帝国全土の監視カメラ的な部屋。
これが皆が言う皇帝陛下の千里眼に他ならなかった。
......
その後城の深部より戻り文官詰所に戻ってきた。
空気感が戻りほっと一息つく。
やはりあの場所はとても息が詰まりそうな空間だった。
というか異世界というべき異質な空間だったのだ。
戻って早々呼び止められた。
「おい!ちょっと良いか?お前がルイスだよな?話があるついてこい。」
まるで前世で体験したことあるような既視感を感じつつもその男についていき人気の少ない通路にでた。
「これ。ルークリー老師があんたを上級委員へ招待して下さった。
ありがたく思うことだな。」
そう言われとある羊皮紙を受け取った。
(初対面なのにここまで上から目線されるとは...クロード先輩とは段違いだなぁ...ん!?ルークリー老師!?)
ようやく気がついた。
「え、あのルークリー様とは面識が一切ないのですが一体何事ですか!?」
驚きのあまりそう尋ねると男はより機嫌を損ねた様子をみせた。
「知るか!お前のような20前後の社会的にも新米のようなやつが招待されていい会議ではない!
いいか!恥かきたくなけりゃ図に乗るんじゃねぇぞ!」
そう捨て台詞を吐いて去っていった。
名前も聞けなかったことに反省しつつも帰路に着いた。
家についたらすぐに父上とマイク君、ダンデさんにドメイさんを召集した。
奪還作戦を練るためである。
周辺の地図は帰り際に購入しておいてある。
今思えばこれらは元本が皇帝直筆というのはあの部屋で書かれたものなんだなと一人で納得していた。
「ミカが連れ去られた建物が見つかりました。
場所はここです。奪還作戦会議を始めます!」
そう、これよりミカの奪還作戦が始まるのである。




