ギルドマスター
「………お待たせしました、ギルドマスターがお呼びですので、付いて来ていただけるでしょうか」
ミロが悪漢をのしてから程なくして、受付嬢が戻ってきた。男二人が明らかに気絶しており、空気が死んでいる中で普段通りの態度を保てるというのは大したものだ。
俺とミロはほぼ同時に振り返り、しかし、受付嬢は手で俺達を制した。
「申し訳ありませんが、ギルドマスターはミロさんだけをお呼びです。なので、少々お待ち頂けないでしょうか」
こちらを見ながらそう言った彼女に、しかし反論したのは以外にもミロだった。
「お断りします、彼の同席が無ければ私も行きません。」
毅然とした態度でそう口にしたミロに、流石と言うべきか熟練の受付嬢はすぐさま切り返した。
「そこを何とか。あまり部外者の方にお聞かせ出来ない事もありますし」
「彼は私の保護者です。ギルドにとっても、冒険者である時点で部外者では無いでしょう」
そういう事を言いたいんじゃないと思うが。しかし、ミロにはここで食い下がって貰わなければ困る。例えば、仮に口八丁で道理に合わない契約を結ばされたりしたら確実に刃傷沙汰になる。生き残るのはミロだけだ。
職務を全うせんと努力する受付嬢とただただ頑固なミロの不毛な口論はいい加減眠たくなるまで―――夜もだいぶ更け、当事者の一人であるはずの俺には一度も話題が振られない為だ―――続いた。
この水掛け論に待ったを掛けたのは、カウンターの奥から現れた第三者の不機嫌そうな低い声だった。
「……おい、カタリナ。人一人連れて来るのにどれだけ時間かけてやがる」
「あ、も、申し訳ありません。ギルドマスター」
ギルドマスターと呼ばれたのは、50代くらいの大男だった。頭は禿げ、顔には深い皺が彫りこまれているが、その目は獣の様にギラギラと輝いているように見えた。
「で、どっちがミロだ」
「私です」
「そうか、サッサと付いて来い。俺は暇じゃねぇんだ」
「なら、彼も同席することを許してください」
ピタリ、とギルドマスターの足が止まった。そして、振り返った大男と大欠伸をかいていた俺の視線がぶつかった。
「………………好きにしろ」
不機嫌度合いを増しながら、再びギルドマスターはカウンターの奥へと進み始めた。
「座れ」
意外と整頓された部屋に通された俺達は、立派な革張りの椅子を勧められた。長机の上には冷えたポットとカップが置かれていることからも、この男は思ったよりも大分紳士なのではなかろうか。
俺とミロは並んで腰かけ、机を挟んで向かい側にギルドマスターが座った。
「わざわざ足を運ばせて悪かったな。俺はここのギルドの長、ガイウスだ」
「ガルムだ」
「ミロです」
最低限の挨拶を済まし、話題は早速本題へと移った。
「ミロ、お前の狩った魔物の死体を見た。単独討伐で、そのうえ致命傷以外に目立った傷が無い。率直に言って大したものだ。俺も冒険者と言う職に関わって来て長いが、お前ほどの腕前の戦士は見たことが無い」
「それはどうも」
「それ程の腕を地方で遊ばせておくのは勿体ないと判断した。だからこそここに来てもらった訳だが」
「はぁ」
「そこでだ、ものは相談なんだが―――」
「―――うちのギルドのトップチームに加わる気はないか?」
「無いです」
大男が一瞬固まった。こんなにあっさり断られるとはさすがに思っていなかったのだろう。本部のトップチームと言えば、市井での富も名誉も思いのままとまで言われる最高峰の働き口だ。相応の実力は必要とされるが、魔物を単独で仕留められる時点で申し分ないだろう。
「………何が不満だ? 冒険者として名実ともにこの上ない立場を得ることになる。引退後の生活まで安泰だぞ?」
「そのどれにも興味はありません。付け加えると、”ただの魔物”程度の相手との戦闘が欲しい訳でも無いです」
「……なら、それだけの実力がありながら、お前は何のために冒険者などやっている?」
「この人が冒険者だから、ですね」
いきなり話が向けられた。大男は漸く俺に気付いたかのようにこちらを見た。
「ガルムと言ったか、お前、この娘の何だ。男か?」
「保護者だ」
予想外だったか男の眉が顰められた。
「この娘はだいぶ非常識でね、面倒を見てやるようこの子の親に仰せつかっているのさ」
「親じゃないですよ」
「似たようなもんだろ」
大男の眉間の皺が更に深くなった。考えるのは向いて無さそうなナリなのだが。
「………なら、俺が代わりにその娘の世話をしてやる。だからお前は消えろ」
随分な意見だな。そんなに手放したくないかね。
「止めといた方が良い。こいつはだいぶ頑固でね、親に言われたことをとにかく守ろうとしやがる。俺がギルドを抜けたらこいつも居なくなるぜ」
それに、放り投げたら俺がグルに殺される。
「………だが、ギルドとしてもそれほどの実力者を放置しておく訳にはいかない。何とかして説得できないか?」
「何で俺がそこまでやってやる必要があるんだ」
「………金なら言い値を出す」
「要らん。バジリスク討伐の金を山分けした分が十分にある」
ますます目の前の男の機嫌が悪くなったのが手に取るようにわかった。思う通りにならないのもそうだが、相当な実力者であろう男は寄生虫の様な俺の振る舞いが我慢ならないのだろうか? 取りあえず言えるのは、やっぱり紳士じゃ無かったという事か。
対談は、いつの間にか俺と男が睨み合う形になった。威圧してくる男も相当迫力があるが、グルに比べりゃそよ風の様なもので俺も譲らない、譲ったら死だ。明らかに泥沼の様相を呈してきた。
すると、のんきに欠伸などしだしたミロがポツリとこぼした。
「もう、ガルムさんと私が二人でトップチームになればいいんじゃないですか?」
「それは無い」
「無いな」
被った。睨み合う俺達。
「自分の実力ぐらい弁えてる。森の中でも魔物が狩れないんじゃ無理だろうよ」
「こんな奴にギルド最高峰の称号を与えられるものか」
男の中ではかなり俺の評価は低いらしい。
だが、ミロは不思議そうに首を傾げた。
「そうですか? 確かに雑魚ですけど、まだいくらかマシな方ですし」
結構心に来た。お山で言葉の濁し方を教わらなかったのだろうか。
「それに、ことこの辺の森の中に限って言えばかなり役に立つと思いますよ?」
フォローしてくれたのだろうが条件が限定的すぎる。いや、確かに雪山とかでは無力だろうけども、もうちょっと広範囲に渡って仕事ができるはずだ。
俺の非常に微妙な心中に対し、男は何かを考え込むように顎を撫で始めた。再び深い皺が刻まれる。
やがて、あくどい笑みを浮かべた男は立ち上がって何やら探し物をし始めた。本棚でお目当ての物を見つけたらしい男は一枚の紙を持って椅子に掛け直した。そして、その紙をこちらに差し出してきた。
紙には一件の依頼が書かれていた。
「アカバネソウの採取依頼だ。お前も冒険者なら、自分の腕は自分で示して見せろ。達成できたならトップチームに入る資格有りと認めてやる」
「………いや、その依頼を受ける必要がどこにある? 俺はトップチームなんて入る気は無いっての」
「ギルドマスターからの指名依頼だ、まさか逃げる訳ないよな?」
「……逃げてはいけないなんて聞いたことが無いが」
「冒険者家業は顔が命、舐められたら負け、そんなの常識だろう。で、”冒険者”ガルムは依頼から尻尾巻いて逃げるのか?」
「………そんな挑発に乗るかよ」
命がかかっている場合、人間とは恐ろしい程冷静になれるものである。普段なら売り言葉に買い言葉で即刻受けていただろうが、向こうの企みが分からない以上、常にミロと離される可能性は付きまとう。掌に乗らないことが重要だ。
だが、そのミロは興味が無さそうにとんでもないことを言ってのけた。
「それをガルムさんが受ければ、この話は終わりですか?」
「ああ、一先ずはな。続きは依頼を達成してからだ」
「なら、ガルムさん。受けて下さい」
「は?」
二度も言わせるな、と、その眠たそうな目は強く語っていた。この女は、眠気に負けたのだ。
「………………………………分かった、受ける」
「おお、そうか。それは良かった」
黄色い歯をむき出しにしながら男は笑った。舟を漕ぐ馬鹿娘共々しばき倒してやろうかと思った。
「特徴や群生地の場所は受付で聞け」
「ああ」
「それと、この依頼はお前一人で達成しろ」
「……は?」
この達磨は何を言っているのだろうか。
「でなければ実力の証明にならないからな」
「いや………ミロを置いては行けない」
「安心しろ、お前がいない間の面倒は見てやる」
そう言って男は立ち上がった。強引に話を切り上げるつもりだ。
「おい待て」
「待たん。俺は忙しいんだ」
「………終わりましたか」
舟を漕いでいたミロも立ち上がると、俺の腕を引っ張って無理矢理部屋から連れ出した。受付で部屋を確認すると、ミロは何も言わずにベッドに飛び込み数秒で寝こけてしまった。
「おいおい…………」
これはまずい。最悪―――死人が出るぞ。