イカレたサイコ娘
話し合いを終えてドアを開けると、筋肉達磨共が雁首そろえて部屋の前に集っていた。聞き耳を立てるように壁に耳を付けている者もいる。そうそう聞こえる声で話していないが。
「……えー、コイツ、ギルドに登録して俺達のパーティに入るから」
不可抗力ではあったが静かな空間に燃料を投下した。堤が決壊するように唾と質問の雨が降る。俺の背後にいる世間知らずが苛立っているのを確かに感じ取った。
「おい、ここで剣を抜くなよ」
既に柄に手を置いていた彼女に釘を刺す。血の雨まで降るところだった。
「…………理由なく人を殺してはいけないと習いました」
「お? おう」
「でも今回は理由がある、なら殺しても良い、違いますか?」
「良くない。必要も無いのに争いの種を産むな」
騒いでいた連中は彼女の暴論に一様に言葉を失った。あの龍は一体何を教えていたのだろうか、ルールの意味をまるで理解していない。それともこの娘の頭がおかしいのだろうか。
「……おい、ガルムよう。言っちゃあなんだがこの嬢ちゃん、頭イカレてんじゃねぇのか? 昔のお前ぇみたいなこと言ってんぞ」
「俺もそう思う……いや待て、俺はあそこまで酷くない」
「一般常識を持ち合わせて無いって点では大差ねぇぞ」
ひそひそと話す俺達を除いて周りの人間が黙りこくったことに満足したか、彼女は柄から手を放した。
「で、小僧さん」
「今はガルムだ」
「ではガルムさん、寝床に案内してください」
再び周囲がざわついた。少し意味が違うかもしれないが。
「……もう少し考えてものを言えよ」
「おかしなことを言いましたか?」
「あの言い方じゃ俺達が……あー、つがいに思われるだろ」
「そんなことあるはず無いでしょう」
「知ってるよ、でも周りはそうじゃねぇの」
「はぁ……」
ミロさんは少しだけ困惑したように首を傾げた。
「……あんた、手持ちの金は?」
「ありませんよ」
「換金できそうなものは?」
「特には」
「………金貸してやるから、部屋を借りな」
「それはどうも」
やはり、厄介事しか呼びこまない。俺は何度目かも分からないため息を吐いた。
ギルドに話を通して一週間だけ部屋を借りることになった。飲み代も含めれば稼いだ金がパァである。
疫病神を寝かしつけて部屋に閉じ込め、俺は興味と恐怖の混じった顔でこっちを見るおっさんの群れへの弁明を開始した。勿論、グルシェンガルムやらアルドバラムやら、聞かせてはまずい単語は暈し、その結果、彼女もまた俺を育てた”グル”という存在に育てられた兄弟の様なものだという説明に落ち着いた。周りが信じてるかどうかは微妙な所だろう。
「で、パーティに入れるってどういうこった」
「言葉の通りだ。俺はつきっきりであいつに一般常識を教えなければならないらしい」
「ははっ、お前も怪しいくせに」
剣の人間―――名をラカムという―――が冗談で返した。しかし、その目だけは一切笑っていない。自分の命を預けることになるパーティメンバーだ、イカレ野郎を入れたくない気持ちはよく分かる。
「まぁ、腕だけはある。どうしても無理なようなら暫くはコンビでやるから安心しろ」
「………お前を追い出す気はねぇよ、あの娘の面倒はお前が見なきゃならんのか?」
「放っておくといつ人を斬るか分からないからな、人任せにも出来ない」
「……………………………まぁ、俺は構わねぇ。後の二人がなんて言うかだが」
「話してみるしかねぇな」
そう言って俺は盃を傾けたラカムに背を向けた。
「帰るのか?」
「懐が死んだ」
「そりゃご愁傷さま」
俺はカウンターに自分が飲んだ分の酒代を置くと、どんちゃん騒ぎの中から抜け出した。
「私は構わないわよ」
翌日の午前中、俺は渦中の娘を連れて他のパーティメンバーの元へ出向いていた。我がパーティの斥候兼弓兵、今年で二十も半ばだが未だに嫁の貰い手が無いらしいセリア嬢は、鷹揚に頷いてこの危険人物の参加を認めた。一応説明はしたんだが、理解していないのだろうか?
「腕が立つんでしょう? より高いレベルの得物も狩れるようになるし、いいんじゃないかしら」
「僕も賛成だよ、ガルムが唾付けてるなら火種にもならないだろうし」
そう言ってこちらに意味深な視線を向けてくるのは、運び屋専門のバーナムである。屈強な肉体をもってパーティの荷物や収穫物を持ち運び、場合によっては戦闘にも参加する、気の優しい男である。
何故か一言も喋らないその新メンバーは、そのお陰かボロを出さず二人に認められた。しかし、礼の一つも言わないのもマナーがなってないだろう。俺はだんまりを続けるそのわき腹を軽くつつき、いらない事を言わないよう心の底から祈った。
「……ミロ、です。よろしくお願いします」
驚くほど素直にペコリとお辞儀をした彼女を連れ、俺達はその場を後にした。
「あれで良かったですか?」
「ああ、むしろ出来すぎた位だ。どうしてずっと黙っておくなんて知恵を働かせたんだ?」
「話すことが無かったので。最後のは、それがピッタリだろうと考えました」
それはどうなのだろうか。
「考えた、ってことは他に選択肢でも?」
「ええ。十通りは考えてました。内七通りは暴力に繋がるので無し、二通りも後々そうなりそうだったので無しにしました」
「その気使いは大事だぜ、本当に。……ちなみに、暴力に繋がるってのはどんな風に?」
「黙りなさい雑魚」
「……どうしてあの龍はその言い方を教えたんだ」
「さぁ?」
武力での世界統一でもさせるつもりなのだろうか。伝説の龍ならそれもまぁ、無くはない、のか?
「腹が減りました、食事を下さい。奪ってはいけないのですよね?」
「その通り、金を払って飯を買うんだ。ここは払うから後で返せよ」
その位は理解していたらしい野生児(?)を褒め、近くの露店で串焼き肉を買う。金に関しては貯金の一部を崩すことで用立てた。受け取った肉を頬張りながら、彼女は唐突に口を開いた。
「……あなたは随分人の世の中に慣れてますね」
「急にどうした」
「いえ、気になったので」
「………まぁ、大分苦労したからなぁ」
グルのおかげで言葉は身に着けた―――グルがどうやって喋っていたのかはよく分からないが―――し、ある程度の”教育”も受けていたが、今思えば相当ギルドに迷惑を掛けたのは間違いない。
「ミロさんも、苦労すればいずれ慣れる」
「そうですか」
自分で聞いたのにも関わらず、フイと興味を失ったかのように歩き出した。
「あ、ミロで良いですよ。暫くお世話になるので」
本当に何を考えているのかが分からない。
串焼きを食べきってすぐ、ミロは足を止めた。彼女はじっと襤褸を纏った小さな子供を眺めている。
そして唐突に手に持った串をその子供めがけて投げつけ、串は子供の足に深々と突き立った。
「何をっ…!」
倒れた子供の懐からいくつかの果物が零れ、俺は言葉を失った。子供の表情は絶望的なものに変わり、転ばせた張本人は全くの無表情で子供を見つめている。
「あの子供は、果物を盗みました。盗みは犯罪です。犯罪を犯した者は捕まえなければならない、ですよね?」
「………それは、そうだがな………」
彼女の言っていることは正しい、正しいが、正しいものがいつも納得いく結論とは限らない。昨日の事もそうだが、この娘はいささか教えに対して真面目すぎる。
そして、窃盗がバレて泣きながら連れて行かれる子供を見ても、一切心が揺らがないらしい。その目は相変わらず硝子玉のように光だけを映していた。
「……あの子は恐らく腕を切り落とされるだろう、盗みを働いた訳だからな」
「そうですか」
「……何とも思わないのか?」
「特には。………あなたはどうなんですか? まさか、何か思う所でもあるのですか?」
「……可愛そうだな、とは思う」
「気のせいでしょう」
そう言いきった冷血漢を俺は睨まずにはいられなかった。頭がおかしいとも思ったが、それ以上に俺の感情を決めつけたことに腹が立った。
「”あの”グルシェンガルムに育てられたんですから」
何故グルの名前がここで出てくるのか、俺にはサッパリ理解できなかった。