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第32話「母の温もりと消えた剣」その5

第32話「母の温もりと消えた剣」その5




【ランセル家、屋敷内】




<命名ミッション2日目>


(チュンチュン、チチチ……)


「ん? 朝か……」


微睡ながら昨晩の事を思い出す、確かジーナと共にお風呂でのぼせて……。


「しまった! 剣は? まさか置きっぱなし……ふぅ」


剣を湯に浮かべたままではないかと思い、一気に目が覚めたが”名無しの剣”は手にしっかりと握られており、安堵する。


「良かった、メイドたちが回収してくれていたか……ん?」


錆の要因になりはしないかと心配になり、確認のため剣を引き寄せようとするが……重い?


<……ふぁ、ふぁふぁ……>


「な!?」


喋った? まさか剣が喋るだなどと、絵物語でもあるまいし


<ふぁふぁ(まだ)……ふぁふぇふぁふぇひゅ(たべられりゅ)>


「…………」


毛布を捲ると、ジーナが眠りながら剣の鞘部分に噛り付いていた。


「おい、ジーナ! 起きないか、あ! こらよせ! 涎まみれにするんじゃない!」


悪戦苦闘の末、ジーナを剣から引き剥がしたタイミングで、メイドたちがドアをノックする。


「ヒトミお嬢様、ジーナお嬢様、朝食の準備が整っております……」


「ジーナがいることも織り込み済みか……入れ!」


メイドたちを部屋に招き入れ、ジーナ共々、身支度を整えさせる。私は髪が長い為、少々時間がかかるが寝起きの悪いジーナに宛がわれたメイドが、ジーナの身支度を整えるまでには終わるだろう。


「きゃぁぁ! ジーナお嬢様! 噛まないで! 痛い痛い! 嫌ぁぁぁ!!!」


まったく騒がしい。 髪をすかれながらも、鑑越しに剣が気になる私に気付いたメイドが話しかけて来た。


「ヒトミお嬢様は、あの剣がお気に入りのようですね」


「まぁな、お母様からの贈り物だ。 大切にするのは当たり前だ」


ふん、分かっているのだ、のぼせた後はメイドたちによってここに運び込まれ、着替え迄させられているのだ。無様だ、実に無様だ!早くメイドたちの記憶から消えてしまえばいいと思う。


………


……


…


「お姉、おっはよー!」


私の身支度が終わるころ、ジーナの方も終わったようだ。 向こうでボロボロになったメイドが倒れているのが見える。


「ああ、お早う、まったく騒がしいなお前は……」


「”クシカツ”も、おっはよー!」


ジーナが私の剣に向かって、声をかけたように見えた。 ん? ちょっと待て。


「おい、なんだその”クシカツ”というのは!」


「ん? この子の名前! 夢の中で、でっかい串カツになってたから”クシカツ”いい名前だろ?」


「却下! 却下だ! そんな名前なんぞ付けたら、帯剣して人前に出れんわ!」


「えー、良い名前なのにー!」


思わず地が出て、突っ込んでしまった。くすくす笑うメイドたちを睨んで、すくっと立ち上がる。


「と、とにかく、行くぞジーナ! お母様が待っている」


家族が揃うまで、朝食は開始されない。お母様が決めたルールだ、きっとお腹を空かせて待っている。


………


……


…


「やぁ、おはよう、ヒトミ、ジーナ」


お母様は、爽やかな笑顔で朝の挨拶をしてきた。


「お早うございます、お父様、お母様、遅くなり申し訳ございません」


私は長女として、優雅に朝の挨拶を挨拶をするのだが……。


「母様!、ついでに父様、おっはよー!もうお腹ペコペコだよ!」


ジーナは相変わらずのテンションで、優雅さの欠片もない。


「ジーナ!お前ももう4歳なんだ、少しは礼儀正しくだな……」


「まぁまぁ、良いじゃないか、私は堅苦しいのよりワイワイ楽しく食べるのが好きだぞ?」


「お母様、そうやって甘やかすからいつ迄経ってもジーナが」


「私はついでか、はは……お腹がペコペコなのはジーナに同意見だよ」


私の父、現ランセル家当主【トラオス・ランセル】だ、温厚で人柄も良く”良い領主”と言われるのだが……。 お母様のカリスマの前では、いかんせん影が薄いので、どっちが領主かわかりゃしない。


「失礼しましたわ」


メイドが椅子を引き、私も食卓に着いた。食卓の上を一瞥し、今日は”当たり”の日だと確信した。


「今日は合格ですわね」


ランセル家の食事は、私的にではあるが”当たり”と”はずれ”がある、”当たり”には味付けからメニューのバランス、配膳迄、私を満足させてくれるが、”はずれ”の日は不味くはないがイマイチなのである、本日は私からダメ出しが出ない為、メイドたちからはホッとする表情が伺える。


「ヒトミは相変わらず厳しいな、それで剣の名前は決まったのかい?」


「そ、それはまだ……。 高貴でいて、気品溢れる良い名前となると中々絞れず……」


「えー! ”クシカツ”でいいじゃんさー!」


「ジーナ! それは却下だと言っただろう!」


ジーナの茶々に、こめかみを押さえる。 これだからお子ちゃまは……。


「あっはっは、”クシカツ”か! それは実に美味しそうで、良い名前だ!」


「でしょでしょ!」


「お母様迄……。 私は、私は真剣に……ふさわしい名前をと、それなのに!」


「をいをい、ヒトミ……別に”国の名前を決めろ”とかそういう大それたものじゃない。もっと気楽に考えていいんだよ?」


「お母様だって、お母様だって、3日かかったって言ったじゃないですか!」


敬愛するお母様が、3日も考えたと言ったから、私は3日かからず素晴らしい名前を付けて、お母様に認めて貰いたかった。それなのに、どうしてそんな風に言うのか、酷いです。


「あー、うん、そうだったねぇ……」


私の言葉に、目を逸らすお母様。 私には”出来ない”と、そう思われているの?


「もう、いいですわ!」


私は、自分が情けなくなり、食堂から飛び出していた。


………


……


…


(クゥゥ……キュルル……)


朝食もそこそこに食堂を飛び出した私は、こっそりと屋敷の書庫に籠っていた。


「空腹がなんだ! 今日中に私の剣に相応しい素晴らしい名前を……」


(キュルルル……グゥゥゥ……)


「お母様をびっくりさせて……。 むぅ、集中できない……」


(グゥゥゥ……グゥゥゥ……)


書庫ある難しそうな本や、歴史の本を片っ端から広げ、良さげな単語を探そうとするが、空腹で目が回ってきた所為か、ネガティブな思考になり”災厄の渦”とか”魔女殺し”等の不吉な単語ばかりが目に付く。


(バタン……)


私は机の上に突っ伏してしまった、ランセル家長女ともあろう者が空腹で動けなくなるとか、無様な事この上ない。


(ガチャ、キィィ……パタン、コツコツコツ……)


「……!?」


誰か来た?私は慌ててテーブルの下に身を隠す。


「おや? テーブルの上に本が散らかりっぱなしとは、書庫担当の者をしからなくてはいけませんね」


よりにもよってメイド長だ! 不味い……バレたらお母様に何と言われるか。


「ふぅ、仕方ありません。 今日はここでお昼をとる事にしましょう」


(ガタ……キシ……)


何で?どうしてこんな所で休憩なんかするんだ! 私はメイド長の足先で息を殺しながらメイド長が離れるのを待つしかなく、口を押える。


「やれやれ、奥様にも困ったものですね、ヒトミお嬢様は責任感の強いお方。それをあんな言い方をしたら……」


わ、分かってるじゃないか、流石はメイド長だ……。


(グキュルルルルルル……)


しまった、気が緩んだ瞬間お腹が鳴った。これは絶対聞こえている!


「おや?この椅子は立て付けが悪いようですね、変な音がします」


奇跡的にバレなかったようだ、今は助かるが……。


「そういえば、奥様自身も、ヒトミお譲様とジーナお嬢様の名前を決める時に散々悩んでいましたっけね」


お母様が? 私たちの名付で? そんなのは初耳だ……。


「生まれてくる子供が、大きくなって恥をかかない様にって、それはそれは毎日毎日、ココに籠っていましたっけ」


お母様も……私とジーナの名付で悩んでいたのか。その光景を思い浮かべて胸が温かくなってくる。


「結局は、無事に生まれる事、それと元気にすくすくと育つこと”だけ”を願って決めたと言っていましたっけねぇ……ホントに欲張りなんですから」


……お母様も、凄く悩んで決めたからこそ、その苦しみを知っていたんだ……だから……。


<もっと気楽に考えていいんだよ?>


涙が滲んできた……馬鹿だ、私は……。


「おや、いけません、大事な用事があったのでした。昼食のお弁当が手つかずで、片付ける暇もありませんが、きっと誰かが片付けてくれるでしょう……」


(ガタ……コツコツコツ……キィィ、バタン……)


「ぷはぁ!」


メイド長が足早に駆け去って行った後、私はテーブルの下から顔を出す。


(グキュルルルルルル……)


「うぐぅ、安心したらまた……」


メイド長が広げていたお弁当の匂いで、もう限界だ……。ふとテーブルを見ると、サンドイッチとお茶が手つかずでそのまま放置されていた。


「嘘、一口もせずに? ん?これは?」


<読んだ本はちゃんと元の場所へ、それとお弁当のバスケットは調理場へお願いします。>


お茶の入ったカップの下にメモが残されていた。


「何だ、バレていたのか……。 ふふ、あはははは!」


何だか意固地になっていた自分が馬鹿らしくなって、笑いがこみ上げてきた。そして、腹の虫の催促に促され、サンドイッチを口にする。


「美味い、このサンドイッチは凄く美味いな……。 でも、ちょっとしょっぱいな」


とても美味いのだが、なんだかちょっと涙の味がした。


落ち着いた私は、本をもとの位置へと戻し、お弁当セットをバスケットに収め、調理場の扉の前へ置いておいた。


「大分、時間を食ってしまったな」


朝食の最中に飛び出したことをお父様とお母様に詫び、疎かにしてしまった今日の分の勉強と、剣の鍛錬を遅れた分頑張って消化した。


「今日中に……名前を決めてやる……から……すぅ……」


頑張りすぎた所為か、ベッドに剣と共に潜り込み、名前を考えようとしたが、疲れの所為で直ぐに眠りに落ちてしまった……。



<命名ミッション2日目……失敗!>






次回、命名編完結予定……になるはずです。(小声)

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