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マネージャーの下克上宣言!!─うちのアイドルいりませんか!?─  作者: 石田空


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11/21

試行錯誤 まずは初仕事を成功させましょう 2

****


 その日は晴天。いいホリデーだ。まあ、一般人はだけど。

 私たちはスーパー銭湯の裏口から入ると、オーナーさんが用意してくれた控え室に入った。普段は会議室に使われているらしい部屋で、急いで衣装を着替えてもらうと、化粧のために呼んでいた真咲に、最後の仕上げを頼む。


「はい、ヘアメイクコースの田所たどころ真咲。今日は休みを潰して来てくれたんだから、皆挨拶するように」

「ありがとうございまーす」

「はいはい。まあ……まだ練習をちょっとだけ見せてもらったばかりだけど、いい男っぷりだねえ」


 そうしみじみと言う真咲に、桜木は顔を真っ赤にして俯いた。真咲は同い年からしてみても、かなり大人びているから、あっさりと褒めたのが駄目なのかもしれない。

 私は相変わらずの制服姿の中、真咲はぴったりとした黒いカットソーにレギンスパンツという体のラインがものすごく出る服を着ながら、手には大きなバッグを持っている。彼女の商売道具であるメイク道具一式がこの中に入っているのだ。

 さっさと着替えた皆をひとりひとり並ばせると、肌つやが出るように薄くファンデーションを塗り、目元に軽くラメを入れはじめた。

 アイドルが化粧崩れでグズグズになってしまったら目も当てられなくなってしまうから、スーパー温泉の湿気やダンスで出た汗でも流れ落ちないように、ウォータープルーフのメイクを頼んだのだ。

 化粧はナチュラルメイクが一番難しい。本当だったら下地を塗ってファンデーションを塗って口元にグロスを塗るっていうのが一番てっとり早いんだけど、それだと顔がペタンとして立体感が損なわれてしまう。その点、既にプロのメイクを勉強している真咲は、さっき一緒にステージのライトの位置を確認して、光源を計算しながらメイクを施してくれているから仕上がりも満足行くものだ。

 化粧をひと通り終えたら、それぞれの髪に手を入れる。

 そもそもストレートヘアの林場は軽くブラシをかけるだけで済んだけれど、ふわふわの癖毛の柿沼と桜木は、どうしても湿気のこもるスーパー銭湯だと、ライブ中に頭が爆発してしまうと判断して、軽くムースで固めないといけなかった。


「はい、できたよ。これで大丈夫か確認して」


 鏡を渡すと、柿沼はペタペタと手で頭を顔を触るものだから「やめなさい、綺麗にしてもらったのに」と私が注意する。それに真咲は苦笑しながら、メイク道具を片付けていった。


「本当にありがとうね、真咲。今日は家の手伝いだったんでしょう?」


 私がこっそりとお礼と言うと、真咲は涼しい顔だ。彼女の実家は商店街の中にある化粧品屋なんだ。


「いいよいいよ。あたしも女子の化粧の手伝いは何度かさせてもらったけれど、咲子の付き合いがなかったら男子の化粧の機会なんかなかったしねえ。頭も触らせてもらったし」

「でも……」

「あたしは普段は充分家の手伝いしてるからいいよ。あんたのほうが心配。すっかりと灰色の高校生活が地に着いちゃって」


 そう言って、ちらっと男子たちのほうを見る。林場は律儀に「ありがとう、おかげでライブに出られる」と挨拶したあと、皆で【HINA祭り】の控え室に挨拶に行く。私も着いていかないと。

 私は立ち上がり、真咲に振り返る。


「今、結構充実してるから。そこまで真咲が心配しなくってもいいよ。それに、猶予期間なんてないしさ。あいつらちゃんと事務所に入れなきゃ、私の就職にも響くしさ」


 そう言って「観客席から見てあげて、あいつらのこと!」と手を振っていった。真咲のボソリとした「だからそこが心配なんだって」と言う声は、聞き流すことにした。

 あいつらが私を利用するように、私だってあいつらを利用している。運命共同体だけど、別に友達じゃないし、仲間でもないから。本当にただ、それだけ。


****


【HINA祭り】の控え室は、普段からスーパー銭湯の常連なせいか、ちょっと広めの部屋が宛がわれている。響学院も毎年ここにライブの仕事をもらっていても、ここまでVIP対応はされてないんだけど。

 私たちはドアを「失礼します、今回前座を務めさせていただくことになった【GOO!!】です」とノックしながら言う。

 すぐに「はあい」という声と同時にドアが開いた。ムワリと漂うのは化粧の匂いで、こちらも化粧の最終チェックに余念がなかったみたいだ。

 ピンク色の膝上の浴衣に、レースの前掛けをあしらったおそろいの衣装を着た女の子たち。化粧もパステルカラーを載せていてニコニコ笑っている。

 この人たちが全国行脚しているスーパー銭湯専用アイドルなんだ。芸能人は独特の人を釘付けにするオーラをまとっている人たちが多いけれど、彼女たちは不思議と商店街で顔馴染みになった店の店員さんみたいな安心感がある。


「こんにちはぁ、響学院の【GOO!!】さんですよね? この間のネット配信見ました。びっくりしましたよ。ええっと、ゆうPさんは?」


 意外だ。ネット動画の歌い手までチェックしているなんて。スーパー温泉のライブの宣伝を、アカウント消す前にしたから、スーパー温泉のライブの噂をネットでリサーチしてたのかも。

 いきなり振られて、一瞬桜木はビクッと肩を跳ねさせたものの、今日は既に化粧をしているから、いつものマスクはない。柿沼が背中をドシンと叩き、林場は肩を軽く叩くと、観念したように彼女たちの前に一歩出ていった。


「ぼ、僕です……い、今は本名、桜木優斗で……【GOO!!】のメンバーですけど……」

「いえいえ、そこまで緊張しなくっても。あの歌、すっごく素敵でした。三人で歌うの、本当に楽しみにしています」


 驚いた。本当にアカウント削除まで三日ほどしか、ゆうPとしての歌は流していない。それもきちんとチェックしているなんて。

 リーダー格らしい、ポニーテールの女性は「私、花菱立夏はなびしりっかと言います」と名乗ってから、にこやかに笑った。


「毎年毎年、響学院さんからやってくるアイドルの人たちの完成度が高くって、私たちも負けてられないぞって思ってチェックしているんです。初ライブだって思って緊張しないで、100%の力を出し切る感じで頑張ってください。それがお客様には伝わりますから」


 なるほど……桜木は花菱さんが差し出してきた手を、本当におずおずと握ると、そのまま握手した。皆それぞれ握手をしてから、最後に私はマネージャーさんと名刺交換して、ようやく控え室を後にする。

 響学院は有名芸能人を大量に輩出してきた学校だ。うちのOBもOGも芸能界でそこそこの地位に立っている。その卵を、まだなんの略歴もないからって、前座だからって甘く見ることはないってことか。

 ちゃんとライバル認定されているっていうのは、初ライブとしては上々なのかな。


「うーん、女子アイドルと男子アイドルだったら、結構派閥が違うから、それぞれ異種格闘技戦で頑張ろうって感じになるのかなあと思ったけど、そんなことなかったねえ?」


 のんびりとした声を上げる柿沼の声に、林場は「そりゃそうだろ」と言う。


「俺たちは彼女たちの縄張りを荒らしに来たんだ。今日のライブはどちらかというと彼女たちのライブに、俺たちが間借りするだけなんだから。彼女たちはいわゆるご当地アイドルであり、俺たちと目指す方向性は違えども、今日の舞台は同じだ。油断なんかしてくれる訳がない」

「結構もっと「一緒に頑張りましょう」って感じかなあと思ってたのに、結構食い合いの話になるんだあ」

「逆に言ってしまえば、彼女たちに縄張り荒らしされるって警戒させられたのは上々だろう。それに、彼女たちのファン層はスーパー銭湯に通うお客さんなんだから、老若男女幅広い。俺たちの名前を覚えてもらえる可能性だってあるし、桜木が動画サイトでつくったファンも見に来てくれているだろうし……桜木?」


 リハーサルに向かう中、桜木は真咲にきっちりメイクしてもらったにも関わらず、顔が真っ青になってしまっている。ええっと……緊張してるの。


「ご、ごめん……ちょっと待って、トイレ……」

「ああ、ゆうちゃん……!」


 そのままトイレまで直行してしまった。ちょっと待って。今はリハーサルだからいいけど、本番まで既に二時間切ってるのよ!?

 私はふたりに「ごめん、私。桜木の様子見てくる! ふたりは先にリハーサルに向かって!」と声をかけて、桜木を追って走って行った。

 どうするどうする。さすがに男性トイレまで入っていけないし、私はここで待つだけか? ぐるぐると考えていたら、桜木がよろよろして出てきた。


「ちょっと桜木、あんた大丈夫?」

「う……ごめん……ちょっと、緊張して」


 こいつは。この間の突発ライブはきちんと成功させたでしょうが。それをそのまま口にしちゃ駄目だよなと、私はできる限り優しい言葉を探し出す。


「……緊張する方なの? リハーサル前だけど」

「ご。ごめん……動画サイトで、上げてたときは……コメントをもらうまで、誰が僕の歌を聞いているのかわからなかったし……前のときは、男の子の親御さん探すっていう使命があったから、できたけど……今回は、先輩アイドルのファンがいっぱい来ている中、前座をするんだって思ったら……本当に、吐きそうになって……」


 また口元を抑える桜木に、私は慌てて背中をさする。

 ナイーブか。いや、普段から見られ続けるのが常な柿沼や、元々が俳優志望だった林場の鉄が心臓過ぎるんだ。アウェイに放り込まれたときは、緊張するほうが普通だ。

 私は背中をさすりながら、なんとか言葉を選ぶ。


「……そりゃ、緊張するよね。ここにいるのは、あんたのファンだけじゃないし。でもさ。動画サイトで歌を歌って、ファンをつくっていたのはあんたの功績でしょう? 全員はあんたのファンではないかもしれないけど、あんたのファンがいない訳でもないでしょう?」

「……北川さ」

「それに、あんたの曲はいい。これだけは間違いないの。あんたの歌も、あんたのつくった曲も本当にいい。それを、今回は初めて、【GOO!!】としてお披露目するんだから。あんたがアカウント消したことで悲しんだ人も、あんたの門出を祝いに来ているかもしれない。もちろんあんたのファンにだって事情はあるだろうから、全員ではないかもしれないけれど、ひとりくらいは、いるかもしれないでしょう? それに」


 つくった曲は、本当に全員でギリギリまで練習して、どうにか空で歌えるようになったものの、まだ揃っているとはとてもじゃないけれど言えない。

 すっかり歌い慣れてる学校制定の曲とは違い、完成させたばかりの新品の歌だ。そう一長一短で揃うはずがない。でも。

 柿沼の歌、林場の歌、そして桜木の歌がきっちりと重なったとき。それは絶対に気持ちのいい曲になるはずなんだ。


「あんたたちの一番のファンは、関係者席でずっと見てる。あんたたちが曲を完成させるのを、楽しみにしてるんだから」


 桜木の手を取った。男子は基本的に女子よりも冷え性にはならないとは聞いていたのに、緊張で爪先の色が抜け落ちてしまい、手が驚くほど白いし冷たい。私は自分の体温を分け与えるようにして握った。


「えっと……僕。上手くできるかはわからないけど……でも」


 今度は桜木が私の空いている手を取って、握ってきた。

 少しだけ爪先に赤みが灯り、体温が戻ってきたような気がした。


「頑張るから……見てて」

「……わかった。ほら、リハーサル行ってきなさい。私も後から行くから」

「うん」


 滑舌がよくなってきた。桜木は、動画サイトでは滑舌よかったんだもの、きっと緊張がほぐれてきたんだろう。

 大丈夫。初ライブは絶対に成功する。私はそう確信を持って、【GOO!!】のリハーサルを見に行くこととなったのだ。

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