第37話「母の温もりと消えた剣」その10
第37話「母の温もりと消えた剣」その10
【マジ区・イロの村】
<命名ミッション4日目>
<初めてのクエスト1日目>
<罰ゲーム開始1日目>
カポーン……
私は、宿屋でもある、マリスの家の風呂場に連れて来られていた。
「んー、切れていないし、裂けてもいないね」
「ま……、まだ?」
風呂場に着くなり、私は全裸にされた上、蹴り上げられた股間をチェックされていた。
「はい、もうちょっと我慢してねー、女の子にとって一番大事な部分だから、入念にね♪」
「う……」
裸など、メイドたちに着替えさせられる時に、散々見られているというのに、何故かとても恥ずかしい……、加えて、股間を他人に覗き込まれた上に、触られるなど、顔からファイヤーボールが出そうだった。
ピン!
「わひゃぅ!?」
「はい、おっけー! 軽い打撲だから、痛みもじきに収まって来るよ」
マリスが最後に、指で私の股間を弾き、チェックの終了を告げる。
「……」
「んー、顔を真っ赤にして、可愛いー!」
マリスのペースに逆らうことが出来ずに、私は身体や髪を乱暴に洗われ、マリスと共に湯船に浸かっていた。
「ふぃー、明るい内からのお風呂も格別だよねぇー、ん? どうしたの、ヒトミちゃん?」
固くなっている私に気付き、側に寄ってくるマリス。 ここは、ランセル家の大浴場とは違い、大理石ではなく木で作られた不思議な浴場だった、それに何か不思議な香りがする。
「ん、えと、着替えとか、身体や髪を洗うのは、メイドたちに任せてて、こんなに乱暴に……」
ふと視線を上げると、獲物を見つけた猫の様に、こちらを見つめるマリスの顔があった。
「ほほう、そこんとこ、お姉ちゃんに詳しく教えてもらおうかな?」
「え? ちょ……」
両手をワキワキさせたマリスが、私に飛び掛かってきた!
………
……
…
「ぜぇ、ぜぇ……」
マリスの、くすぐりによる地獄の責めに、笑いながら全てを吐かされた……。
「なるほどねぇ~貴族って、どこもそんな暮らしなんだね」
私は、マリスと背中合わせで話している。 いつ以来だろう、こんなにはしゃいだのは……。 昔はジーナと、風呂場で騒いでた頃もあったっけ、なんか物凄く昔のように感じる。
「マリス……お姉ちゃんは、どうして冒険者に?」
ふと、無意識に言葉が出た。 私は、なんでこんなことを聞いたんだろう?
「ふふん、そこを聞いてくるとは、ヒトミちゃんは、冒険者に憧れてるのかな?」
「それは……、あれ?」
そういえば、私はなんで冒険者になりたかったんだろう? お母様が辿った道だから? 冒険者の経験があれば、ランセル家長女として箔が付くから? 分からない、私はどうして? 急に怖くなってきて体が震えてきた。
「私は、なんで……え?」
震える私を、マリスは背後から優しく抱きしめてくれた。
「んー、ヒトミちゃんは真面目だね、真面目過ぎるね、でもそれは苦しいでしょ?」
「く、苦しくなんか! 私はランセル家の……むむ?」
「今は貴族じゃなくて、平民の私の妹だよね?」
腕を振りほどき、マリスの方に振り向くと、人指し指で唇を塞がれ、私の言葉は中断された。
「今は、只の女の子で、お姉ちゃん以外誰もいないし、お互い裸同士だよ?」
「え……」
今度は正面から抱き締められた、何故だろう? とても安心できる……まるで、昔お母様に抱かれていた時の様だ。
「”貴族の生活”は聞けたけど、肝心の”ヒトミちゃん”の事を聞けてないよね? 先ずは話してくれないかな、何をそんなに”焦っている”のかをね?」
「私は焦ってなんか……」
「ホントに? お姉ちゃんに嘘は通用しないよ?」
とくん……、とくん……
合わさった胸から、マリスの心臓の音が伝わってくる。
「私は……」
私は、胸のつかえが取れたように、マリスに語りだした。『お母様の様になりたい事』、『お母様に認められたい事』、『女子が続けて生まれたため、跡継ぎの問題で、お母様が世間でどう言われているかを知った事』、『自分が立派な領主になりさえすれば、お母様も恥をかかなくて済むと、世間を見返してやれると思って猛勉強してきた事』、そして……『剣の名前で悩んでる』事も……。
………
……
…
「そっか、頑張ってる、ヒトミちゃんは、すっごい頑張ってる! 偉いよ! お姉ちゃんは感激した!」
「……え?」
いつの間にか、私は泣いていた様だ、お母様以外の誰かに理解されるなんて……褒められるなんて、こんなに嬉しく思うなんて、今までなかった、胸の中が熱くなって涙が止まらなかった。
「うぁぁ、頑張ってるよぉ、辛かったよぉ、でも、お母様の期待に応えたいよぉ。ひっく、ぐす……」
「うんうん、大丈夫、ヒトミちゃんは頑張り屋さんなのは、よーく分かったよ」
マリスは、泣きじゃくる私の頭を撫でながら、全てを受け止めてくれていた。
「お母様も、同じことを言ってくれた、だから、私は期待に応える為にも……」
ゴツン!
「あいた! な、何を?」
マリスがいきなり、私のおでこに、自分のおでこをぶつけてきた。
「ヒトミちゃん、お母さんの”期待”に応えたいって言うけど、それは何かな?」
「それは……」
「ヒトミちゃんのお母さんは、”それ”を口にした? ”そうであれ”と言われた?」
「ちが、そんな……、そんなこと」
「いい? ヒトミちゃんは、お母さんを思うあまり、自分を縛り付けてる!」
「う、あ……」
「お母さんは、ヒトミちゃんが苦しんでるのを知って、それでも”期待”を押し付ける人なの?」
「違う、違う、違うのぉ……」
「お姉ちゃんは思うな、それを知ったら、お母さんはきっと悲しむって」
「そ、んな……」
「お母さんは、ヒトミちゃんが大好きだよ? でもさ、自分の為に大好きなヒトミちゃんが苦しんでるって知ったら?」
「わたしは、間違ってたの?」
今までの頑張りは何だったの? 私の行いがお母様を悲しませるの? 私は、どうしたらいいの?
ゴツン!
「痛ぁ! え……?」
再び、マリスの頭突きを受けて、現実に戻される。
「ヒトミちゃんはさ、馬が何もつけてない状態から、騎乗する時どうしてる?」
「えっ? えっと、馬を落ち着けてから、鞍をつけて、安全を確認してから騎乗してるけど?」
真っすぐな眼差しに、唐突に投げかけられる質問に、素直に答えていった。
「うんうん、準備は万端、それからどうする?」
「先ずは、ゆっくり歩かせて、鞍の具合も馴染んできたら、走らせる……かな」
「走ってる時、何を考える? 何に注意する?」
「落馬しない様にバランスを取って、進路の障害物に注意しながら、馬に無茶はさせない様に……」
「そうだね、私も前にクエスト中に騎乗はした事あるけど、急そぐあまり悪路を無理に力づくで走らせて落馬したことがあるよ……」
「そんな無茶をしたら……馬の方も」
「その子はね、頭のいい子で、私の”期待”に無理に応えようとしたんだ、足を折っても、まだ走ろうとした……」
「あ……」
マリスの、凄く辛そうな表情に、マリスは何を伝えたいのかを理解した。
「その子は?」
「殺したよ、骨が飛び出るほどの重傷で、その場に置き去りにして死ぬまで苦しませるなんて、私には出来なかった……」
「……」
「私の”期待”がその子を殺した、その子に委ねてちゃんと走らせていれば……ね?」
マリスは、悲しみの混じった笑顔で私を見ていた。
「お母さんはさ、ヒトミちゃんは、”ヒトミちゃんらしく”育って欲しいと思ってる筈だよ」
「あ……」
「焦らなくたっていい、ヒトミちゃんはまだ子供なんだ、ゆっくり、そしてしっかりと学んでいけばいい これは、お姉ちゃんからのアドバイスだよ!」
「うん……」
その子を手に駆けた時、マリスはどんな気持ちだったのだろう? 私が無茶をして命を落としたら、お母様も同じ気持ちになるのだろうか?
むにぃ
「ほーら、可愛い顔が台無しだよ!」
「いふぁい、いふぁい!」
マリスが、私のほっぺたを両側からつまんで引っ張った。
「じゃぁ、私の番だね、私が冒険者になったのは……」
「うん……聞かせて、お姉ちゃん」
ひりひりする頬を摩りながら、マリスの話に耳を傾けた、マリスを平民だと見下していた貴族の私でなく、平民のマリスの妹として……。
………
……
…
マリスの母は、聖騎士を父に持つ貴族だったが、冒険者の父と駆け落ちをして国を飛び出したらしい。母親は、既にマリスを身ごもっており、そんな二人を受け入れる所は無く、【イロの村】の近くで倒れていた所を救われたという事だ、村人は二人を追い出す事もなく、村の一員として迎えられ、マリスも無事に生まれることが出来た、マリスの言っていた”生きて生まれることが出来た”というのはこの事だったのだ。 マリスは、村に恩を返すため、冒険者の道を選んだという、この小さな村を守るにはそれしか道がなかったとも……。
「単純だと思うかもだけど、私の頭じゃ、それしか思いつけなかったんだ」
「ううん、逆の立場だったら、私もそうしたと思う」
「それにさ、先週、弟が生まれたんだよ」
「弟が?」
「弟には、私みたいになって欲しくない、幸せになってほしいんだ」
チャプ……
立ち上がったマリスの身体を改めて見ると、無数の小さな傷痕が残っていた。
「大分目立たなくなってきたけど、体が温まってると目立っちゃうね」
「その傷はクエストで?」
「それもあるけど、冒険者につけられた傷もあるよ?」
「え? どうして?」
「冒険者の登録は10歳から可能だけど、必ずしも歓迎されるってわけじゃないんだ」
「ライバルを蹴落とそうとする者、自分より弱い者を食い物にする者とかね」
「同じ冒険者なのに?」
「私も、馬鹿正直に、先輩冒険者に教えを乞いに行ったよ、痛めつけられて、辱められて、奪われてからようやく現実の厳しさを知ったんだ」
「……」
<<ホントに、馬鹿正直だね……、昔の私みたいでムカつくよ>>
マリスの、あの時の言葉はそういう事だったのか、マリスは私なんかよりずっと大人だ、私が、安全な屋敷内で稽古をしているときも、マリスは、死んでもおかしくない世界で、自分の力で生き抜いていたのだから。
「冒険者に幻滅したかい?」
「正直分からない、私は外のことを知らなすぎた……」
「ふふ、でもね? 悪い事ばかりじゃないよ、騙されて、汚されて、殺されかけた私を助けてくれた人がいたんだ」
「助けて……くれた?」
「うん、顔は、はっきり見えなかったけど女の人だった、その人は、Fランクとはいえ、3人の冒険者を素手で叩きのめし、奪われた私の装備を取り返してくれただけでなく、私を治療してくれた……」
「素手で? そんなの……まるで」
”お母様の様だ”と、言いかけたが、あり得ないので止めておいた。
「ヒトミちゃんに使った、あの技もね、その人が使った技なんだよ」
「う……」
あの時の激痛を思い出し、思わず股間を押さえる。
「ヒトミちゃんは女の子だから、その程度で済んだけど、あの時の冒険者の様に男だったら……」
「男だったら?」
「ん? ああ、まぁ、とても酷い結果になるね、あはは!」
マリスは、目を逸らしながら答えていた、どういう事だろう?
「その人は、足を折られてた私をおぶって、街からこの村まで送ってくれたんだ。 酒場のおっちゃんとかに聞くとさ、その人は数年に一度、ふらっと現れては、農作物の収穫を増やすアドバイスとか、不思議なアイテムを売ったりしてくれるらしい。陽の樹にも詳しくて、加工の仕方とかも知ってたそうなんだ……」
「陽の木を知ってるって事は、昔ここに住んでいたとか?」
「私も聞きたかったんだけど、次の日には村を出ちゃっててね、お礼もちゃんと言えなかった、それにね? 不思議な事に、私の足も綺麗に治ってた」
「え? 折れた足が一晩で?」
「まるで、噂で聞く”魔法”の様だったよ、今じゃ”魔法”も”魔術”も一緒くたなんだけどね、このお風呂だって、その人が手を加えたおかげで、皆が使えるようになったんだ」
「え? ここが?」
よく考えれば妙だった、屋敷の大浴場は”火の魔石”という、とても高価な魔法道具で湯温を保っていると聞いた、ここにそんな魔石があるとは思えない。一体どうなっているんだろう?
「村長のお爺さんが若い頃は、この場所を中心にお湯が湧いてて、村のあちこちでお風呂が楽しめてたけど、次第にお湯の勢いが衰えて最終的にここだけが残って、宿屋にしたって事らしい」
「それでも、こんなに暖かいし、いっぱいのお湯が……それに、魔石も見当たらないし」
「んふふ、これこれ、これが魔石の役割をしてるんだ」
マリスが、ぺちぺちとヘリの部分を叩く。 え? この樹が?
「陽の樹は、魔力を込めることが出来るらしくて、その人が調整してくれて、宿屋の中でなら、今でも熱いお風呂が楽しめるわけだよ」
この村の建築には、陽の樹が使われていて、小さな小屋でも快適に暮らせるとの事らしいが、老朽化の所為か、最近は魔力が安定しない箇所が出始めてるらしい。
「それにしても、これを調整なんて、すごい人だね」
「ああ、また会いたいんだけど、顔も名前も分からないとねぇ」
「そんなに、すごい人なら有名なんじゃ?」
「街でも、手掛かりがないか聞いてみたんだけど、ダメだった。 ここへも”友人に会いに行く途中”って事らしいし、いつかはここで会えそうだけどね……」
マリスは残念そうにしていた、力になってあげたいが手掛かりがないというと……。
「あんなに強いんだから、高ランクの冒険者だと思うんだけど、赤いローブを纏っていたってこと位しか、手掛かりがないんだ」
ズキン!
「っ!」
何だ? 脳裏に赤い髪をした女が浮かんだ瞬間、鋭い痛みが頭に走った。
「ヒトミちゃん、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫……」
「湯当たりかな、そろそろあがろっか?」
「うん、そうする」
痛みは消えたが、何か胸がもやもやする。
「とりあえず、今日はご飯食べて休もう、明日は出発だしね」
くぅぅ……
きゅるるる……
「「……」」
二人のお腹が同時に鳴る、身体を動かした後のお風呂なので身体は正直だ、
私は、マリスと手を繋いで風呂場を後にした、繋いだ手はとても暖かく、心地よいものだった。
<命名ミッション4日目>→保留中
<初めてのクエスト1日目>→保留中
<罰ゲーム開始1日目>→裸の付き合いをした。
明けましておめでとうございます。
年内にあげたかったのですが、年を跨いでしまいました。キリの良い所までと考えていたら、思ったより長文に( ;∀;)