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マネージャーの下克上宣言!!─うちのアイドルいりませんか!?─  作者: 石田空


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7/21

融通無碍 プライベートは関係ありません 1

 休み明けに事務所に出かけたら、案の定事務員さんにしこたま怒られた。


「アイドルには縄張りというものがあります、うちの学校はあくまでスーパー銭湯さんの好意で仕事をさせてもらっているのであって、そこの縄張りを荒らしちゃいけません。先方には許可は?」

「いただきました……突発的だったんですが、事情を説明して」


【GOO!!】の皆は、私が事務所で怒られていることは知らないはずだ。アイドルの泥を被るのがマネージャーの仕事なのだから、つまりは怒られるのは私の仕事な訳で。

 事務員さんは私の突発ライブのことをさんざん説教したあと、ようやく顔を緩めた。


「それで、迷子の子の親御さんはちゃんと見つけられたのね?」

「はい。それはあいつら……うちのアイドルたちがちゃんと見つけてくれたので」

「うん。まずは小さくとも、ファンを見つけたのなら、いいことね。でも、あそこは基本的に【HINA祭り】さんの縄張り。くれぐれも【HINA祭り】さんのファンに目を付けられないようにね」

「はい……このことは注意しておきます」


 事務員さんにそう言ってから、最後に【GOO!!】の依頼内容を確認し……相変わらず、親子ブッキングの仕事が多い……お断りの謝罪メール、ファックスを送り、残りはスケジュールが難し過ぎると謝罪メールを送ってから、出て行ったのだ。

 はあ……思わず溜息だって出るというものだ。

 ちゃんとお金になってる? この投資は間違ってない? 実地に勝る勉強はなくって、いくら座学でマネージャーのノウハウは学んでいるとはいえど、アイドルのほうが突発的なことをしてしまったら、私はそれに引きずり回されてしまう。

 まだ前座ライブすら終わっていないのに、こんなんで大丈夫なのかな。私はそう思いながら校舎まで行こうとしたら。


「北川」


 呼ばれて振り返ったら、林場が立っていた。眉を寄せている。


「ああ、林場。昨日はお疲れ様。いきなりのライブだったけど、ちゃんと休めた?」

「それは問題ない。昔から布団に入ったらすぐに寝られる性分だから……北川、昨日は済まなかった」


 そう言って頭を下げられたことに、私はおろおろとする。

 いやいやいや、いきなり頭を下げられても。


「ちょっと顔を上げてよ。私は別にあんたに謝られる覚えはないってば」

「だが、俺たちのせいで、お前は事務所からさんざん怒られたのではないか?」

「怒られるのも、仕事のうちだから。あんたたちが、さっさと事務所入りしてくれたら、私の苦労も帳消しになるんだから、そこは気にしないで」


 そう言うと、林場は「むぅ……」と唇を尖らせた。


「俺たちのマネージャーになってくれて、続けてくれていることに本当に感謝しているんだ」

「なんで?」


 正直言ってしまえば、【GOO!!】の奴らは、私とマネージメント契約なんて結ばなくっても、順調に学内オーディションを受ければ、事務所入りできそうなんだ。だからわざわざ林場に待ち伏せられてまで言われる覚えがない。

 林場は少しだけ端正な顔を歪める。仏頂面をしても、顔がいい奴は顔がいいままだ。


「……うちは少々問題ありの奴しかいないからだ。俺も、元々はアイドルを目指していた訳じゃなかったし、桜木に至っては人前に立つのに不得手だからな……本番には強いのは、昨日のライブを見ていてもわかったが」

「そう? あんたたちはよくやってるじゃない。マネージメントコースの他の奴らで、あんたたちを磨けないなら、それは単純にあんたたちの素材と向き合ってないだけ。あんたたちはなんにも悪くないでしょ」

「そう言ってくれて、助かってる……あとひとつだけ」

「なに? そろそろ予鈴が鳴るけど」


 これだけ言いたかったのなら、普通にアプリのIDくらい交換してるんだから、アプリで連絡くれればいいのに。なにが言いたいんだろ。

 私はますますわからないという顔で林場を見ていたら、ようやく林場は口を開いた。


「……もし、柿沼が馬鹿な真似をしても、それはあいつの本心じゃない。あいつも相当こじれている奴だが、本当に悪い奴じゃないんだ。あいつが馬鹿な真似をして、本気で嫌だって思ったのならリーダーとして俺が止めに入るから。もし、あいつが嫌だって思っても」


 柿沼も、人懐っこい言動かと思いきや、結構口は悪いし、なんか訳ありなんだろうなと思ってはいたけど。わざわざ林場が忠告に来るほどのものだったのかね。

 廊下の窓からは、がやがやと生徒が校舎に吸い込まれていくのがわかる。

 事務所は職員棟にあって、マネージャーコースの教室はその上。他の校舎は渡り廊下で行けるはずだ。そろそろ階段を上らないと駄目だよね。そう考えていたら、やっと林場は絞り出すように言う。


「どうか、マネージャーを辞めたいなんて、言わないでくれ」


 そのひと言に、私はどう反応すればいいのか考えあぐねる余裕は、予鈴のチャイムが許してくれなかった。

 林場は「放課後、またよろしく」と言って私の隣をすり抜けていくのに、私は「うん」と愛想のない返事をしながら、髪に指を突っ込んで考え込んだ。

 それ、どういう意味? 柿沼はややこしい性格をしているとは思っていたけれど、この間のライブで少しだけわかったような気がしていたのに。


「……マネージャーって、アイドルと仲良くなる必要あるのかなあ」


 商品を商品として送り出すのがマネージャーの仕事だけれど。

 でも彼らには感情があって、決して彼らの感情を切り売りしてはいけない。ただ芸能人の一部分は愛せても、一部分は愛せないなんていうのはよくある話で、どの側面を売るのかはマネージャーが決めないといけない。

 コミュニケーション取って、あいつらのことをもっと知る必要があるのかなと、私は大きく溜息をついた。


****


 今日はライブの曲を決めて、それに沿った練習をしないといけないんだけど。MCで言っていいことや言ったら駄目なことは、この間オーナーさんと話をしてきたから、その辺りを踏まえて確認しないと駄目なんだけど。

 私は食堂でサンドイッチを食べながら、手帳を広げてあれこれと書いていると。


「大変だねえ、初ライブ。毎日あっちこっちに根回しや許可取りして」


 そう真咲に言われて、私は少しだけ手帳に書き込んでいた手を止める。


「……マネージメント契約してる子たちって、しょっちゅう授業抜けたり、公休使ってるから、いったいなにをやってんだろうって思ってた。そりゃ授業抜けたり公休使わないと、時間のやり繰りなんてできないって、今思ってるところ」

「そうだねえ。まああたしもライブの前になったら化粧の手伝いに行くけどさあ」


 がっつりは化粧しなくっても、薄くは化粧しないと駄目。アイドルは客商売だから、肌を傷付けるなとやきもきしつつも、手を入れさせてもらわないといけない。

 メイクアップコースの知り合いなんて真咲しかいないから、手を合わせて頼んだら了承してもらえたけど。琴葉は芸能コースから大量に衣装の発注をされて、目を回るような忙しさで、最近はずっと被服室から出てこない。ときどき食堂に来ているときは、もっぱらクロッキー帳を動かして新しいデザインを描いているときくらいだ。


「ごめんね、休みの日に時間もらって」

「あたしも芸能コースに知り合いってそんなにいないから、ライブってのもどんなんか見せてもらえるから楽しみなんだけどね。そういえば、この間あいつらが問題起こしたんだって? 突発ライブ」

「うう……」


 私が事務所で怒られていた理由は、それだ。

 昨日のライブに、運悪くうちの学校の追っかけの子たちが、SNSに動画を上げてしまったのだ。うちの学校は基本的にまだデビュー決まってない生徒に関しては個人情報だからと、生徒にもよそにも動画公開は禁止している。今は学校が動画を上げた子たちに話をして削除してもらったけれど、それでも一度流れてしまった動画はコピーされて回されてしまって、なかなか全部削除完了までには至っていない。

 手帳で予定を確認しながらも、動画サイトでライブが消えてないかと確認していたところで。


「……はい?」


 私はひとつの動画に気付いて、目が点になった。


【発見! スーパー銭湯にゆうPのそっくりさん!】


「ゆうPって、誰……?」

「ああ……そっか。動画サイトで人気出てたけど、咲子は知らないんだ」

「真咲は知ってるんだ?」

「歌が上手いから中学時代から結構聞いてたけどねえ。動画サイトで最初はコピーシンガーとして活躍してたんだよ」


 最近だったら、動画サイトで歌っていた人が、芸能事務所からスカウトされることは珍しくない。私は動画サイトを見る趣味はあまりないけれど、そこから青田買いするファン層は一定数いるらしい。

 その動画を見ていたら、そのゆうPのファンだと言う人たちのコメントがずらりと並んでいる。


【シャイな感じがリアルゆうPって感じがする!】

【他の歌い手さんともちっとも絡まないしねえ】

【あんまり歌い手さんのイベントには出ないもんね、動画サイトオンリーって今時珍しい】

【もう青田買いされてプロ転向してもおかしくないのにねえ】

【じゃあひびがくにスカウトされたの?】

【いや、まだゆうPって決まってないんじゃないの?】


 流れている動画は、そのゆうPが歌っている曲なんだけれど。私は目を剥いてしまった。

 中学生の男の子とは思えないほどの声量。その歌唱力はもうピンでデビューを決めてもおかしくはないし、これだけコメントをもらうのも頷ける。いくら最近は音を加工するソフトが出回っているとはいっても、こんな音に加工はできない。地力がないとこんなに歌は上手くならない。


「これって、桜木だよね……? このファンの言ってることが本当なら」

「あたしには、どっちも歌上手いなあって感じなんだけど、そう聞こえる?」

「……生歌は、こんなもんじゃなく上手い。でもまずいでしょ。だってうちの学校」


 もしまだ歌い手をやってるんだったら、止めないといけないし、やってないんだったら、この動画を下げてもらわないといけない。

 だって、うちの芸能コースは、基本的に事務所に所属している子たちはそこの事務所のやり方に準じているし、まだ事務所に所属してない子たちは、うちの学院の事務所を通した仕事以外の芸能活動は一切認められていない。

 ……最悪、退学だ。そうなったら、私だって管理不行き届きと見なされて、道連れだ。そんなの絶対に困るんですけど。


「ちょっと桜木と話をしてくる!」

「わかったけど、咲子も先に昼ご飯は食べな。腹が減っては力は出ぬ。あんたは頭は人よりちょーっといいからって、頭が回らなかったら、舌戦でだって負けるでしょう?」


 そう言って真咲は、立ち上がろうとする私の腕を掴んで、口の中にサンドイッチを放り込んでくる……。そうでした、午後からはレッスンがあるし、昼休みの今しか、休める時間はないんだ。

 私はもぐもぐとサンドイッチを食べ、カップスープをすすると立ち上がる。

 まだなんにも解決してないけれど、ちょっとは元気になったような気がする。私は急いでスマホで桜木に【今どこ? ちょっと話したいことがある】と打ってから、真咲に手を挙げた。


「それじゃ、ちょっと行ってくる!」

「うん、行ってらっしゃい。頑張れマネージャー」

「ありがとう!」


 私はスマホを片手に、急いで芸能コースの校舎へとすっ飛んでいったのだ。


****


 芸能コースの生徒は、皆驚くほど顔がいい。

 もちろんそうじゃない子もいるけれど、芸能界なんて狭き門を潜ろうとしている子たちは、なにかしら特技があるから侮れない。

 たしかこの間教えられた限りだと、芸能コースは既に事務所所属が三割、マネージメント契約をしているのが六割。意外なことに、残り一割も事務所にも入らず、マネージメントを受けずに独自で仕事を取ってきているらしい。事務所に売り込むにも、あれこれと必要なはずなんだけどな。

 閑話休題。

 私はスマホ片手に桜木の教室に入る。ちょうど教室には柿沼と林場がいた。柿沼はこちらを見つけた途端に「さっちゃん!」と手を振ってきた。


「どうしたの? もうレッスン? まだ早いよね。オレたちこれから食堂に行く予定だったんだけど、さっちゃんも行く?」

「暢気だな!? あと私はもう食事終わりました! 桜木知らない?」

「ええ? ゆうちゃん?」


 柿沼はきょとんとして、林場のほうを見ると、林場は少し考えてから「あ」と言う。


「多分音楽室の個室だと思う」

「音楽室の個室って?」

「音楽室は基本的に合同レッスンになるから、個別でレッスンしたかったら予約して使うんだ。よく桜木はひとりで個室を借りているからな。あいつは本当に歌が好きだから」


 私はそれに頭を抱えそうになった。

 ……まさかとは思うけど、そこで動画撮ってんじゃないでしょうね。まだ学校には見つかってないけど、それも時間の問題だっつうの。私の態度に、ふたりは本気でわからないという顔を示している。


「ゆうちゃんが歌の練習してちゃ駄目だった? それともマネージャーの指示通りじゃないと練習は駄目ってパターン?」

「……そうじゃないの。ちょっとこのことは言えない。個室ってどこ?」

「さっちゃん知らない? 音楽室の近くにいっぱい部屋あったじゃない。あそこの列全部個室だから。プレートに借りてる生徒の名前がかかってるから」

「ありがとう!」


 どうも、ふたりは本気で動画サイトのことは知らないらしい。だとしたら、巻き込んじゃ駄目だよね。私はふたりにお礼を言ってから、慌てて階段を駆け上っていったのだ。

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