パーティを追い出されました。ふくしゅう? 何のことですか?
「君、明日から来なくていいから」
いつものように依頼をこなして、報酬を受け取ったリーダーさんを待っていた僕に伝えられたのはそんな言葉でした。
とっさに理解できず、首を傾げればリーダーさんはうっとうしげにため息を吐き出します。
「君さぁ、頭いいらしいんだから一発で理解してくれない? 君、今日でウチから出て行ってって言ってるの」
「えっと、それは……」
はて、何かしてしまったでしょうかと一生懸命考えてみるも、今日もいつも通りだったとしか思い出せません。
今日の依頼は坑道に出る魔物の討伐で、いつも通り皆さんが戦っているのをサポートしていたつもりでした。
少し遠地に依頼の場所があったので泊りがけで出かけ、ようやく戻ってきたというのに。
「悪いけど、これウチのメンバー全員の総意なんだわ。もともと、【学者】なんてよくわっかんないジョブだったから不安はあったけどさぁ、君って戦闘中はみんなの後ろにこそこそ隠れて成果だけいっつも持っていくじゃんか。俺らみたいに前衛で戦ってる側からしても邪魔だしさ、魔法使いとか狩人みたいに遠距離で積極的に攻撃してくれるわけじゃないし?」
「はぁ、それは申し訳ありませ……」
「魔法使えるって触れ込みだったから入れてやったけどさ、正直俺らは上位ランク狙ってるし、狙えるパーティだと思ってるからさ。お荷物ちゃんはいらないわけ」
わかる? と小馬鹿にしたように優しげな声で首を傾げて見せるリーダーさんに、反論する気もうせてしまいます。
そもそも、僕がパーティを探していた時の触れ込みは『支援職』としての参加でした。
支援職というのは、その名の通り戦闘の支援を行う職です。
直接的な攻撃力も攻撃に積極的に参加することもできない代わりに、依頼を確実に遂行するために荷物持ちをしたり、下調べをしたり、食事を作ったりといった戦闘以外のサポートをする役回りとして参加いたしますと最初に明言していたはずなのですが、リーダーさんは忘れてしまっているのでしょうか?
それとも、冒険者はみんな戦えなくてはならないといった前時代的価値観の持ち主だったのでしょうか。
そうだったとしたら、完全に所属するパーティを間違えてしまったことになります。
……こんなんだから、いつも幼馴染たちに心配をかけてしまうのでしょう。
「まあ、俺もそこまで冷徹じゃないからさ。仲間になってから買った装備を返せとか、個人に渡してる道具を回収するとかは言わないから。でも、今回の依頼も君って何にもしてなかったから、迷惑料だと思って今回の依頼の報酬はあきらめてよ」
「いえ、それは……」
「なに? 役に立たないうえに、その上金も欲しいって言うの? うわぁ……そういうのちょっとどうかと思うよ。優しい俺からの忠告だけどさ、ほかのところだと身ぐるみ剥いで迷惑料としてもらっていくのが普通みたいだし、君も役に立たないならそれなりに謙虚に生きようよ。そしたら、また寄生先が見つかるかもしれないよ」
それじゃあねと笑いながら去っていくリーダーさんに、追いかける気力もなくその背中を見送ってしまいます。
よりにもよって、ここは冒険者組合の建物の中。
それも、大体の冒険者が依頼を終えて帰ってくる夕方だったこともあって、周りにはたくさんの冒険者さんたちが何があったのかとこちらを見ています。
「あ~……学者坊よぉ。お前さん、あいつらとパーティ組んでそんなに長かったか?」
「……いえ、そもそも僕が加入してからまだひと月くらいですし、加入してから装備を買っていただいた覚えはありませんし、道具も元々僕が持っていたものをあの方々に使ったから補充していただけなのですが……」
「だよなぁ。そもそも学者坊は二月だけパーティ組める相手探してただけだっただろう?」
もめ事かと出てきたギルドの職員さんが戸惑ったように声を掛けてきたのに、疲れからか力なく返事をします。
職員さんは無精ひげを生やしたおじさんですが、きれいなお姉さん方が多い受付の皆さんを守るためにそれなりに戦えるそうです。そういう職員さんには、冒険者としての不安定な生活に疲れた元冒険者さんがなることが多く、暮らしていくのには困らない程度の安定した賃金が出る代わりに、建物内でもめ事があった場合にはそれを納めなければならない義務があるそうです。
無精ひげの職員さんには、パーティ募集をするときにお世話になったので覚えてくれていたらしいです。
「大丈夫か、学者坊。あいつら、ちょっと前にここに来た新参者だろう?」
「低位ランクの奴らが、でかい口叩くなぁ。学者坊も中位ランクなんだから、ガツンと言ってやりゃよかったのによぉ」
「そもそも、あいつらあんだけ学者坊に世話になっておいて、最後の報酬未分割で行くとか……筋を通さねぇ奴らは大成しないぜ」
学者坊、というのは僕のあだ名のようなものです。
この街で冒険者になった僕は、あまりジョブとしては数が多くない【学者】というジョブであることを売りに仕事をしていたので自然とジョブのことは知れ渡ってしまいました。
坊と呼ばれるのは、まだ僕が若輩者であるからです。まあ、人生の大先輩である彼らからしてみれば、14歳なんてまだまだ坊やであるということなのでしょう。
「いえ、雇用終了期間が約束していたよりも早く終わっただけですので大丈夫ですよ。きちんと依頼の報酬から道具の補充を行ってから分割を行っていたので、それなりに余裕もありますし」
「ですが、今回の依頼に関しては道具の補填が行われていないのではありませんか?」
こちらを心配して冒険者さんたちが声を掛けてくれるので、手が空いた女性職員さんが声を掛けてくれます。
彼女はこの冒険者組合でも優秀で、若いころはそれはそれは冒険者さんからモテたそうです。
彼女の旦那様はこの冒険者組合のギルド長であり、エルフの血を引く優秀な戦士でもあるので今もこうして冒険者たちのために働いてくれているのです。
「それは、まぁそうなんですけど。今回の依頼分を補填しても大丈夫だと思いますから……」
「いいえ、ルカ様と彼らとの雇用契約では、使用された道具の補填と報酬の分割は確かに明記されておりますし、これから聞き込みをいたしますが一方的な解雇である場合は不正契約として彼らには罰金・罰則が科せられます。とりあえず、使用した道具の明細をいただければ組合の方で補填いたします」
「いえ、そんな……」
「いいのです。今回のような事例が広まって、新人さんたちをパーティに加入させて依頼を達成した後、実力不足だからと報酬を分け与えずに解雇する……なんて手口が広まってしまったら組合としても困りますので」
あ、ルカというのは僕の名前です。
本当はもう少し長いのですが、なかなか発音しにくいですし幼馴染たちがそう呼ぶのですっかりルカで定着してしまったのです。
これから僕がむさくるしいおじさんになっても、女性のような名前で呼ばれるのかと思うとちょっとシュールな気はするのですが。
「遠慮すんな、学者坊。あいつらも言ってたけど、最近パーティに加入させておいて不正に搾取して放り出すって事例が増えてて、こっちとしても困ってんだよ。ひどい奴らはそれこそ武具や防具まで取り上げていくし、自分たちが所属していない町でパーティメンバーを放り出して罰則逃れする奴らまでいるんだ。こっちとしては、学者坊がこの街所属の冒険者ってことで奴らの身柄は抑えてるし、取り逃しは絶対にないからよ」
無精ひげの職員さんに促されて、しばらく渋りましたがそれ以上の抵抗は無駄たと「わかりました」と了承を伝えます。
女性職員さんは「お任せください」ときっぱりと言い切り、踵を返すとギルド長室へとつながる階段を上っていきました。
その背中には溢れんばかりの頼りがいがありましたが、きっと旦那様の力を使ってでも確実に彼らから徴収するのでしょう。
この街で事を起こしてしまったことが、運の尽きだと思ってあきらめてくださいと心の中で合掌していると冒険者組合の扉が外から開けられます。
そちらに視線を向けると、同じパーティに所属していた狩人の姿が……。
「ルカ、やっぱりここにいた。大丈夫だった? あいつに何かひどいことをされなかった?」
「キャロル、大丈夫ですよ。クビって言われただけです」
「……馬鹿な奴。この街でそんなことして、徴収逃れなんか出来っこないのに」
僕を瞬時に見つけて駆け寄ってきた彼女は、同じパーティに所属していた僕の幼馴染の一人です。
ペタペタと怪我がないか確認されましたが、リーダーさんは指一本コチラに触れてこなかったので怪我しようがありません。
「安心してね。私がルカの分も報酬ぶんどってきたから!」
「そんなことをして、キャロルはまだ契約期間があるでしょう? キャロルの方こそ、ひどいことをされるのでは……!」
「大丈夫。もともと私の契約期間は、ルカがパーティにいる間って決めておいたから。あの馬鹿は忘れてたみたいだけど」
「おや、まぁ。そんな契約方法があったんですね」
「というか、キャロル嬢の場合は学者坊とパーティ組んだ状態のままで契約してたからね。学者坊の契約がそのまま適応される形になってたのよ」
無精ひげの職員さんが首を傾げる僕に詳しく説明をしてくれます。
どうやら、もう一人の幼馴染が不在の間も僕たちのパーティが解散してしまわないように手続きをしてくれていたそうです。
「とりあえず、普通に報酬を4分割にして渡されそうだったから、あいつらの目の前で5分割にして二人分持ってきたよ。あいつら、普通にルカの分まで受け取ろうとしてたからちょっと手が出ちゃったけどしょうがないよね」
「えぇ……! 彼らの中には盾職を務めていた方もいたでしょう!? 怪我はしていませんか!?」
「大丈夫。先手必勝であの乳でか女の杖で殴り倒してやったから! 馬鹿はちょっと一発目よけられたけど、狩人の罠から逃げようなんて40年早いのよ、ひよっこの分際で」
ふふんっと自慢げに笑う幼馴染は、相変わらず過激です。
昔っから、どちらかというと外遊びよりも本を読んで過ごすことが好きだった僕を揶揄う近所の悪ガキどもを鉄拳制裁してきただけのことはあると感心してしまいます。
狩人のジョブを得てからはさらに罠の腕も上がって、彼女のおかげで旅先でもおいしいお肉が食べられるのです。
あ、乳でか女と幼馴染が読んでいるのはあのパーティの魔法使いさんのことです。
幼馴染は狩人として運動量も多く、弓を扱うので……その、胸は慎ましやかなのですがあのパーティの魔法使いさんはさもそれが欠点であるかのように幼馴染を挑発していました。
幼馴染も膨らみがないわけではないのですが、普段は行動の邪魔にならないようにさらしで押さえてしまっているので装備を付けていると慎ましやかに見えてしまいますから。……って、これは『せくはら』でしょうか?
かわいらしい普段着だと、普通に女性らしいふくらみがあると僕は思っていますが、もう一人の幼馴染がそれを口にして全力で殴られていたので口にするのは控えたいと思います。
「はい、これルカの分。ゴメンね。私じゃ、どの道具を使ったのかわかんなかったから、道具の補填分までは取ってこれなかったよ」
「それは大丈夫ですよ。ギルドの方でその分は取り返してくれるそうです」
「そうなの? よかった!」
「それよりも、カイルが戻ってくるまであと半月ありますが、どうしましょう? また入れてくれるパーティを探すとなると、見つかったころにカイルが戻ってきてしまうかもしれません」
カイルというのは、もう一人の幼馴染です。
彼が所用で2月留守にするので、後衛職の幼馴染と支援職の僕は他のパーティに一時的に加入させてもらうことにしていました。
しかし、この街は大きな街ではあるのですが、近場に魔物が多く生息している森やダンジョンがあるため、あまり新人さん向けではなく、パーティとして形が出来上がっているベテランさんたちに混ぜてもらうのも期間が短すぎるということで加入させてくれるパーティが見つかるまで半月もかかってしまったのです。
「うちで入れてやってもいいぞ。学者坊は飯を作るのがうまいってカイルの奴が自慢してたしなぁ」
「それならうちだって。前に一緒に仕事したときに、キャロルが積極的に現地調査してくれたおかげでサイノックの襲撃に気付けたからな」
「あ~、ギルドのお手伝いしてもらうって選択肢もありよ? 学者坊は確か薬師の知識もあったよね? 初心者向けの塩漬け依頼も溜まってきてるし、キャロル嬢には新人の監督してもらうってのはどうかな? ギルド長に掛け合って、手当ては弾んでもらうよ」
ありがたい申し出に幼馴染に視線を向ければ、にっこりと笑って「ルカに任せる」とのお言葉。
君、面倒くさくて僕に丸投げしているでしょう。
まったく、年上なんですからちょっとは手伝ってくれてもいいと思いますよ。
……まあ、別々に依頼をこなさなきゃいけないと思ってたひと月半前に、一緒に依頼をこなしてくれたのは助かりましたし、心配して同じパーティに所属してくれたのにも感謝していますけれど。
パーティを組んでいても、ばらばらに仕事をしている人たちというのもいるわけですから。
「えっと、ありがたい申し出ですので少し考えさせていただきたいのですが……」
「おっ、それなら俺たちが普段どこで狩りしてるのか教えるから、それも参考にしてくれよ」
「えぇ!? それは、冒険者として命よりも大事な情報なのでは!?」
「いや、歴が長い奴らはみんな大体どのへんで借りしてるか知ってるしなぁ。まんべんなく受けてるやつもいるし、うっかり遠出する奴らのとこに入っちまったらカイルが戻ってきたときに街にいない、なんて状況になりかねんぞ」
「そんなことになったら、あいつ仕事も受けないで追いかけてきそうだな」
あっはっはと笑う冒険者の先輩に背を押されて、交渉のためという名目で建物に併設されている食堂に連れていかれます。
それなら俺も俺もとついてくる人のおおよそ3割はきっとお酒を飲んで騒ぎたいだけの人に決まっているのですが、彼らの優しさに今回は甘えることにします。
……前回は、悪いと思って断ってしまいましたから。
* * *
年下の幼馴染を後ろから抱きかかえるようにして冒険者たちと共に食堂に向かう途中、ふとキャロルは出入り口を振り返る。
視線の中には、受付カウンターの中で何かを通達している女性職員と、頷く受付嬢たちの姿がある。
そして、先ほど自分が殴り倒してきた短い間だけ加入したパーティの面々を思い出す。
(本当に馬鹿な奴ら。冒険者ってのは支援職がいないと日常生活にも困るし、偵察役である私がいなくなったら予期せぬ襲撃なんか避けられるわけないじゃないの。まっ、ほかの街から来たって言ってた割にその両方がいなかったってことは、支援職の重要性もわかっていなかったんだろうけどね)
思い出してあざ笑うように心の中で呟いて、加入するときに受付で伝えた彼らの危うさについて思い返す。
(しっかし、馬鹿よねぇ。兄さんと私がいる以上、あんなパーティにいつまでもルカを所属させたりはしないけど、貴重な【賢者】とお知り合いになれる機会を自分で踏みにじるんだもの。【学者】って言うジョブは、長じれば【賢者】になれる唯一のジョブってこと、知らなかったのかしら? この街のギルド長がかつて【学者】だったってのは、有名な話なのに)
「ねー、ルカ」
「え? 何がです?」
「ん~、馬鹿兄貴が戻ってきたら、今度はキガントラムスを狩りに行きたいねって話。おいしいらしいよ」
「それは楽しみですね。カイルもお肉は好きですから、僕たちだけで先に食べちゃったらすねちゃいますもんね」
「いい年してるんだから、そろそろ落ち着いてほしいんだけどね」
他愛ない会話をしている二人を、周りの冒険者たちは我が子を見るように微笑ましげに眺める。
冒険者としての重要な役職ふたりを欠いたパーティがどうなったのか、その後を知るものは多くはない。
ただ、彼らは大成することはなかったということだけは、ここに記しておこう。
<設定>
主人公(14歳)
現在【学者】というジョブの少年。【学者】は多くの魔法と経験を積めば【賢者】にクラスチェンジするため、冒険者として生計を立てている。
とあるパーティに混ぜてもらっていたが、そこを追い出される。
のほほんとした性格の持ち主で、二人の幼馴染の手助けをしてもらって冒険者を続けている。
狩人(17歳)
主人公とともにパーティ入りしたが、リーダーに勘違いされたため特に訂正もしないでそのままにしておいた。
普段から主人公と仲良くしていたため、気付いているだろうと思っていたが優しいからと勘違いされていたことを知って笑えた。
普段からパーティの食事を支える狩りを行ってきたが、すべては学者にちゃんと食べさせるため。
胸はささやかでそれがコンプレックスだが、自分のジョブ的には適合する身体なんだとも思っている。
幼馴染の一人である剣士不在の状況で学者が他パーティの力を借りることにしたと知って、問答無用でついてくる気だった。過保護。
剣士(20歳)
学者と幼馴染で狩人の兄。本編中はとある事情で不在。
とても過保護であり、弟分の学者を猫かわいがりしている。
リーダー
学者がお世話になっていたとあるパーティのリーダー。
5人目の仲間であり、いつも後ろで支援しかしていない学者に報酬を分けるのが惜しくなったために追い出すことにした。
ハーレム野郎と揶揄されるイケメンで、女性剣士も魔法使いも学者を追い出すことに同意したし、狩人も何も言わなかったため同意してくれたものだと思っていた。
下調べはすべて学者が行ってくれていたし、現地調査は狩人が率先して行ってくれたため、二人がいなくなったことで下調べは不十分に。戦闘終了後にこまめに回復をしてくれていた学者がいなくなったせいで魔法使いは魔力切れを起こすようになり、狩人がいなくなったことで食事にも困ることになった。