二対の伝説
―――此処は遥か高き霊峰の頂。大空を往く者ですら到達し難きその座にて、二つの魔が相見えた。
一方は古き魔獣、名をグルシェンガルム。万物を引き裂く爪牙、闇夜に紅く輝く瞳、風に靡く黒き毛皮を持った、神話にすらその名を残す”獣の王”。
他方もまた古き龍、その名もアルドバラム。屹立する双角と全身を覆う銀鱗、そして天空を駆る翼を持った”天の覇者”。
神代より幾度となく殺し合った二対の怪物。しかし、此度の対峙は龍の言葉より始まった。
曰く、”獣よ、貴様は人間をどう捉える”と。
対する魔獣は答えた。
曰く、”酷く脆弱で、途方も無く愚かで、そして無限の可能性を秘めた存在である”と。
時は人の世。強大な魔性の存在は鳴りを潜め、思い思いに生きる人間という知的生命体が星の隅々までその生活圏を伸ばしている。各国で王権が、支配制度が確立され、もはや力の統べる時代は遠き古へと過ぎ去ってしまった。そしてそれは二頭も分かっていた。自分達の時代はとうに終わっていることも、自分達には成すべきことなど存在しないことも、自分達はこれからも悠久の時を生き続けなければならないことも。
その虚無感は彼らを狂わせた。何千、何万年と続いた因縁を忘れてしまう程に。
「―――然り。獣よ」
龍は重々しくその口を開き、かつての好敵手へと告げた。
「一つ、話に乗ってみる気は無いか」
役割を失った支配者による、大いなる暇つぶしの提案を―――――――――