私の同居人(♀)が女性を連れ込む件
「たっだいまー」
狭い玄関への入り口が、勢い込んでドンと開く。
死語でいて、むしろ最近またよく使われるようになった気がする花金という言葉。そんないつも通りの金曜日。
時刻は夜十時。
いつものパターンで行けばそろそろだ。
――――それは、私の同居人が帰宅する時間。
ただいまと真っ赤になった顔でふらふらと靴を脱ぐ、私の同居人――――佐倉巳奈。
背中の中ほどまで伸ばした髪を頭ごと振り回しつつ、彼女はお酒臭い息を吐く。この嗅いだことのあるにおいはたぶん日本酒だ。
「あたしはかえってきたぞー!」
「何度も言わなくても分かるから。てか夜中にうるさいし。いくら金曜日って言っても近所への迷惑くらい考えてよね」
「いやー悪い悪い」
この酔っぱらいはほんとに悪いと思っているのかいないのか。
まぁそれはともかくとして。
「んで、後ろにいる子は誰なん?」
「この子か? あたしの学生時代の後輩さぁ」
巳奈の後ろ、玄関に。ちょっとおどおどした態度のショートヘアの可愛い女の子が緊張した面持ちで立っている。
巳奈と同様に酔っているらしく、その頬はふんわり桜色。仕事帰りなのか、紺色のブレザーを身に纏っている。
「そういうわけで今夜はこの子ウチに泊めるから! よろしくな」
――――よろしくな。
何がよろしくなのか、もうかれこれルームシェアを始めて五年は一緒にいる同居人の意思が具体的な言葉にされずとも分かってしまう。
ルームシェアといっても、共同で借りているだけで各々の部屋は別にあるのだけれど。
まあ何が言いたいかというと、彼女の『よろしくな』は、今夜はこの子を連れ込んでセックスするからそういうことで、という意味合いの言葉なのだ。
既に毎週金曜日のお約束だ。
その度に連れ込む女の子が違うのはなかなかに理解しがたいものがあるけれど。たまーに二度目三度目の子が来ることもある。
そんな週末に、慣れたくはなかったけれど慣れてしまった。
「それじゃあお風呂は温めに沸かしとくから、後で入りなよ。あと、明日の洗濯物だけど、私はやりたくないから巳奈が自分で始末つけてよね」
「うーっす」
「それじゃあ私はいつもどおり自分の部屋に籠るから。ちゃんと巳奈も自分の部屋のドア閉めといてよ」
私の言葉に巳奈はウインクで返答して、後輩という女の子の手を引いて部屋へと入っていった。
後輩の女の子は律儀な性格なのか、困ったような表情で一瞬私の方を向くとぺこりと頭を下げて、巳奈に手を引かれるまま部屋へと入っていく。
私はすでにもう一度お湯を抜いたお風呂を改めて沸かす準備をすると、自分の部屋へと引っ込むと扉を閉めて、ネットサーフィンでもしようかと最近買ったばかりの窓OSのパソコンを立ち上げた。
「あークソ、頭いてぇや」
翌朝。
こめかみを抑えながら、巳奈が彼女の部屋から現れる。何故か全裸のまま。
私は巳奈のコップに水を汲んで、押し付ける様に渡した。
「せめて服着てから来なさいよ。他所に見られたらどうすんのよ」
「水ありがとなー、いやさ、ホント頭痛くて服着るのすら怠いわ」
「呑みすぎでしょ、バカじゃないの」
「まあまあそう言うなって」
巳奈は喉を鳴らしながら水を一気に流し込むと、ぷはーっ。と気持ちよさそうに盛大に息を吐いた。
そして二、三度辺りを見回すと。
「あれ? 由香ちゃんは?」
そんな惚けたことをのたまった。
「あの子ならさっき帰ったよ。あんたによろしく言っといてだってさ」
「なんだ。帰っちゃったのか。あー、連絡先交換し忘れちゃったな……」
「ほんとあんた淡白よね。全然残念そうな表情でもないじゃない」
「まあ別になー……そんなに執着するほどの事でもないでしょ。お互いに一晩楽しめればそれでいいみたいな感じだし」
どうしてこんなのがモテるのか甚だ疑問だ。いや、むしろこういう性格だからかもしれない。
「ところで巳奈」
「なにー?」
「さっきの由香ちゃんって子に、私が家にいることとか同居してることとか説明してあったの?」
「いんや」
「だから今朝あんなに気まずそうだったのね……」
「何故にさ?」
「多分私の事あんたの恋人とか何かと勘違いしてるんよ。私、巳奈に本気になっちゃった子に勘違いで刺されるのとか嫌だからちゃんとそういう所しっかりしてよね」
「へーい」
「何? 不満?」
あんまり乗り気でなさそうな巳奈。
「勘違いされるところまではアリかなーなんて。本命以外はぶっちゃけただの遊び相手だし」
「アリじゃないからちゃんと説明してよね。てか、あんた本命いたんだ」
「まあねー」
そういって私の方をちらりと見て。
そんな巳奈に私は。
「まあ、せいぜい頑張りなよ」
分かって言ってる私も巳奈に負けず劣らずの屑なんじゃないかってたまに思う。