九十六話
今回はちょっと多いです
あと、今日は二回目の投稿です。
宿屋にまで戻る際、人に注視されるような感じはなかった。
それでも、武刀は周りの気配に集中しながら宿屋に戻った。
武刀が宿屋に辿り着いた時には、既に夜の時間帯に変わっており、夕食時である。
宿屋に入って隣の食堂を覗くと、アルフィーとジブを見つけた。
彼女達は向かい合って座り、夕食を食べていた。
近付くと、アルフィーとジブが武刀に気づいた。
「先に食べてるぞ」
「ふぁふふぁれ」
アルフィーは食事を食べるのを止めて、こちらに右手を軽く上げた。
ジブに至っては口に食べ物を詰め込み、神ながら喋っている。
そのため、何を言っているのか全く分からない。
武刀は右手を軽く上げて答え、手前に座っているアルフィーの左隣に座った。
「随分と様になってるな」
アルフィーは防具を着た武刀の姿を見て、褒めた。
「そうか? それはありがとう。あ! ガッツリ食えるの一つ!」
その言葉を武刀は純粋に受け取り、飯を注文する。
「アルフィー。……一つ聞きたいことがある」
武刀は一つ間を置き、尋ねた。
「なんだ?」
「俺に決闘を挑んだあのボケはどうなった?」
決闘を挑んだまではまだいい。
ジブやアルフィーをいやらしい目で見たのは許せないが、それは一旦置いておこう。
尾行し、襲おうとしたのは明らかに反則だ。
刃物を持っていたが、あれは殺すためではなく脅すため、用意した物だろう。
だから、こちらも問題は起こしたくないから殺しはしなかった。
だが、次は確実に殺す。
そう思い、武刀は心に決めた。
「今は保留だ。だが、奴の手口が分かったことからすぐに終わるとは思う」
アルフィーは口に含んだ物を呑み込み、冷静に言う。
言い終え、まだ食べ始める。
あのボケは決闘で勝った条件として、アルフィーとジブを手に入れる、というものだった。
きっと、周りの女性たちも同じ手口で仲間にした筈だ。
負けたとしても、俺と同じように裏でコソコソとしたに違いない。
「そう、ならいいんだ」
アルフィーの言葉を聞き、武刀は少し安心する。
あのボケの仲間に一度襲われ、逆に返り討ちにした。
ああいう輩は、また襲って来るはず。
それも、一回目の脅しとは違ってより強い当たりをしてくるはずだ。
それがないと聞くと、安心はする。
が、それよりも何かしらのことを仕掛けてくる可能性も捨てきれない。
「処分はどうなる?」
「最悪、死刑。軽い方でも冒険者の資格を剥奪、地方の村に移動。といった所だな」
それはもう襲って来ることはないな。
武刀は安心していると、夕食がやってきた。
メニューはパンが三つに肉てんこ盛り、後はスープとサラダ。
食べがいがありそうだ。
武刀は夕食を食べ始めると、アルフィーが喋り出した。
「だが、それ所じゃないことが今起きている」
「何が起きてる?」
「どうでもいい知らせが一つと凄く悪い知らせが一つ。どっちを聞きたい?」
選択肢がまるでない。
どちらも悪い知らせなのに、どうして聞かないといけないんだ。
「ここはあえて聞かな──」
「それはない」
喋っている最中、アルフィーが武刀の言おうとした言葉遮った。
「さいですか」
聞く以外の選択肢はないようだ。
「ならどうでもいいほうで」
「分かった。私達が以前、お願いしていたものがあるだろう? その報告があった」
「お願い? 何かしてたっけ?」
武刀の頭の中には、お願いが思い浮ばなかった。
食べながら思い出そうとする。
悩みながら食べていると、案外夕食が美味しくて悩みが一瞬で吹き飛んだ。
「してただろ。ジブが鱗!」
「ああ。そういえばしてたな」
アルフィーに言われ、武刀はようやく思い出す。
「ジブは覚えてた?」
「ん?」
当の本人であるジブに尋ねると、彼女は獲物を狙う肉食動物のように机にへばりつき、武刀の夕食を奪おうとしていた。
現に、彼女の持つフォークが肉を突き刺そうとしていた。
「あ……」
肉を横取りしようとしたのがばれ、ジブがポツリと呟く。
「お前! 俺の肉を!」
武刀は夕食を持ち上げて、立ち上がる。
「しょうがないよ。お腹が減ってるんだもん」
「当然のように言うな!」
彼女はいつから大食いキャラになったんだ。
そういえば、ドラゴンだもんな。
一杯食べるか。
武刀は一人で納得し、持っていた夕食をテーブルの上に置く。
「それで、ジブは鱗の事を覚えているか?」
「鱗? ああ、墜落した時のことね。あれがどうしたの?」
ジブは覚えているらしい。
彼女は武刀と激闘しながら答えた。
武刀のフォークとジブのフォークが、ぶつかり合う。
ジブが肉武刀の夕食である目掛けてフォークを刺すが、武刀がフォークを裏にして防ぐ。
フォークがぶつかり、ジブは一度戻してまた突き刺す。
しかしそれはフェイントで、本命は別の角度からの一刺しであった。
そのフェイントに武刀は騙されることなく、本命をしっかりと防いだ。
「なくなったそうだ」
「は? どういうこと?」
アルフィーの言葉を聞き、武刀は驚いてアルフィーの方を向いた。
しかし、それは悪手だった。
武刀の隙を、ジブは見逃さなかった。
ジブは肉を突き刺し、口に運ぶ。
「しまっ……」
気づいた時は既に遅かった。
肉を食べられたが、武刀の気持ちは別の所にある。
「色々質問したいことはあるが、まず着くのが早過ぎないか?」
「今回は特急で移動したらしい。それに、報告は遠くで会話できる物を使ったらしい」
「電話みたいなものか。それなら納得だ」
ここに来るまで、かなりの時間がかかった。
だから少しは疑ったが、電話に近い物があれば納得する。
「なくなった理由は? あんな辺鄙な場所の村にはドラゴンの鱗なんて災いの元だろ? 村の人間が取るとは考えにくい」
ドラゴンの鱗は希少だ。
その理由は二つ。
一つ目があまり市場に出回らないからだ。
それゆえ、希少である。
二つ目は頑丈さからだ。
ドラゴンは他の種族の中でも、強さでいえば頂点の位置に存在する。
ゆえに、鱗も頑丈でドラゴンの種類によって耐性も異なる。
そのため、ドラゴンの鱗は貴重だ。
売れば大金になる、金の元である。
しかし、もし金持ちになれば賊に襲われる可能性もあり、良からぬ事を考える者も来る。
そのため、鱗を冒険者に預けることになった。
しかし、それがなかったということは村の人間が奪った、と疑うのは当然だが、自分達の命が掛かっていれば取るとは思えない。
「理由については分からないらしい。調査はするらしいが、分かるからどうか」
「そうか。で、悪い知らせは?」
「それについてはここでは言えない。部屋で話そう」
「分かった。ジブも一緒に……」
武刀がジブに話を振った時、恐るべきものを見た。
ジブは夕食を食べていた。
それなら普通だが、彼女は武刀の夕食を食べていた。
そして、食べきっている。
武刀は、まだ夕食にそれほど手を付けていなかった。
なのに、ジブは僅かな時間で食べきっていた。
武刀とジブの空間に、沈黙が流れる。
アルフィーは夕食を食べ終え、一息とばかりに水を飲んでいた。
二人の間に流れていた沈黙を先に破ったのは、ジブであった。
「その、ごめんなさい」
ジブが謝ったことで、武刀の表情は柔らかいものに変わる。
「分かっているらならいいよ。明日、何か奢ってよ。俺はあんまり食べてないから腹ペコなんだよ」
「うん、僕が美味しいお店を探して奢ってあげるよ」
ジブは申し訳なさそうで、しかし許してくれたことで笑顔で言った。
「ジブは一緒に行くか?」
「ううん。僕はまだお腹が減ってるから」
武刀はジブを誘ったが、断れてしまった。
まだ食べるんだ……。
ジブの発言に、武刀とアルフィーは心の言葉が同時にはもった。
「そうか、分かった。行くぞ。ムトウ、早く出ろ」
心の中で思った言葉をアルフィーは、顔に出さない。
武刀はアルフィーに従い、椅子から立ち上がって一緒に食堂から出た。
食堂から出て二人は階段を登っている最中、前を進んでいたアルフィーが登りながら顔だけ振り向いた。
「ムトウ、その、ジブのことはあんまり怒らないでくれ」
「俺はあんまり怒ってないぞ」
アルフィーは武刀が本当は怒っているのではないか、と思って声をかけたが、武刀は温和な顔で答えた。
その顔を見るだけで、怒っているとは誰も思わないだろう。
「本当か? 普通は夕食をとられて怒ると思うが」
「そうだね。俺も最初の方は怒ってたよ」
武刀はなんだか昔を懐かしむような顔をしていた。
「ただね、しょうがないことなんだよ。元は人間じゃなかったんだ。それが俺の我儘で人に変えさせられて、食べる物が変わったりする」
例えば、虫を主食とする人外がいたりする。
その人外を人に変えれば、今まで食べてきた虫が食べれなくなる。
なぜなら、人は虫を好んで食べるわけではないからだ。
勿論、虫を食べる人間はいるだろう。
ただ、人となって今まで食べれなかった野菜や肉、魚を食べればそちらの方が美味しいと感じてしまうのだ。
「けど、食べる量だけは変わらないんだ。それでジブはドラゴンの時より口が小さい分、一杯食べることになる」
「そんなことがあるのか」
アルフィーは武刀の話を聞き、驚いていた。
「てっきり、良い事ばかりだと思っていた」
「まっさかー。どちらかというと、苦労が多いよ」
武刀はは笑顔で返事した。
かなり苦労した。しかし、それは今思い返せば楽しく感じた。
だからこそ、武刀は笑っていた。
もうそろそろ百回になるな、ということで思いつきで百話まで投稿します。
次は一時間後




