最終話 デウスの決意
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何処も彼処も、デウスの目には灰色にしか見えなかった。
何が何色で、何がどんな匂いか。全ての情報を欠如していた。
周りの音、人の言葉、風、感覚。今の全てがデウスにとってはくだらないものだ。
『何も聞こえない。何も感じない。何も、何も考えたくない。』
デウスは人という概念を疑うようになった。生きていることすらデウスは疑問だった。
フローレとイリビードは心配して話しかけたり触れたりしたが、全く応答しない。
親も何度かデウスの様子を見たが、全くとして変わらずに死んだ者のようになっている。
もうあれから三日経つ。
フローレはデウスとの交流を一度皆から絶った。
デウスは何も気にしない。何故なら何も感じないからである。今のデウスなら刺しても切っても何も反応しないだろう。
死の恐怖ではなく、仲間を失ってしまったという気持ちだけが心を強く締め付ける。
デウスの心にあるのは哀しみと劣等感だけだった。
その感情さえもデウスは感じられない。
一人、ただただほうけているのみ。
フローレは一日程交流を禁止した。
次の日、フローレが部屋に入ったが、前と何も変わらなかった。変わる兆しさえもデウスは削がれていた。
もはやデウスは、死人と同じだ。
「主……」
フローレはデウスに話しかけるも、応答はない。
同じように死んだような顔をして同じ一点を見続けていた。
「主!」
怒鳴るように言ったが、全く反応しない。
本当に死んでいるみたいだ。
デウスの頭にはただ一つの言葉があった。
″仲間″と。
その意味さえも分からなくなっていた。
生きようともせず、死のうともしない。
息はしているが、身体を動かす気力がない。
意識はあるが、考える気力が湧かない。
フローレやイリビードはもう何もする気が亡くなった。
実際何もしなくても害はない。
それに、何かしたところでデウスが行動を起こすとも限らない。
フローレは諦めたのだ。主のことを。
それが一番いい手だとフローレは思ったからである。
イリビードも同意する。
親も同意した。どう考えてもどうすることも出来ない。
部屋では一人座りほおけているデウスの姿。パッと見死人である。
だが、ちゃんと息はしている。
一点のみを見続けていたデウスの肩に手が当たる。
デウスは久しぶりに顔を上げた。
デウスの先にいたのはデアだった。
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デアがデウスのことを見ている。
心配そうに、哀しそうに。
「ねぇ、デウス。答えて。少し散歩しない?」
「………………そう、だな。」
デウスが口を開いた。
デアはデウスを起こし、肩を貸す。
デウスとデアは家を出た。
日差しが強く、デウスは目が焼かれるような感覚がした。
久しぶりの感覚だ。デウスはそう感じた。
「外はどう?」
「………………日差し、が、強い。」
四日程何も発していなかったため、言葉がたどたどしい。
だが、デアはそんなデウスにも優しく対応する。
「そう。じゃあ少し歩こ。」
「………………あ、ぁ。」
デアの肩に腕を預け、足を引きずるように歩くデウス。
そんなデウスを心配してデアは近くのベンチを見て言った。
「ここで少し休憩しよう。」
「………………そう、だな。」
デウスを先に座らせ、その隣に座り込むデア。
デウスの表情はまだ暗い。
デアは何も言わずに隣に座る。
そこでデウスがデアに言った。
「……どう、して、そんなに、心配してくれるん、だ、?」
デウスの問いかけにデアは少し悩んだ。
「そうね。心配だからよ。」
そのままで回答したデアの言葉にデウスはなんの疑問も持たずに目を瞑った。
『………………どうしてこんな、こんな俺を。』
頭の中には疑問が湧き続けた。
「ねぇ、デウス。今でもコクドさん達のこと気にしてる?」
「………………………………」
「じゃあ質問を変えるわ。まだ哀しい?」
デウスはその言葉に涙が垂れた。
「………………哀しい。物凄く、哀しい。」
止まらない涙を拭うことなく言った言葉は紛れもなくデウスの今の気持ちだった。
「そう。私も悲しい。でもね、今は今を生き抜かなきゃ行けないの。」
「…………分かってる。」
「だからね。立ち直って欲しいの。」
デウスは疑問を哀しみに乗せてデアにぶつけた。
「どうしてだよ!こんなクソみたいな俺を、どうしてそこまで心配してくれんだよ!なぁ!どうしてだ!」
涙が顎から垂れる。
地面に涙が着いた瞬間、デウスは発言を止めた。
デアが涙を流していたからだ。
「あなたはクソなんかじゃないわ。」
「どうしてそう言えんだよ!俺は劣等生だ!友人一人救えやしない!ちっぽけな存在なんだ!」
「それは違うわ。」
デウスの叫びにデアは涙を流しながら対応した。
「あなたは、私のことを救ってくれたじゃない。」
その言葉はデウスにぶつけたものではなく、自分自身に向けて言った言葉だった。
「私の過去を知ってなお、私を高い地位の人じゃなく、同じ″人間″として扱ってくれた。」
デウスはまだ分からない。
「何故だ!何故それだけで俺を心配するんだ!」
「それだけじゃないわ!」
デウスの叫びにデアは初めて声を上げた。
「私は、私はデウスのことが、好きだからよ!」
涙を流して言った言葉には全ての感情が込められていた。
怒り、悲しみ、憎しみ、劣等感、そして喜び。
ぶつけられたその感情達はデウスの時間を動かした。
「デウスは私のことを救ってくれた。何もかもを勝利にのみ孤立していた私を救ってくれたデウスは、私にとっての英雄なの。だから、私は心配する。地獄の中に沈むデウスを救うの。」
デウスは久しく忘れていた。
誰かに欲される気持ちを。自分に向けられる感情たちを。
デアは涙を流し続ける。
目を揺らしデウスは思う。
『自分はなんでデアの気持ちに気づけなかったのか。自分は親友も救えないちっぽけな存在なんだと感じていた。でも、違う。俺は、デアに欲されているじゃないか。自分を心配して地獄の底から連れ出してくれる人がいるじゃないか。』
デウスはデアの涙を指で拭う。
「済まなかったな。俺を心配してくれてありがとう。」
「デウスっ。」
デアはデウスに飛びついた。
子供のように泣き崩れ、嬉しい気持ちを涙に変ている。
デウスはデアの頭を撫でる。
『そうだ。俺は何を考えていたんだよ。俺は決めたじゃないか。デアを幸せにするって。』
心に決意したことを思い出す。
「デア。伝えたいことがある。」
「何?」
デアは涙を拭ってデウスの顔を真剣に見た。
「俺の最大の頼みだ。俺の恋人になってくれ。」
デアはその言葉を聞いてまた涙を流した。
そして口を開き、放った。
「はい。」
デアはデウスのプロポーズを受けた。
そのままデアはデウスに飛びついた。
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デウスとデアは家に戻った。
家に戻ると、フローレやイリビードや家族のみんなが心配してくれていた。
「復活したのか、主。」
「あぁ。心配かけてすまなかったな。」
「良かったよ。」
もしかするとデアの次にデウスのことを心配してくれていたのはフローレなのかもしれない。
「ねぇ、主君。頼みがあるの。」
「どうした?」
イリビードがデウスにお願いと。初めてだ。
「私、デアちゃんの使いになろうと思うの。」
「と、言うと?」
「主をデウスくんからデアちゃんに変えるってこと。」
「いいぜ。」
デウスは悩むことなく許可を出した。
「じゃあ取り敢えずイリビードとデア。手を繋いで。」
俺の言うことに従い、イリビードとデアは手を繋ぐ。
その上にデウスが手を翳す。勿論、左手だ。
「今から主転生を行う。色欲の罪、イリビードの主をデウスからデアに変える。今ここに証を表した。」
デウスの言葉にイリビードの紋章が光り、消えた。
そして、デアの右手の甲にイリビードの紋章が浮き出る。
「よし。これで主転生完了だ。」
デウスの左手の甲はスッキリし、デアの右手の甲には紋章が刻まれた。
「どうして突然主転生をしようと考えたんだ?」
「何となくよ。」
そう言ってイリビードはデアを抱く。
「主が女性の方がいいかなって。」
「そうか。」
デウスは部屋に戻り、武器を手にした。
それからデウスは自分の親と話をした。
少し経ってからデア達の元に戻ってきた。
「俺は旅に出ようと思う。みんな着いてきてくれるか?」
デウスの言葉にフローレは鼻で笑った。
「何言ってんだよ。ここには主について行かない奴なんていねぇよ。」
デアとイリビードも頷いた。
「ありがとう。今から出ようと思う。」
「了解。」
「分かったわ。」
「なら私は武器を取ってくるわ。」
みんな行動に出た。
冒険者ギルドの前でデウスとフローレはデアとイリビードを待った。
デアとイリビードが戻ってきた。
「いつでも行けるわよ。」
デアの言葉にデウスは言った。
「それじゃあ、行くか。」
デウス達はデルドラを出た。
デウスの今の目標はスペルビアを仲間にすること。
その後はデスペランドーマを討伐。
このことを心に刻んで進んだ。
デウスはデルドラを見た。
『行ってくる。またな。コクド、ニルノ、デレーナ。』
「主!早く行くぞ!」
「あぁ!」
デウス達の旅は始まった。
今ここから。




