九十一話
「いいか、ムトウ。殺すなよ。絶対に殺すなよ」
「それは殺せ、という後押しか?」
「違う!」
バンデットと戦うことになった武刀は、アルフィーに念を押されていた。
戦うために、武刀は今バンデットと距離が離れている。
離れているとっても、歩いて十歩ほどぐらいの距離だ。
「分かった、分かったから」
何度も念を押される武刀は、少しうんざりしていた。
「それよりどいてくれないと、戦えないんだけど」
アルフィーはまだ言い足りない、という不満顔をしていたがどいてくれた。
今からバンデットと戦うため、他の者は邪魔にならないように離れている。
「始めようか」
武刀は告げると、強化魔術を発動してから槍を後ろに放り投げた。
「何のつもりだ?」
「槍がなくても勝てるからね。意思表示みたいなものだよ」
その言葉を聞き、バンデットは舐められていると苛立つ。
しかし、武刀にとっては違った。
槍なんて必要ない。
必要なのは、その形をした魔術触媒≪デバイス≫。
魔術は発動したが、魔術回路が焼き切るまでに時間が短いからそれまでにケリをつけないと。
武刀は負けるつもりはない。
だからこそ、槍を投げた。
勝つために。
「ふざけやがって。なら、俺は剣を使わせてもらうぜ」
槍を後ろに投げる、という挑発が思いの外バンデットに聞き、勢い良く剣を左腰にある鞘から抜いた。
「大丈夫。使う前提で投げたから」
とびっきりの笑顔でそう言うと、バンデットの沸点が超えた。
「そうか。なら、後悔させてやるよ!!」
バンデッドは間合いを詰め、剣を両手で持って振り下ろした。
片手で持てる剣を両手で持つことで、素早く且つ重い一撃となる。
しかし、怒りで雑に剣を振っているため躱すことは簡単だった。
右に一歩踏み込んで躱し、後ろ向きのまま距離を取りつつ両手を叩く。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
生意気な感じで言うと、バンデッドはさらに憤った。
「くそがー!!」
バンデッドは武刀を追いつつ、剣をがむしゃらに振るう。
しかし、剣はことごとく当たらない。
苛立ちで理性より本能が優先し、現在の状況を判断することができていない。
相手を追い、剣をがむしゃらに振るう。
それは予想以上にスタミナを奪い疲れる。
逆に、武刀は強化魔術を使っているため消費が少ない。
後ろに下がりながらも、木にぶつからないように時折後方を確認していると、バンデッドが突然止まった。
バンデッドは剣を振るうのをやめ、肩で息をしている。
戦う前の表情は鬼の形相だったが、今は疲労の色で染まっている。
武刀はバンデッドと距離を取り、立ち止まる。
スタミナは奪った。これで勝つ可能性は上がったが、相手の隠し技とかも注意しないと。
武刀が油断しないように引き締めると、バンデッドが動き出した。
ただし、さっきとは動きが断然違った。
一歩での移動する距離が伸び、速くもなった。
「スラッシュ!」
剣が右上から左下に向かって斬り下ろした。
動きが良くなったように、剣の振りも疲労なんてなかったかのように良くなっていた。
しかし、今の武刀にとっては躱せないわけがなく、ギリギリまで待って左に躱した。
剣は武刀ではなく、その後ろにある木にぶつかった。
斧で木をぶつけたように、剣が木にめり込んだ。
木にめり込んだ剣を、バンデッドは無理矢理引き抜いた。
その行動は明らかに無防備で、攻撃することができた。
しかし、武刀は何もしなかった。
今まで一番動きが良い。魔法を使ったな。さっきのスラッシュも魔法だろうな。
木にめり込んだ剣を見る。
ジブの衝撃、というよりも単純な威力を上げた魔法だな。
というか、明らかに殺しに来てるよね。
無理矢理木から剣を抜いたバンデットは構えた。
「ずっと逃げたばっかでよ。いい加減戦え」
逃げてばっかりでいる武刀にバンデットはキレた。
「え? だって、簡単に勝ったらつまらないじゃん」
武刀はとびっきりの笑顔で言う。
気色悪い目でアルフィーやジブを見た。
それだけ死ねと思うが、ナンパした。
苦しめ、としか思えない。
バンデッドを走らせて疲れさせた。
そして今、ずっと逃げている。
プライドを折る作業をしている。
「本当は逃げるので精いっぱいじゃないのか?」
武刀の言葉を聞いたバンデットは、ポジティブに考えた。
「そんなに倒して欲しいなら倒すよ?」
武刀は前に一歩踏み込み、力強く地面を蹴ってバンデットの間合いを詰めた。
たった一歩。
それだけでバンデットの目の前まで迫った。
一瞬消え、突然目の前に現れた武刀に、バンデットは慌てて魔法を発動させて剣を振り下した。
「スラッ!」
剣は振り下ろす途中で、両腕が止まった。
武刀が左手で、バンデットの右手首を掴んで受け止めた。
強化魔術を使っているからこそ、片手で受け止めることができた。
「強いのは分かったけど、当たらなかったら意味ないよね」
剣を止められたことで、バンデットは武刀の左手を離そうと腕を上げるが、ビクともしない。
その間に、武刀が左足をバンデットの右足に割り込ませて払い、右手を広げてバンデットの顎を押し上げた。
バンデットは武刀によって転ばされ、武刀はぶつからないように身体を半身ずらす。
倒れたバンデットに武刀は乗っかり、足で両腕を押さえて拘束する。
右手を二本指にし、バンデットの目に当たる直前で止めた。
「殺そうとしたんだ。なら、俺もあんたを殺していいよね」
首を傾げて問いかけると、バンデットは瞬きをせずに答えない。
口の奥に目を向けると、歯が震えているように見えた。
「ま、参った」
バンデットは声を震わして告げると、武刀は立ち上がって右に移動した。
「よし勝ったぞ、楽勝だった。ジブ、イエイ!」
武刀がジブに向かって歩きながら右腕を上げると、ジブも同じように右手を上げた。
「イエー」
ただし、ジブは考えておらず武刀と同じようにしているだけだ。
ジブも武刀に近寄ると、その後ろでゆっくりとバンデットが起き上がるのが見えた。
ぬらっと、まるでゾンビのようにゆっくりと起き上がり、両手で持った剣を振り上げた。
気づいた時には既に行動していた。
斧を両手で持ち、バンデットに向かって走った。
武刀とバンデットとの距離はかなり離れている。
強化魔術が使えないジブにとって、使えない事がこれだけ苦しいものだと思っていなかった。
後ろで剣が振り上げたことに、武刀は気づいていない。
そしてその本人、武刀は急いで近づいてくるジブが凄く嬉しかった。
もしかして、嬉しさのあまり走って来てるのかな。
そうだよね。このクソナンパ野郎を軽く倒したんだし。
おいで。
武刀が両腕を大きく横に広げ、ジブが来るのを待ち構えていた。
しかし、抱き着く所かその横を通り過ぎた。
あれ?
武刀が疑問に思っていると、鉄同士がぶつかり合う音が後ろで聞こえた。
振り向くと、バンデットが剣を振り下そうとしたのをジブが斧で振り上げ、弾き飛ばしていた。
飛ばされた剣は空中でクルクルと回転し、ジブの近くの地面に突き刺さる。
剣を弾かれてがら空きになったバンデットに、ジブが斧を右から左に薙ぎ払った。
斧はバンデットの胴体に吸い込まれ、直前で止まった。
柄には武刀の左足があり止められた。
斧が直前で止められたことで、バンデットは尻もちをついた。
「何をするの! こいつは武刀を殺そうとしたんだよ!」
「流石に殺すのは駄目だよ」
武刀はジブのしようとした事を拒絶する。
「対決で勝ったんだから、言いなりに出来るんだ。殺しちゃ駄目だ」
殺すなら、命令した後で。
武刀に説得されたジブは渋々といった感じで斧を下した。
来週はいつも通り週一になります




