黒薔薇伯爵の花園(エデン)と秘密の楽園(ミステリー)応援短編by千夜withギレイの旅
銀髪美男子vs金髪美少年、笑顔の対決(笑)が見たくて書きました!
※この短編には、もふもふ成分が入っています。
霧に霞む竹林の中に、狸の足音が鳴る。
トテチ、トテチ。けして大きくはないその音が儀礼の耳には聞こえてきた。
「あれ、ここは?」
ポツリと呟いた金髪の少年の前には、狸が一匹。ちらりと白衣の少年、儀礼に視線を送ると、先程までのようにまたトテチトテチと、狸は枯れ葉の上を歩いてゆく。
その狸の背には小さな仔猫が一匹、慣れた様子で揺られていた。
「何あれ、可愛い」
小さく声を漏らし、儀礼は釣られるように二匹の後を付いていった。
「ガラス張りの温室?」
霧が開けると同時に、儀礼の茶色の瞳は高価な造りと分かる、全面ガラス張りの温室を映し出した。
周囲に他の建物の見えない不思議な光景に儀礼は首を傾げる。
「僕、古代遺跡の中に居たはずなのに。いつの間に外に移動したんだろう」
研究の一環で、古代遺跡を調査していた儀礼は、黒い薔薇が大きく描かれた扉を発見した。
醸し出す妖しげな雰囲気に誘われて、扉に手を触れてみれば。気付けば、目の前に狸と仔猫がセットでいたのである。
「そりゃ追いかけちゃうよね」
うん、と一人頷き儀礼は自分を肯定する。
儀礼の追ってきた狸と仔猫は、温室の扉らしき場所の前でちょこんと座っている。
ーー入ってみるべきか。
足を進めるか儀礼が悩んでいるところに、ひとつの声が掛けられた。
「入らない方がいい」
高いとも低いとも言えない。幼さの中に艶を含むような神秘的な声が、儀礼のすぐ側から発せられていた。
驚きと共に儀礼が振り向いた先には、美しい少女が立っていた。
細い絹のような金髪を、肩に付かない長さで切り揃え、大きな赤いリボンで頭の上を彩っている。
「えっと、ここの人かな? 勝手に入ろうとしてすみません。どうやら道に迷ってしまったようで、何か手掛かりがないかと思いまして」
戸惑う儀礼の様子を二つの色の目が見ていた。美しい少女の瞳は、右は深い海の色、左は甘い蜂蜜の色をしていた。
その不思議な色合いで見つめられ、儀礼は身動ぎする事も忘れて少女の瞳を見つめ返してしまう。
月の妖精が地上に降り立ったような、儚さを抱かせる少女が、儀礼の目の前に向き合っている。
「おいしそう」
口の中に蜂蜜の甘さを思い浮かべて、儀礼は思った事を口から溢していた。
「美子、そこにいるのかい?」
優しげな声とと共に、銀髪で長身の凄まじく容姿の整った青年が現れた。
腰程まである銀の髪は、絹糸のごとく細く透き通り、右の目には月の色、左の目には空の色を映し出している。
その姿たるや、妖艶という言葉が相応しい。
「珍しいね、美子が誰かといるなんて」
「兄様!」
穏やかに微笑む青年に、美子と呼ばれた少女は嬉しそうに駆け寄った。
銀髪の青年は美子の柔らかそうな髪の毛をしばし撫でると、儀礼へと向き直った。
この世の物とは思えない、彫刻のように端正な顔を、艶麗な笑みで彩る。
「初めまして、私のことは十六夜と呼んでください」
十六夜が差し出した黒い手袋の手に、儀礼は黒い指出し手袋のまま握手を交わす。
「初めまして、儀礼と申します。勝手に入り込んでしまってすみません。実は、帰り道を探しているんです」
「それは、難儀な事ですね。この子は妹の美子と言います。ここで会った事も縁でしょう。私達もお手伝いいたしますよ」
眉尻を下げた儀礼に対し、銀髪の青年、十六夜は憐れむように小さく微笑んだのだった。
「ありがとうございます」
ほっとした儀礼が感謝の意を込めて握手の力を入れ直したところ、二人の黒い手袋の上に、白く小さな手が戸惑いがちに添えられた。
鮮やかな和の服を纏う美子だった。普段は消極的な美子の予想外の行動に、十六夜は僅かに目を開いた。
他人に関心を向けない美子が、興味深げにドクターの着るような白衣を羽織った少女を見つめているのだ。
片や月の妖精、片や白き精霊と見まごう二人の邂逅に、秀麗なる青年は息を飲む。
時が止まるような光景だった。
「やっぱり可愛い」
「兄様。この子、変」
儀礼の口からは小さな声が溢れ、美子の口からは抑揚のない事実だけが告げられた。
一瞬の沈黙が流れる。
「僕は普通の人ですよ」
儀礼はひらひらと顔の前で手を振ってみるが、美貌の兄妹は互いに目を合わせたまま微動だにしない。
「兄様、この子この世界の人じゃない」
もう一度言って、美子は動く気配の無かった十六夜の、服の袖を摘んだ。
何事かを深く考え込んでいたらしい十六夜は、ふと会得した様子で微笑した。
中性的な美を際立たせ、天使を思わせる銀髪の青年は、見る者を魅了する妖麗な笑みでもって、儀礼へと語りかける。
「どうやら、可愛らしいお嬢さんは大規模な迷子の様ですね」
頭二つ分上を見上げて、儀礼はその男に影の見えない微笑を返した。
「えっと、美人なお兄さんは『僕』の帰り道をご存知なんですか?」
穏やかに言葉を交わした風に見える二人の間に、ゆらりと揺れる陽炎が生じた。
それでも続く妖艶な笑顔と爽やかな微笑の間で、見えない火花が飛び散り、ついには周囲に暗雲が立ち込めはじめる。
トテチ、トテチ。
小さな音を耳で捉えて、儀礼はハッとそちらを振り返った。
小さな白い仔猫を乗せた小さな狸が、トテチトテチと竹林目指して歩いてゆく。
「あっ、待って!」
儀礼をここへ連れてきたと思しい小さな生き物に、儀礼は今また、追い縋る。
トテチ、トテチと歩くその姿が、あまりにも可愛すぎたから、だけではない。
ちゃんと帰れる可能性が高い事を儀礼は思考していた。
この狸たちの通る道に、何かしらの魔力の様なものが影響して、儀礼の居た古代遺跡と繋がったのではないか、と。
霧の消えた竹林の中を小さな足音を頼りに進んでいけば、突然。儀礼の足は固い岩石でできた古代遺跡の床を踏んでいた。
後ろを振り返れば、ただの分厚い壁があるだけである。
トテチトテチ。
黒薔薇の描かれた扉があったはずの壁の前で、儀礼は小さな足音を聞いた気がした。
読んでくださりありがとうございました。
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