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万里一空 アイドルとマネージャーは友達ではありません 3

 私は一旦皆に入場料を出してから、「二時になったら私もそっちに行くから」と伝えてから、オーナーさんと打ち合わせに向かう。

 ノートを取り、オーナーさんと話をする。


「はい、今度スーパー銭湯のアイドルの【HINA祭り】が来るんです。その前座を務めてくださればと」

「【HINA祭り】ですか」


 私は手帳に書き留めながら唸る。

 たしか【HINA祭り】は全国のスーパー銭湯を巡ってライブ活動をしている女子アイドルだ。最初はあまりにも色物扱いされていたものの、ずっとハッピ姿に改造浴衣でライブ活動を続けて、全国行脚の追っかけまでできるくらいの知名度にまで成長を遂げていたはずだ。

 うーん……女子アイドルのファンは、基本的に女子アイドルにしか付かない。【GOO!】の場合はまだ駆け出しなんだから、変な色は付けたくないんだけれど。

 オーナーさんは続ける。


「時間は十五分ですので、リハーサル時間と本番で、お客様を沸かせてくだされば」

「リハーサル……そちらはどれだけいただけますか?」

「こちらも本番と同じスケジュールで、最終確認できればと思います」


 つまりは、リハと本番の計三十分で、少しでもお客さんに顔を覚えてもらえればいいって訳ね。私はそれらを手帳に書き加えてから、本番までの日程と段取りまでを聞き出して、手帳に書き加える。

 オーナーさんはにこにこと笑っている。


「本当に……うちはいつもいつも響学院さんから新人のアイドルをライブに出してもらって助かっているんですよ。うちにファンの方々が巡礼地として見に来てくださることもありますので。今年も期待しております」

「いえ。こちらこそご依頼、本当にありがとうございました。うちのアイドルを、どうぞよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げてから、打ち合わせを終えたのだ。

 そっか。毎年毎年、うちの先輩方がここでライブをやってたんだね。このライブに応募したのはうち以外はなかった。はっきり言ってあまりお金は入らない上に、初ライブが十五分の前座ということで躊躇するのはわかるつもり。なによりも、うちの学校の生徒だったら誰でもよかったという感じだしね。

 でも逆に言ってしまえば、誰でもいい枠でもいいから食い込めば、名前を覚えてもらえる。歌を覚えてもらえる。……もちろん、ただ歌が上手いだけだったら「なんだか知らないけれど歌が上手いアイドルが来ていた」くらいにしか覚えてもらえないから、それ以外で来ているお客さんを突き刺さなければいけないんだ。

 考えることがいろいろあり過ぎる。

 私はそう思いながら、スマホをタップした。連絡したのは林場だ。


「もしもし。打ち合わせが終わったから、これからそっちに」

『ああ、よかった。ところで、昼食はどうする?』

「私は着いたら食べるから……ちょっと待って。三人はまだ食べてなかったの?」


 下見とはいえど、私が打ち合わせ中は遊んでいると思っていたし、ご飯も先に食べているとばかり思っていた。私の問いに、林場が固い言葉で返す。


『迷子を見つけて、ずっと親御さんを探していた』

「サービスカウンターに連れて行けばよかったでしょ。その子は?」


 なんでいきなりトラブルを拾ってきてるの。私は思わず額に手を当てていたら、林場は再び固い声。


『それが、すぐに走ってどっかに行くから、追いかけっこ状態でなかなか捕まらないんだ。捕まえるたびに逃げ出すから、ずっと追いかけっこを継続している』

「あんたたち三人いるんでしょ!? なんで捕まえられないの! ちょっと、すぐ行くから!」


 親御さんだって、子供が迷子だったら探してるだろうに。私は林場に場所を確認してから、急いでスーパー銭湯に入っていったのだ。


****


 スーパー銭湯では貸し付けのルームウェアでうろうろしている人たちが多数目立つ。てっきり、皆銭湯で浴衣を借りるのかとばかり思っていたけれど、そうでない人も割と多いし、銭湯に全く入らずに漫画コーナーでゴロゴロ転がっている人たちもいる。

 カラオケルームのキンキンの声を耳にしながら、私が辿り着いた先には。何故か小さい男の子を肩車して、ルームウェアでうろうろしている柿沼と桜木の姿だった。


「いないねえ」

「いないなあ」


 まるで親子のように同じ顔をして、うろうろしている柿沼と男の子に私はこめかみを指で弾きながら、ひとまず桜木に声をかける。


「……さっき林場から連絡あったけど。これなに?」

「ああ……お疲れ様、北川さん……うん、追いかけっこしていた子が、ぐずり出したから、こうして柿沼くんが肩車して、親御さんを探してるの……」

「ふうん……林場は?」

「林場くんは……迷子センターのほうに、子供を探している親御さんがいないか確認。あの子もひとりで迷子センターに行くのが嫌みたいだから、少しずつ迷子センターに向かってるの」

「なるほど」


 わんぱくらしい男の子は、ぶらんぶらんさせている足でガシガシと柿沼の胸を蹴っている。


「いなあい……おとうさんもおかあさんも」

「うーん、なら探せそうなところ見つけよっか」


 そのままゆるゆると歩いて行くと、そのままフードコートまで移動する。

 私はちらっとフードコートにあるステージを見た。普段からいろんな催し物をやっているらしく、ステージの背景は程よくチープで、台もつるんとはしてない動きやすいつくりらしい。

 今はライブをしてないせいか、そこのステージに座っている人たちや、そこの周りで追いかけっこしている子供で賑わっているみたいだった。

 柿沼はステージに「よっ」と立つと、ぐるりと見回る。


「うーん、ここにもいない?」

「わかんなーい。おっきいひといっぱい」

「そっかそっか。あっ、さっちゃーん」


 ぶんぶんと私に手を振ってきたので、私は怪訝な顔でそちらに寄っていく。


「さっき林場から連絡来たけど……この子いい加減迷子センターに連れて行ったら? 今日は休日よ? いくら肩車してるからって、探すの無理でしょ」

「えー……オレさあ、そういうのってあんまりよくないと思うんだよねえ……知らない人に囲まれて、事務的に処理されるのって」


 いきなりなにを言い出すんだ。私は少しだけ目を細めるけれど、男の子はガシガシ柿沼の胸を蹴って「いーなーいー」と駄々をこねているのを、柿沼がときどきトントンと足や姿勢を正してあげると、きゃっきゃと喜ぶ。


「うちさあ、父さんが現役でテレビに出てるから、あんまり一家団欒で旅行とかできなかったんだよねえ。しょっちゅうテレビ局が芸能人のホームビデオみたいな形で家にやってくるから、プライベートなんてその辺がきっちりしてる響学院に来るまでなかったし」

「あー……」


 有名税とはいえど、まだ何者でもない子供が、一挙一足を囁かれ続けるのは、気苦労が耐えないのかもしれない。

 響学院は卒業生に大物芸能人を大量に輩出している関係で、芸能界にもそこそこ意見が言える口だ。生徒のプライベートをマスコミに売るような真似はしないし、それをした雑誌や出版社は完全に敷地内を出禁にしている。

 ずっと大人の監視の目があった柿沼からすると、遊びに来たばっかりなのにいきなり大人しかいない迷子センターに連れて行くのは可哀想って気持ちが沸くのかもしれないけれど、でもどうやって親御さん見つけるっていうのよ。


「ただいま……やっぱり迷子センターにもこの子の親御さんの連絡はまだらしい。探しているのかもな。ほら、カラオケルームから借りてきたぞ」

「あっ、お帰りー、みっちゃん。ありがとうー」


 そう言って柿沼はマイクの電源を入れる。それを肩車されている男の子は不思議そうに見ている。

 ……ちょっと待って。まさか。


「きょ、今日はライブじゃないっていうのに、いきなり歌うのは駄目じゃない!? あんたたち、契約っていうのをわかってる!?」

「でもさあ、この子の親御さんとずっとすれ違い続けるのも癪だし。ならここで歌っちゃおうかと」


 待って、さすがにこれは……! 私はとっさにステージを確認する。今日はライブは入ってないらしく、項目は書いてない。

 私は踵を返して、三人に指を差す。


「オーナーさんに話を付けてくるから! あんたたち、ここでライブ以上のことはすんなよ、絶対にすんなよ。迷惑かけるのは私だけにしなさい!!」


 そう言って、人混みを掻き分けて走りはじめた。

 あーん、もう。こいつらなんなの、自由過ぎ! ……そりゃ、あの子の親御さんをライブして集客して、それで見に来た人の中から探そうっていうのはわかる。わかるけどさ!

 多分あいつら、いい奴らなんだろうな。そう思いながら、私は再び関係者通路へと駆け込んでいたのだ。


****


「だから言っただろ、やったらマネージャーが絶対に止めるって」

「でもさっちゃんは走って行ったでしょ。オーナーに許可を取りに行くって」


 芸能人がゲリラライブを行ったら迷惑になるから、基本的には禁止されている。特にうちは今度ここでのライブが決まっているから、同業者に迷惑かかるし、うちの学校の卒業生がつくってきた、スーパー銭湯でのライブ枠が最悪今回の件で消失するかもしれないから。

 でもあの子は、止める前に走っていった。


「……思ったけど……柿沼、くん。北川さんのこと、信頼してきてるの……?」

「まだ保留。だって、これくらい走ってくれないと、オレたちだって安心して背中預けられないでしょ」


 オレは肩車している子をポンと叩く。


「今からちょーっと大きな声が出るから、今のうちに耳を塞いでおいて」

「うんっ」


 その子はオレに細っこい足を絡ませて、律儀に耳を両手で塞いだ。うん、いい子。オレたちはそれぞれマイクに電源を入れると、さっき走って行ったさっちゃんが戻ってきた。

 両手で丸をつくってることからして、許可は下りたらしい。

 オレたちが同時にマイクの電源を入れた途端、プツンという音がフードコートに響いた。途端にステージに一斉に人の視線が集まってくる。それにゆうちゃんは少しだけ怯んだ顔をしたけれど、みっちゃんがあっさりと言う。


「怯むな。これが客の視線だ。俺たちがこれからずっと浴び続ける視線だ。それが全部好意的とは限らない」

「う、うん……」


 生真面目だなあ、みっちゃんは。オレはそう思いながら、片手を上げた。


『みんなーっっ、こんにちはー【GOO!!】です! これからライブを行いますので、食事しながらでいいので聞いてください!!』


 途端にイントロが流れはじめる。さっちゃんが音源を持ってきてくれたらしく、学校の課題曲が流れはじめた。

 周りが突然のライブできょとんとした顔をし出した。あがり症のゆうちゃんはおどおどして、マスクに手を伸ばすけど、みっちゃんがすぐに止める。


「お客さんに失礼だ。マスクは禁止」

「う……うん……すごいね……人」

「ああ」


 覚悟を決めたゆうちゃんが、早速歌い出した途端に、一部がざわつきはじめた。

 ああ、やっぱり。ゆうちゃんの曲のファンがいた。続いてみっちゃんのソロパート。オレのソロパートと続いた途端、最初は怪訝な顔で見ていた視線が、集まりはじめる。


「あれ、嘘。ゆうPの声に似てる!?」

「歌無茶苦茶上手い……ひびがくの新しいアイドル?」

「あの子ダンス上手い!」


 だんだん好意的な視線に変わってきて、ステージにひとり。またひとりと近付いてくる。

 知ってる。お客さんは格好いいもの、可愛いもの、頑張っているものが好き。半分くらいは怪訝な顔で突発ライブを見守っているだけだけれど、一割一分……ううん、百人にひとりでも気になってくれたら、あとは芋づる式で人はやってくる。


「あー、おかあさん!」


 この子が声を上げた。見てみると、突然はじまったステージを怪訝な顔で見ていた人たちの中で、慌てて行列を掻き分けてこちらに寄ってくる夫婦っぽい女の人と男の人がいる。

 ふたりが踊って位置を変えている間に、オレはようやく肩車からこの子を降ろしてステージに立たせると、ようやく行列から抜け出せた親御さんたちがこちらに走り寄ってきた。


「きみくん! 本当に、すみませんでした!」


 みっちゃんが歌を歌っている間に、この子のお母さんが慌ててきみくんと呼ばれているこの子を抱きかかえて、何度も何度も頭を下げた。すると、今までステージの脇に立っていたさっちゃんが寄ってきて、親御さんとこの子になにかを言った。

 こっちからじゃ、なにを言っているのかわからないや。

 そう思っていたら、こちらに三人が並んで曲を聞きはじめたから、多分ライブの宣伝をしてくれたんだろう。

 オレはステージに戻ると、また歌いはじめる。

 ライトはない。音響だって即興だから、ただ曲が流れているだけ。でも、悪くない。

 ようやく最後のフレーズが終わって、曲が終了した途端。


「おにいちゃんすごい!」


 途端にあの子が拍手をはじめたのだ。

 最初はパラパラとしたものだったけれど、だんだんその音は、フードコートを包んでいった。

 オレたちは互いに拳を交わしてから。大きく手を振った。


『ありがとうー! 今度の日曜、またここでライブを行いますので、よかったら来てください!』


 鳴り止まない拍手の中、そう宣伝したのだ。

 ステージの脇でさっちゃんが睨んでいる。口で小さくなにかを言った。

 多分、「バカ」だ。

 いいじゃない。保留にしていたけれど、少しだけは認めてあげるから。

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