九十四話
強化魔術バージョンⅤ。
それは武刀が現在できる最大の魔術だ。
そのため、他の魔術を使用することは出来ない。
もし使えば、すぐに魔術回路が焼け切れてしまう。
それだけ強化魔術バージョンⅤは、魔術回路の消耗するのである。
消耗が激しいというデメリットがあるが、メリットは強化魔術バージョンⅤは速く動くことが出来る。
その速さは車と同じ速度で動ける。
しかし、人間が車と同じ速度で動けば普通は反応できずにぶつかって死ぬ。
それを強化魔術バージョンⅤによって補っている。
強化魔術は肉体の基礎能力、体力や筋力、聴力や視力、その他諸々。
対象の全てを強化する。
お蔭で、武刀はジブを乗せながら森の中を全速力で走り抜けている。
木々をかわし、進行方向にいる魔物全て轢き殺す。
まるで闘牛のようである。
「フハハハハハハ!! 無駄無駄ッ!」
蹂躙している様に武刀は興奮し、叫びながら前進する。
女性をおんぶして叫んで走れば、普通なら体力が尽きて力尽きる。
しかし、強化魔術の肉体の消耗の低下や体力が増加によりその問題は解消されている。
武刀の速さに加え、ジブが槍を前に突き出したことで貫くのではなく、ぶつかって魔物が吹き飛んでいく。
強化魔術によって強化された視力と判断能力により、木をぶつからず魔物には槍をぶつけて蹂躙する。
時間は多少掛かったものの、夜になる前に町につくことはできた。
町に入り、武刀はジブに薬草の入った麻袋を取り出して渡した。
「ごめんけど、冒険者ギルドに持っていてっ依頼の報告をお願いできない? 俺は決闘でもらった物を売り払わないといけないから」
「分かった。行ってくる」
ジブは元気に答え、人混みを器用に避けながら走って冒険者ギルドに向かった。
彼女の後ろ姿を武刀は見ながら、
「うっわ。はっや」
走って人混みを避けていることに、器用なことをするもんだ、と驚いていた。
「さて、俺も売り払って防具を買おうかな」
武刀は気分を一新させ、槍を買った鍛冶屋に向かった。
南門から入ったため、鍛冶屋も南門側にあるため近い。
そう時間はかからない。
だが、武刀は行くまでに時間がかかっていた。
うっわあ~、つけられてるよ。
鍛冶屋に向かう途中、視線を感じた。
それは歩いている時に人を見るような感じと違い、ジロジロと値踏みするような感じだった。
顔は動かさず、視線を左右に動かしてこちらを見ている者を探した。
しかし、見つからなかった。
そうなるとその視線は後ろから、ということになる。
このまま鍛冶屋に行くと面倒な事になりそうだな。宿屋に行くのもバレるからアウト、となると……。
武刀は考えて路地裏に向かった。
目ぼしい相手は知っている。
決闘したのは昼ぐらいで、今は夜に近い夕方。
襲って来るには時間が十分ある。
襲われるのなら、待ち受けるのみ。
家と家の間の路地裏は、細い一本道。
人が二人ならきついが、一人ぐらいなら余裕で入るぐらいの広さ。
この広さならば、背後に回ろうとしても気づく。
道端にはゴミや荷物が転がっている。
それは時には盾となるが、武器にもなる。
戦う時に邪魔にならないよう、後ろに放り投げて遠ざけた。
路地裏で待ち構えていると、五人の男性が路地裏に入って来た。
彼らは小走りで路地裏に入り、武刀を見つけて驚いた顔をして立ち止まった。
「ハロー」
武刀はおもちゃを見つけたような子供っぽい笑顔で、男達に右手をひらひらと振った。
男達は武刀を見つけて、立ち止まった。
路地裏に用があるなら、そのまま歩いて通り過ぎるはずだ。
しかし、男達は立ち止まった。
それは武刀に用があったから、ということになる。
武刀は男達が立ち止まったのを見て、一瞬で判断して挨拶をした。
用件は決闘で名の知らない相手から奪った物を返却しろ、といった感じだろ。
さてさて、こいつらをどうするか。
一つ、殺す。
これは極力したくない。
異世界、だからといって人を殺したくはない。
そんな簡単に殺すのは駄目だ。
何かしらの理由がないと。
それに、殺したら絶対に犯人捜しが始りそうだ。
そんなめんどくさいこと、絶対に避けたい。
二つ目、叫んで逃げる。
こちらの世界でも警察に似た組織ぐらいはあるだろう。
助けを呼べば、目の前の奴らも逃げはするだろう。
だけど、また襲って来るのは予測できる。
だから今の内にこの件は終わらせたい。
そして三つ目は。
立ち止まっていた男達は動き出した。
そのため、武刀は三つ目を考えてどれを選択しようかと言う所で考えるのを一旦やめた。
男達は移動速度を優先したため、重武装ではなく軽武装、胸当てやブーツ、小手と防具を身に着けていた。
彼らは数の利を活かすため、横に広がって進む。
しかし、路地裏は二人横に並べるほど広いわけではなく、広く見せようとするだけだった。
彼らは武刀と一定の距離を保ち、立ち止まった。
「ハロー。用件は、決闘で奪った物、でいいのかな?」
武刀が尋ねると先頭にいた男が答えた。
「ああ、そうだ。だからそれを返してもらう」
やっぱり、か。
だけど、これは勝利して奪った物だ。
タダで返すのは嫌だな。
「返すか。……嫌だね。そもそも、これは俺が勝って手に入れたものだ」
武刀は少し考える素振りをして答えた。
「なら」
先頭にいる右手を上げて合図をした。
すると、後ろにいる男達がナイフや剣を抜いた。
脅し、かな?
殺すのは流石に避けると思うし。
そう思いたいな。
「こ、殺すのか!?」
武刀は一歩後ろに下がり、声を震わせて怯える演技をした。
それがわざとではなく本当にやっている、と確信した先頭の男はニヤリ、と口を歪ませた。
「まさか。ただ、返してほしい、というお願いをしているだけですよ」
気を良くした先頭の男は饒舌になる。
お願い、ね。
それはただの脅しだよね。
まあ、今の会話で分かったことがある。
それは相手も殺す気ではないこと。
殺そうとするのなら、先手必勝、即殺そうとする。
しかし相手は交渉してきた。
ならまだ余地がある。
ここは三つ目の手段を取るとするか。
武刀は懐から、決闘で奪った物が入った麻袋をを取り出した。
「これを」
麻袋を頭ぐらいの高さまで上げ、見せてから男の元に近付いた。
男は右手をひっくり返して広げ、その右手に武刀は麻袋を置いた。
「よし。うけっ……」
先頭の男が喋っている最中、口は開いたままだが喋るのをやめた。
彼の表情は苦痛で歪み、まるで死ぬ寸前のようであった。
それは当然だ。
何故なら、男の股間には武刀の右足がめり込んでいたからだ。
「はぐっ!」
武刀は右足を下げると、男は内股になり両手で股間を押さえて守った。
右足を下げた後、男の身体を蹴った。
男は内股で、股間の痛みでそれどころではなく簡単に倒れた。
さらに、武刀は両手で股間を守っているにも関わらず、踏みつけた。
それはあまりにも迷いがなく、無駄のない動きだった。
そのため、後ろの男達は止めに入るのが遅れた。
後ろにいる男達が武器を持って、こちらを襲い掛かろうとしているがこっちには人質がいる。
そう簡単に襲い掛かれるわけがない。
「貴様! 卑怯だぞ!」
仲間が人質に取られ、武器を持った一人の男が叫んだ。
卑怯? 武器を持って脅している奴らには言われたくない!
それに。
「こっちはもう負けられないんだよ。卑怯汚い大歓迎!」
彼女達が傷つくのはもう見たくない。
ならば勝つしかない!
武刀は股間を踏みつけていた右足を離し、地面に着けて右手をクイクイ、とこちらに呼ぶように動かして挑発する。
「ほら。掛かって来いよ」
同時に、強化魔術バージョンⅡを発動する。
強ければ、相手に重症を負わせてしまう。
できれば、動けない程度が好ましい。
「舐めやがって!」
ナイフを持った男は、武刀に近付こうとする。
道が狭いため、内股で股間を押さながら倒れているた男を踏まないよう、慎重に進む。
だが、武刀はそれを気にせず襲い掛かる。
「垂直蹴り」
今思いついた技名を叫び、右足を蹴り上げた。
その右足の先には、もちろん股間があった。
右足にグニュリ、と柔らかい感触が伝わり戻した。
痛みのあまり白目を向き、ナイフを持った男は内股になり股間を押さえ、両膝が地面について頭から倒れた。
「二人目。次三人目、いってみよう」
一人目と違い、二人目は強化魔術をしているためかなり痛いはずだ。
残った三人は股間を押さえ、顔を横にフルフルと振っていた。
「ん? なに? 戦うのやめる?」
「あ、ああ。やめる」
その行動に武刀は降参と判断し尋ねると、一人の男がそう言うと残りの二人が追随するように顔を縦に何度も振った。
「な~んだ。つまんない。あ! もう追いかけてこないでね」
武刀は右手を上げて言うと、三人の男は何度も頷いた。
「じゃ! そういうことで」
武刀は真上に跳び、両側の壁を三段跳びの要領で五人の男を飛び越え、路地裏の入口の手前に着地した。
三つ目の手段。
相手の身動きを封じる作戦、成功したな。
まあ、全員やる予定だったけど作戦は成功したし、よしとするか。
さて、防具を買いに行くとするか。
武刀は一仕事を終えた感じで、鍛冶屋に向かった。
次の投稿は木曜日を予定しています。




