七十七話
精霊は自然の中に存在する。
正確には、精霊は自然の中でしか生きていけない。
そのため、自然を大切にするエルフは精霊と会話、視認、力を借りることができる。
逆に人は自然を破壊するためエルフのように精霊を会話することも、見ることも、力を借りることができない。
エルフは精霊の力を借りることが出来れば、人よりも遥かに強い。
だから、迷宮にはエルフ対策を施されている。
迷宮の中には精霊が一つも存在しない。
それはエルフが本来の実力を発揮することができないことであり、人より魔力があるぐらいだ。
それ以外の場所、迷宮でなければエルフは精霊の力を借りることができる、
ただ魔法で使うだけでなく、町の場所、川の場所、人の居場所を教えてくれる。
「おお! アルフィーの言った通りここに薬草が」
雑草の他に黄色の芽がある草を見つけた。
黄色の芽を千切り、それを麻袋に入れる。
この麻袋はゴブリンの討伐した証とは別の麻袋であり、既に半分ほど埋まっている。
武刀は採集班で採集しかしていない。
「ムトウ。次はあそこ、濃い茶色の木の根元のほんのり赤い草」
「いや、茶色の木多くて分かんないから」
アルフィーは精霊を使って索敵と薬草の居場所を見つけ、伝える。
「ジブー。左斜めからまた来るぞー。五体だ」
「分かった! またゴブリンかな? 凄く多い」
ジブは討伐班。近づく魔物を一匹残らず駆逐している。
尚、ジブが狩り続けた魔物は放置されており、まだ未回収だ。
武刀の仕事が増えていく。
ただし、武刀は一人ではない。
服の内側から青色の触手が伸び、それは刃のように変化し薬草を刈り取る。
「手伝う」
「ありがとう。本当、ありがとう」
終わらない仕事をしていた武刀は、助けがきてくれただけでも泣くぐらいに喜んだ。
薬草をあらかた採集し、麻袋が一つに全て入った。
次にジブが倒した魔物、というゴブリンしかいない。
その光景を見た武刀は、ゴブリン=ゴキブリ、という式が出来上がった。
倒したゴブリンの右耳を剥ぎ取る。
そして麻袋に入れる。
おかげで、ゴブリンの討伐した証を入れた麻袋が三つになった。
「多いな。というか重い」
流石に三つにもなると、ずっしりとした重みがある。
「これはおかしい」
ゴブリンの死体を見て、アルフィーが呟く。
これまで依頼でゴブリンを倒して来た。
それはゴブリンが異常とも思えるほど繁殖能力が高く、又、成熟するのも早い。
そのため、ゴブリンの数は多い。
ゴブリンは子を産むため人を攫ったり、食べるため家畜や畑を荒らす。
それを未然に防ぐため、ゴブリンを倒す依頼は常時ある。
それほどまでにゴブリンの数は多い。
しかし、これは流石に多すぎる。
一つの森で、これほどまでにゴブリンと出会うことはない。
何かが起きる、と考えたほうがいい。
「ふむ。どうするか」
アルフィーは考える。
今の内手を打つか。
それとも今は探って情報を得、解決するか。
「こちらの回復道具はなし。魔法はあるが……後回しにするか」
今の戦力と道具、現状を考えて深入りすることはやめた。
「どうした?」
アルフィーは立ったまま微動だにせず、視線も、顔も一切動かない。
そのことに気づき、武刀は声を掛ける。
「なんでもない」
彼女は首を横に振る。
「そうか? ならいいが。精霊は便利だな~」
こういった薬草を捜したり、敵の索敵は魔術では行えない。
こっちの世界でも精霊は存在するが、その数は少ない。
魔術回路として収納しなければ、精霊は生きていけない。
それに、索敵なんてことは一切できないはずなのだ。
「どうして索敵できるんだ?」
「精霊に話を聞いて、その精霊を別の精霊に言って、を繰り返す感じ」
「伝言ゲーム!?」
そんな利用方法、流石に武刀でも思いつかなかった。
この世界でしかできない利用方法だ。
このやり方、伝言ゲームのために情報が間違えるかもしれない。
ただ近くであれば間違いは少なくてすむ。
家にもエルフはいるが、そんなことできるのだろうか?
「そういえば精霊から盗み聞きしたんだが、武刀を捜してるエルフがいるようだぞ」
アルフィーは世間話でもするように、あっさりと言う。
しかし、それは武刀にとって死をもたらす言葉だった。
「え、えっと、それは本当?」
信じたくはなかった。
しかし、納得もできる。
ここに来てからどれほど経ったか正確には分からない。
だが、時間を掛けすぎた。
あの娘達が待ちくたびれるほどに。
「本当。精霊は嘘つかない」
「そうか。で、何人来てるんだ?」
「分からない。増えたり減ったりするらしいから。ただ、十人ぐらいだって」
十人、増えて減って。
アルフィーが言ったキーワードを頭の中で何度も反芻し、考える。
まず一人、エルフのユーミルは確定だ。
エルフは一人しかいないから。
次にヴァルも確定。
彼女は絶対に、というか不正をしてでも来るはずだ。
残りは分からない。
そして最後の増える減る。
家の娘達は人を呼び出すことはできない。
誰だろうか、と考えているふと友人の顔を思い出す。
だが、否定するように首を横に振る。
それはありえない。
彼は日本人ではない。
遠くからわざわざ助けに来るとは思えない。
だが、それとは別の人物達のことをも一緒に思い浮かぶ。
そういえば、彼らは暇人だったな、と。
奴らなら来そうに違いない。
ただし、あれはいい。
問題なのは家の娘達だ。
当分構ってないやれていない分、かなり積極的なのは予想できる。
こちとら思春期で育ち盛りだといっても、限界がある。
ただ、その限界を余裕で超えてくるため辛い。
ある意味、異世界に転移する前より後のほうが自由だ。
もう少し、欲を言えばずっと自由を味わっていたい。
どうすればいいんだ。
「大丈夫? どうした?」
顔から冷や汗を流して青い顔をしている武刀に、アルフィーが心配して尋ねた。
「いや、もう大丈夫だ。さあ行こう。まだ仕事が残ってるぞ」
考えることをやめた。
現実逃避をすることにした。




