高空の日
空が高い。秋だなぁとシャッターを切った。
シャッターの音が好きだ。静かに鳴るその音は臆病な自分によく似ている。美しい記憶を残すという点では、カメラの方が自分よりも有能だが。
カシャッ。
空を撮り、校舎を撮り、庭を撮り。いつもの場所にやってきた。
体育館の入り口近くには、今日も同じクラスの中島さんが座っている。ぼーっとグラウンドを見つめて僕には気づかない。
「本田」
「今日もやってる?」
「おう」
「今日も見てるんだね」
「まあ、な」
中に入ると乙橋くんに話しかけられる。友達、とまではいかないが、通いつめている間に挨拶くらいはするようになった。
彼はいつも中島さんを見ている。中島さんはそれに気づかない。彼はそれを悲しむでもなく、ただただ楽しそうに彼女と話すのだ。中島さんの視線の先を切なげに見ていることなんてきっと本人も知らない。
少し彼を見て、僕は先に進む。ボールが弾かれる音が響いている。バレーコートに近づき、僕は彼女を探す。
「……いた」
小柄な少女が懸命にボールを打ち返している。彼女ーー小春絢さんにカメラを向けシャッターを押した。
カシャッ、カシャッ。
いつものように静かに、邪魔にならないように、気づかれないように。
カシャッ、カシャッ、カシャッ。
完全なる公私混合だ。写真部の活動にかこつけていつもここで彼女を見つめている。役得だと思うことにした。
残したい。彼女の姿を。誰にも譲りたくない。だけど勇気がないから何も言えない。僕には何も。だからこの写真だけは誰にも譲らない。誰にも見せないし、誰にも触らせない。たとえ彼女が誰かのものになったとしても、これは僕だけのものだ。
もし彼女が僕の気持ちを知ったなら、こんな独占欲にまみれた気持ちを知ったなら、こんな風に笑顔を向けてはくれないのだろうと思う。
「今日も撮ってくれてたの?」
「うん、まあね……」
「恥ずかしいなぁ……。でもありがとう!」
「まあ、僕が撮りたいだけだから」
「そっか。でもさ、見ててくれる人がいるってちょっと嬉しい。うん……嬉しい」
こんな風に言ってくれなくなるんだろう。だから僕は隠し続ける。何も伝えない。
「あ、練習再開だって! じゃあ行くね!」
「うん……あのっ」
「え?」
「い、いや、なんでも、ない……」
「そう? じゃあ、またね!」
「うん……」
本当は。本当は……。離れていくのが怖いとか、そういうのじゃなくて。勇気がないのだ。今だってそうだ。「頑張って」の一言さえ、僕の口からは出ない。喉で止まって逆戻りしてしまう。
カシャッ。
静かにシャッターを押す。いつものように流して、なかったことにしてシャッターを押す。ただただシャッターを押す。
どれくらいそうしていただろうか。ふと肩を叩かれ振り返ると、同じ部の児玉さんが立っていた。なんだかすごく不機嫌そうだ。
「智毅」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ! いつもいつもここでばっかり写真撮りやがって! 俺が連れ戻しに来ないといけないってこと、わかってんのか!?」
「あー……ごめん」
「ごめんじゃねぇよ! 戻るぞ!」
「あっ、ちょっと、引っ張らないで……!」
服を引っ張られながらコートをあとにする。小春さんが手を振ってきた。そっと手を振り返し、いつものように児玉さんが僕を叱る。
そう、これでいい。僕はこれでいい。きっと、これが僕の正解……。
言い聞かせながら僕は今日もシャッターを覗く。カメラの向こうに黒い感情を見せないように。