第二話 色欲の罪龍
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デウスは咄嗟に目を覚ます。
何か暖かいものが当たっていると感じ、目を見開く。
デウスが当たっている暖かいものはフローレの腹だった。
デウスはフローレに抱かれている。
フローレはぐっすりと眠っている。少しいびきがうるさい。
デウスはフローレの腕から離れる。
現時刻はA.M.6:45。
デウスにしては早起きだ。
大抵は七時に目覚める。これもフローレのお陰なのだろうか。
デウスは支度をしていた。
そこにフローレは目を覚ます。
「起きていたのか主。」
「フローレ。おはよう。」
朝の挨拶を交わすデウスとフローレ。何故だか不自然である。
フローレは着替えようとしない。何故だろうか。
デウスはフローレに問いかける。
「フローレって着替えなくていいの?」
「あぁ。これ服じゃないんだよ。」
「え?」
服じゃない。どういうことかデウスにはさっぱりだ。
「これ実はな。鱗なんだよ。」
「え?鱗?」
「あぁ。我々罪龍は人間に姿を変えると自動的に鱗が服になるんだ。」
とても鱗には見えないし感じない。風に自然に靡く服の裾は本物の服のようだ。
「とにかく装備くらいは着たら?」
「アルサーみたいなことを言うなぁ。大丈夫だ。戦うとなれば龍の姿になるし。」
そう言ってポケットに手を入れるフローレ。
デウスは興味無さそうにふーんと回答して支度を終わらせる。
部屋を出てリビングに向かうデウスとフローレ。リビングでは父親と母親が飯を食べていた。
そこに交じるデウスとフローレはあることに気づく。
「あれ?父さんどうしてそんなくま出来てるの?」
「これは少しね。」
父親は何故か知らないが何かを隠すような仕草をしていると思ったフローレ。
そこであることを悟る。
それはフローレ。自分の事だと。
突然家にお邪魔して勝手に住み着くなんて言って呆気なく良いよと言う人なんてほぼ居ない。
だがフローレはあえて触れなかった。
触れたところで意味の無いことだと知っているからである。
「取り敢えず飯を食べよう主。」
「そうだね。」
食卓にはフローレの分もちゃんとあった。
多分親会議みたいなものが行われて受け入れてくれたのだとフローレは思った。
飯をすませるデウスとフローレはすぐに出かけた。
今回もクエストなどがある。
待ち合わせ場所は冒険者ギルド。受注をしなければ出かけても意味が無い。
今回は時間に余裕があったのでデウスとフローレは歩いて待ち合わせ場所に向かった。
デウスが着く頃にはもう皆揃っていた。
「今日は間に合ったなデウス。」
「いやまぁ。なんか早く起きれた。」
デウスを小馬鹿にするように褒めるコクドは小さな笑みを浮かべる。
フローレは賑やかな場所は久しぶりで少し引き気味だ。
「おはようございます。フローレさん。」
「呼び捨てでいいよ。おはよう。なんだか懐かしいな。」
嘗てフローレは契約者達に囲まれ他の罪龍に囲まれていた。
でもすぐにその幸せは亡くなった。そして今また賑やかな場所にいる。それがフローレは嬉しいのだ。
「早起きできるのは当たり前でしょ?遅く起きるのなんてデウスぐらいよ。」
「うわ!ひっでぇ。俺だって遅起きしたくて遅起きしてる訳じゃないんだぞ?」
「本当かしらね?」
デレーナに弄られるデウス。
ニルノやコクドは笑っている。
フローレは薄く笑うことしか出来ない。
あくまでも飼い主と飼われ龍の関係だ。当然ながらいつかは崩れてしまう。
そんなことを考えてしまうフローレ。
だが、デウスは違った。
「さ、クエスト行こうぜ。フローレも来いよ!」
罪龍をまるで友達のように思い友達のように接している。それがフローレはとても嬉しかった。
「そうだな。行こう。」
フローレは数千年ぶりに自分は罪龍であるが人と接していいのだと感じた。
世間ではデウスのことは大々的にニュースなどに取り上げられているためかなりの有名人だ。だがデウスはこういうことはかなり苦手で人にせがまれると困るタイプだ。
クエスト受注する前も何人かに話しかけられた。全てコクドが折り合いをつけて何とかした。
「ごめんコクド。」
「いやいいって。困った時はお互い様だろ。」
そんな会話をしてクエストを受注した。
そのクエストの内容がゴブリンの討伐だ。
五頭の狩猟だが、クエスト用紙にはこんなことが書かれていた。
【不的確要素あり】と。
環境などの確認が不的確であるということだ。
下手をすればゴブリン以外のモンスターもいるということ。
そのことを注意してクエストを受注した。
場所はここから少し離れた山脈地帯だ。
デウス達はデルドラを出て龍化したフローレの背中に乗って山脈地帯に向かった。
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通常は一時間以上かかる道のりだがフローレに乗ればあら不思議。たった五分で着く。
山脈地帯といっても木が少なく草原のように開けている。
ゴブリンは余りいない。
デウス達はフローレの背中から降りて、周囲を伺う。
敵のいる気配なし。それどころか鳴るのは風が草木を撫でる音のみ。
虫の羽音さえ聞き取れない。
だがニルノにはわかった。ゴブリンは潜んでいることに。
ゴブリンは攻撃の隙を伺っているようだ。
「油断しないで。ゴブリンは私達の隙を伺ってる。」
デウス達は一層警戒をする。
武器を手に取り、戦闘の準備をする。
そこにフローレが話しかける。
「我が焼き払おうか?」
「出来るの?」
「ゴブリンの数は全部で八頭。簡単に焼き殺せるが、それで良いなら焼き払う。その代わりここ一帯が炎に包まれるけど。」
「なら焼き払う以外の方法で。」
「わかった。」
フローレは姿を変えた。
龍は龍だが先程の姿とは少し違う。
背中には無数の刃が煌めき、尻尾は巨大な剣のようになっていた。刃は片方のみだった。
その尻尾を使って木々と同時にゴブリンを切り裂く。
コクドが持っている紙には0/5と書いてある項目が一瞬にして5/5となって赤く丸がつく。
切り裂かれたゴブリンは上半身と下半身が離れたようになっていた。体からは緑色の血を流す。
「グロっ。」
「これは、ヤバい。」
「うっ。」
「……」
コクドとデウスはゴブリンの死体を見つめ、ニルノは吐きそうになり口を手で抑える。デレーナに関しては完全にそっぽを向いている。
「少しやり過ぎたかもしれない。」
少々反省したような態度を見せるフローレ。でもこれで目標を達成したから良しとするデウス。
「それじゃあデルドラに戻るか。」
そう言ってフローレに乗ろうとした時に風圧がかかった。
「私の縄張りに入ったのは汝か?」
大きなシルエット。翼がこちらに風を送り、眼玉はこちらを睨む。
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「汝、名は。」
こちらに問いかけてくる黒い龍の姿をしたシルエットは紅く染まる目を向ける。
「デウス。デウス・ペンドラゴン。」
「ペンドラゴン?」
そこに引っかかるということはフローレの仲魔だろうか。
「よ。」
フローレが軽く言葉をかける。
「あんたは!」
シルエットはフローレに気づいて言葉を荒らげた。
「フローレじゃない。どうしてここに?」
「我が主、デウス・ペンドラゴンの契約龍だからな。」
雲に隠れた太陽が姿を現してシルエットを照らした。
水色の鱗は太陽の光を反射する。目は薄い赤をしていて、とても綺麗だ。
「やっぱりフローレの知り合いだったか。」
「主ってあんた、この少年と契約したの?」
「あぁ。主はやつに似ているからな。」
馴れ馴れしく話すフローレと水色鱗の龍。
「あんたの主なら話が早いわ。私はイリビード。色欲の罪龍よ。よろしく。」
デウスは握手を交わす。すると、フローレと契約した時のような光が出る。
デウスの左手の甲にはフローレとは違う紋章が刻まれた。フローレとの契約紋章は龍が火を噴くようなデザインだが、イリビードの契約紋章は鱗が数個並んだようなデザインだ。
「契約者って七人じゃないの?」
「七人って決まってるわけじゃないわ。別に一人に何体も契約していいの。まぁ七体しかいないから七体までが契約数の限度ね。」
なんとデウスは二体目の罪龍とも契約したのだ。過去にもこんなことは無かった。
デウスもそうだがコクド達はかなり動揺している。目の前でこんなことが行われているとは。
「取り敢えずこれからよろしくね。主くん。」
とてもじゃないがデウスは断れない。
デウスはイリビードと契約を交わし、イリビードの契約者になった。
とにかく一件を終えたデウス達はデルドラに戻ることにした。
門の前に降り立ち、デウスたちはフローレの背中から降りる。
フローレは人の形に変化した。
「どうして体を変えたの?」
問いかけてくるイリビードにフローレは答える。
「人の姿じゃないと入れないんだ。取り敢えず人の姿になれ。」
言う通り人の姿になるイリビード。どうやらイリビードの性別は女らしく、女体化した。
「これでいいの?」
「あぁ。」
それから門をくぐった。
何故かイリビードの服は少し際どい。へそが丸出しになっている。
「なんでそんな格好?」
「少し胸が大きいのかしらね。服が小さいのよ。」
そう受け答えするイリビード。
よくこんな格好で門を通れたと思うデウス。そんなことはどうでもいいと言う態度でコクドは冒険者ギルドに紙を提示しに行った。
報酬は銀貨八枚だった。
普通ぐらいか。
デウスは家に帰る途中でこんなことを言った。
「ちょっと待って、イリビードも家に来るの?」
「えぇ。」
「やばいな。」
そう言って手で口を覆うデウス。
それにフローレが言った。
「我は庭で寝よう。イリビードはデウスと一緒に寝ればいい。」
「え?いいの?」
「あぁ。我は取り敢えず小龍にでもなるさ。」
気遣いのできるフローレだが、それではイリビードの飯がない。
それにも適切に対応した。
「我の飯はイリビードが食べればいい。我はお金を稼いで自分で食い物にありつくさ。」
イリビードは了承せず、話し合った結果は寝る場所はいつもと一緒、飯はイリビードと半分こになった。
親もこれを了承し、イリビードはデウスの家で暮らすことになった。
どんどん賑やかになっていくデウスの家。
デウスはすぐに眠り、イリビードはデウスを抱きしめて眠った。
フローレは昨日と同じように窓にもたれ掛かり紅に染まる空を見上げていた。
フローレの悲しい笑みは消え、清々しい笑みに変わっていた。