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魔獣に育てられた俺と龍に育てられたアイツ  作者: タチウオ
王都、冒険者ギルド本部
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遭遇


 「ガルムさんですね、ギルドマスターからお話は伺っております」


 「ああ、そりゃ手間が省ける」


 翌朝、受付に向かうと分厚い本を用意した受付嬢が待っていた。彼女はパラパラとページを捲り、本の中ほどで手を止めた。


 「アカバネソウはこちらになります」


 開かれたページには大きく描かれた鳥の翼の様な絵と、恐らく特徴を記してあるのであろう文章が載っていた。


 「大森林の……この辺りに自生していますね」


 大まかに冒険者の町周辺を表した地図を取り出し、今まで仕事で潜っていた辺りよりも森の奥を指さした。


 だが、俺は絵を見た時点でその植物の見た目も、生えていた場所も思い出していた。名前は知らなかったが森で生きていた時に何度も見た覚えがある。


 「それと……アカバネソウの自生地付近では魔物の目撃情報が多く寄せられています。くれぐれもお気をつけて下さい」


 血の匂いをさせるから絶対に抜くなと言われた記憶も同時に思い出していた。あの男、俺を始末する気じゃ無かろうな。



 「………余計なことしてくれたな」


 苦々しそうに俺が言うと、ミロはなんでもないといった様子でカップに入っているスープを啜った。


 「話し続けることに意味はありません。時間の無駄でした」


 「無駄なものか、優位に立ってるのはこっちだったのに」


 「……生物は自分と違う物に特別な対応をします。賛美ならまだいいですが、最悪あなたが死ぬことになりますよ。それは困ります」


 「お前から目を離しても殺されるんだよ………」


 俺はまた溜息を吐いた。こいつが来てから明らかにその回数が増した気がする。


 「それに、あの男、絶対ロクでも無い事企んでるだろ」


 「さぁ……どうでしょう。私と敵対するのは望んで無いような気がしますけど」


 のんきにそう言ってミロはカップを置いた。殆ど残ったままだった。


 「…………これが”辛い”、でしょうか?」


 澄ました顔はしていてもその様子は初めてこれを呑んだ時の俺とよく似ていて、思わず吹き出してしまった。



 その日の昼、俺は王都に来て二日目にも関わらず冒険者の町に帰る馬車に腰かけていた。しかも御者は来た時と同じ男である。


 「お兄さん、彼女さんと別れちまったんで?」


 「依頼の都合だ」


 「はぁ……コンビって言ってらしたのに」


 「色々あるんだよ」


 口からまたしてもため息が零れた。きつく注意はしてきたが、どうにも心配で仕方がない。しかし御者にはその溜息が違う意味に聞こえたらしく、下品な笑い声が聞こえてきた。


 「お若い方は良いですなぁ、あたしゃも後一〇年若けりゃあ……」


 「そういう関係では無いと……」


 これ以上何を言っても無駄だろうと、俺は黙って目を閉じた。



 あの疫病神が居なかったためか、次の日の昼には何事も無く街へと辿り着いた。ほんの何日か離れていただけなのだが何故かどうしようもなく懐かしい気持ちになった。日の上っている内に必要な物を買い集め、かつてのねぐらに戻って眠った。不安でとても安眠とは言えなかったが。


 そして、翌朝。何日か分の食料他必需品を背負いこんで、一人寂しく門を潜って森へ向かう。ちらりと元パーティメンバー達が見えた気がしたが、関わらないと決めた以上、ミロが居なくとも近づくのは止した。



 森の浅い所でバジリスクを見かけたこともあり、パーティで森に入っていた頃よりもかなり注意を払って森を進む。更に昔ならば息を吐くようにできていたことのはずだが、街の生活に慣れたせいか明らかに鈍っているのがよく分かった。背中に重石が載っているのもあるだろう。運び屋のありがたみがよく分かる。


 果たして、森の入口とグルの住処のちょうど中間あたり、記憶通りの場所に真っ赤に燃える様な平原が広がっていた。摘む前でも鉄臭い匂いが俺の鼻を衝く。依頼では一五本の採取だが、明らかにそれ以上の数が生えていた。


 俺は周囲に魔物がいないことを目と耳で確認した。鼻は使い物にならない。そして、手早くアカバネソウを摘み取ると、昨日買い込んだ口のしっかり締められる袋に放り込んだ。完全にとまではいかなくともかなり匂いを減衰することに成功した。


 採取に成功すればここに用は無い、撤退しようと振り向いた瞬間、背後から俺の耳に微かな獣の唸り声が届いた。再び振り返ると、草原の向こう側に巨大な影が蠢いているのが分かった。


 「気付かれては………ない、か?」


 ならあえて刺激する必要は無い。群生しているアカバネソウに感謝しつつその場から撤退した。



 {……小僧、どうしてここに居る。小娘はどうした}



 足が無くなった?―――否、止まっただけだ。しかし、石のように固まってしまったのか全く動かない。


 声は、背後から聞こえた。ならば、目の前で俺を見下す巨大な獣は何だ。


 「……………グル」


 {答えろ。お前は俺の命令に背いたのか?}


 七年ぶりに会う育ての親は、強烈な威圧感を持って俺を睥睨していた。



 「………ミロは今違う町に居る。これは、あいつが言い出した事だ」


 {ほぉ?}


 怖い、今すぐにでも逃げ出したい。今のグルが昔のグルと違うのは一目で分かる。返答次第では本当に俺を殺すだろう。


 俺はこの森に一人で来ることになった経緯を説明した。


 {なるほど、状況は理解した}


 「なら……」



 {ああ…………………この大馬鹿者が!!!}



 グルの咆哮は周囲の木を揺らし何本かをへし折った。俺も反射的に踏ん張ったが、一瞬の間に何度も死を錯覚した。


 {……………小娘の失態でもある、叱責だけで許してやろう。すぐさま町にとって返せ}


 「……え、あ、え………」


 {早く行け!!}


 「は、はいっ!!!」


 俺はすぐさま森の出口へ向けて駆けだした。周辺の警戒だとか、そんなどうでも良いことを考える余裕は無く、ただ命令された通りに森を抜けて、漸く自分が走っていたのだという事に気が付いた。



 {……………これで良い、これで良いのだ}


 深い森の中で、生態系の頂点に立つ暴君は自分の前足を―――べっとりと爪に付着した鮮血を―――嘗め、先程引き裂いた魔物の肉を食み始めた。



 街に戻ると俺はすぐさまギルドで馬車の確認をした。しかし、今日の分は出払ってしまったらしく明日を待つことになった。アカバネソウが痛むのもあるが、あれ程までにグルが怒るとは。一体王都で何が起こってしまうのかが気になって仕方がないのだ。


 逸る気持ちを抑える為安酒を注文した。差し出された酒を一息に煽ると、全身に火が灯り、少しだけ不安が紛れる気がした。


 「隣、いいか?」


 「ご自由に………ラカム」


 元パーティリーダーが、俺と同じ酒を頼んでいた。


 

 「あの娘とは別れたのか」


 「いいや、一時的にこっちに戻ってきただけだ。明日の朝にはまた発つ」


 「そうか」


 少しだけ残念そうに零し、ラカムはぐいと盃を傾けた。


 「そっちはどうなんだ」


 「ああ……誰も死んでない、いつも通りさ。……元通りと言うべきかもなぁ」


 それ以上話は弾まなかった。結局、気まずさに耐えきれなかった俺は酒代をカウンターに置いて席を立った。


 「ガルム」


 振り向くと、元パーティリーダー、第二の育ての親は、盃を掲げてニヤリと笑って見せた。


 「俺達の事ぁ気にすんな。チャンスを掴んで来い」


 酒が入っているからか、少しだけ目頭が熱くなった。



 翌朝、俺は馬車に揺られながら目を閉じていた。御者はいつもの男では無い。そしていたって穏やかな道行きのまま、夜営をすることになった。



 しかし、火をおこす俺の背中に、ヌルリとした視線と悪意が向けられたのを確かに感じ取った。


 咄嗟に短剣を抜き放ちながら振り返り、しかし、暗闇から顔に飛んできた矢をその腕で受けるのが精一杯だった。



 「盗ぞっ…!?」


 立ち上がれない、足腰に力が入らない―――毒か。


 倒れ伏す俺を、毒矢を正確無比に打ち込んできた射手と、馬車に乗る際の他は一度も言葉を交わさなかった御者が見下ろしていた。


 そして腹に痛烈な一撃を貰い、強制的に意識を失う感覚を久しぶりに味わうこととなった。

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