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魔獣に育てられた俺と龍に育てられたアイツ  作者: タチウオ
七年後、テルキア王国、冒険者の町
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屠蛇の剣士



 「おいガルム、どうしたんだよ」


 「別に、何でもない……と言う訳にもな。あの阿呆と喧嘩した」


 「はー、早速痴話喧嘩か。お盛んなことだねぇ」


 比較的涼しい早朝、パーティで移動しながら、スッカリ酒の抜けきったラカムに俺の苛立った態度を問い詰められた。痴話喧嘩って、交際の事実も、そのつもりも無いんだが。


 俺を苛立たせた本人は、そんな些事には興味も無いとばかりに肩で風を切って歩いている。今更ながら、コイツの協調性だとか、協力して物事に当たるだとか、そんなパーティとして当たり前の事がかなり不安になってきた。



 街近郊の森の入口で俺達は足を止めた。この森は非常に深く危険も大きいが、浅い所であれば比較的安全だ。勿論この稼業に絶対は無いのだが。リーダーのラカムが俺達の顔を見回して口を開いた。


 「今日は、昨日話した通り猪や鹿を狙う。新入りの実力次第では熊なんかも狙えるかもしれないが、連携に慣れていないのにいきなり大物を狙うのは危険が伴うからな」


 「………ただの獣じゃないですか」


 つまらなさそうにミロがぼやいた。作戦会議で魔物を狩ると発言し、他のパーティメンバーに可哀想な目で見られたのは記憶に新しい。それが決して口から出まかせでも、自分の力量を知らない新人の台詞で無い事も俺は知っている。


 「そうだ。自分の力量にあった獲物を狩る、間違ってはいないだろう?」


 「私がいるんですよ?」


 「一人の実力とパーティの実力は別物なんだよ」


 「…………そもそも、狩りなら私一人、ないしはあなただけ連れて向かえばいいじゃないですか。」


 「それが何の成長になる」


 黙った。本人も思う所があるらしい。


 「説得は済んだか?」


 「ああ、悪いね」


 「気にするな。それじゃ、行って来てくれ」


 俺は無言で頷くとラカムに紐を渡し、獲物を求めて森の奥へ駆けこんだ。



 「猪くらい、ガルムさん一人でも狩れるんじゃないですか?」


 「そうだな、拾われた七年前でも狩れていただろう」


 「なのに、集団で囲んで狩るんですか?」


 「ああ」


 「……複数人で狩ることに、一体何の意味があるんですか?」


 「そりゃお前、皆で食っていくためだ。森の奥まで行ける冒険者ならともかく、俺達は皆そこまでの実力は無い。ガルムだって魔物に遭遇すればお釈迦だろう。だが、森の浅い所にいる獣の数は限られてる、全員が好き勝手に狩りゃあ、獣なんてあっという間にいなくなるぜ」


 「……それ、本気で言ってますか?」


 「まさか。ギルドはそう言ってパーティを組むことを”推奨”してるがね。拒否すりゃギルドからハブられる、よっぽど強けりゃ話は別だが」


 「ラカム、紐引いてるわよ」


 「おっと、早いな……それじゃあ野郎共、行くぞ!!」



 森の浅い所で丸々太った大猪を発見し、そのケツを追いながら仲間の到着を待つ。正直なところ悠々と木の根を食むその首を斬ってしまいたいというのが本音だ。ある程度の注意を払っているとはいえ、紐が途中でどう絡まっているかいまいち分からない。 


 しかし、突然猪が駆けだした。俺の方を振り返りもせず、俺の事を気にも掛けずに。そして殆ど同時に微かな捕食者の飢餓が確かに鼓膜を揺らし、逃走する猪がその場に倒れ伏した。足はまるで石の様に変色している。


 「……バジリスクか……何でここに居るんだか」


 蛇の化け物、”出会ったらヤバい奴ら” の内の一頭。姿は見えないが、生物の身体を石の様に硬直させる超常の力は間違いなく奴だ。基本的には森の深い所に棲み、浅い所に出てくるなどめったに無いのだが……。


 俺はすぐさまその場からの撤退を決め、合図を送るために腰の紐を握りしめた。


 だが、不幸というのは重なるものだった。



 がさがさと茂みを揺らして見覚えのある悪人面が顔を覗かせた、それも猪の程近くに。



 「ラカム、伏せろ!!!」


 俺の叫びに反応して反射的にラカムが身を屈めるのと、その赤毛の先端が石のようにくすんだ灰色になるのが全くの同時だった、耳が無いから俺は大丈夫かもしれないが、確実に視認された奴が化け物に狙われるのは間違いない。


 森の奥から、チロチロと赤い舌を揺らし、黄金色の瞳を輝かせながら深緑色のずんぐりした巨体の蛇が姿を現した。蛇はとりあえず倒れ伏す猪を一飲みにすると、既に姿を消しているラカムを探してきょろきょろと視線を彷徨わせ始めた。そして、藪で姿は見えていないはずだが、正確にラカムのいた方へ向かって進み始めた。



 その進行を、白銀の剣士が妨げた。



 流麗な長剣を構える剣士の碧眼と化け物のぎらつく金色の眼が交錯する。唐突に蛇の目がほのかに発光した。周囲の草木が石と化し、だが剣士の姿はそこには無い。生まれた銀の残像は帯となって蛇を包んだ。


 そして、苛立った蛇が上体を上げた瞬間、その胸元に四本の裂傷が深々と刻まれた。三本は爪痕の様に、一本はそれに交差するように。


 声すら上げずに息絶えた蛇の横には、一滴の血も付いていない刃を鞘に納める美麗な剣士の姿があった。



 「爪を受ける三撃、胸を引き裂く一撃。腕すらない蛇風情に屠龍の剣は無駄が過ぎましたかね」



  あっさりと魔物を屠った剣士は近寄る俺を見もせずにそう呟いた。カッコつけ、だろうか。


 「その言葉、意味あるのか?」


 「相手を怯えさせるから言い得、らしいですよ、恰好は付けて損は無い、とも」


 こっぱずかしい台詞の理由を吐きながら、屠龍ないし屠蛇の剣士はこちらを向いた。


 「この場において誰をビビらせるんだよ、自己満足だろう」


 「あなたか……彼らを」


 指さした先には、青い顔でバジリスクの死体、では無くそれを成した剣士を見つめる三人が居た。


 「……魔物を倒しちまった」


 唖然とするラカム達にミロが一歩近づくと、三人の方がビクンと跳ねた。


 「頭の天辺、固まってますよ。それと、持ち帰るのを手伝って下さい」


 獲物に触れながらそう”お願い”すると、三人は千切れるんじゃないかと思うほどに首を縦に振った。



 結局五人でバジリスクの死体を持ち帰った結果、町では近年稀に見るどんちゃん騒ぎが始まった。そもそも個体数が少なく、討伐が非常に困難で、なおかつ傷の少ない魔物の素材は恐ろしい程の高値で売れるであろうことは容易に想像できた。おそらく、この町でなら俺達は今後一切仕事をしなくても遊んで暮らせるだろう。儲けが均等に分配されれば、だが。


 そして、街の浮かれた雰囲気とは裏腹に、俺達のパーティが囲む卓は冷え切っていた。


 「……今回一緒に狩りに行ったわけだけどさ、どう、だ?」


 誰も口を開かない。しかし、ミロの頭の中と、三人の頭の中は全く思考の内容が違うだろう。


 「…………な、なぁ、それだけ実力があるんだから、王都にでも向かって一山当ててきたらどうだい?」


 バーナムが恐る恐ると口を開いた。しかし、ミロは首を縦に振らない。


 「必要無いです。出稼ぎに来た訳じゃないですし」


 「だ、だけど、その実力を腐らせておくのも……」 


 「必要無いです」


 「……じゃあ、貴女にとって、一体何が必要なの?」


 「世間を知ること、ですかね」


 「な、なら、やっぱり人のいる所に向かった方が良いと思うのだけど」


 ミロは黙りこくった。その頭の中で考えを巡らせているのか、それとも何も考えていないのか。そして、一つも発言をしないこのパーティのリーダーも。



 「……………ガルム」


 「……ああ、分かってる、そう決断するだろうよ」


 ラカムが悲しみやらやるせなさやら、あらゆる負の感情を詰め込んだ顔で口を開いた。


 「俺とミロはこのパーティを離脱する。バジリスクの討伐によって発生する金は慰謝料の意味も込めて等分する。王都に向かうにせよここに留まるにせよ、不用意にお前達には関わらない、これで良いか?」


 「金は等分じゃ無くても良い、泡銭の為に命を狙われるなんざまっぴらだ」


 そう言ってラカムは心底悔しそうに下を向いた。


 ミロは相変らずの無表情で、退屈の気配さえ滲ませて座っていた。



 三人を見送り、俺とミロは二人でギルドの部屋に籠っていた。眼下のお祭り騒ぎを、まるで他人事のような気持ちで眺めていた。俺の頭の中では、七年前に拾われてからの、あのパーティで過ごした記憶が悲しみと共に浮かんでは消えていった。


 「…………あの人間達と、そんなに別れたくなかったのですか?」


 「………当然だ、どれだけ世話になったと思っている」


 「………………………理解、しかねますね。あなたはあのグルシェンガルムに育てられたのでしょう?」


 「それだ、俺が悲しむ事とグルがどう関係するんだ」


 不思議そうに首を傾げたミロを、苛立ち交じりに詰問した。



 「……? あなた、自分を育てたのが魔物と呼ぶのも生温い”怪物”だと理解していないんですか?」


 「”怪物”が、情を持って人間を育てるなんてこと、あるはず無いでしょう」


 「少なくとも私を育てた”怪物”達にあったのは、強い戦士を作る、その目的だけでしたよ」


 「アルドバラムも、途中で加わったグルシェンガルムも」



 時間が止まった様にも感じる程、俺達は動かなかった。ただ、俺の頭の中ではその言葉がグルグルと回り続け、この疫病神の首を刎ね飛ばしたいという衝動が実力の差を鋭敏に感じ取る本能に抑えつけられた。

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