七十六話
魔物は繁殖すると、人が通る街道にまで出てくる。
それを防ぐため、冒険者が定期的に魔物を一斉に殲滅する。
それ以外にも、魔物を狩るクエストがあるため魔物は街道に出ることは滅多にない。
そのため、魔物を狩るにはわざわざ森に行かなければならないことが多い。
それは武刀達も例外ではなく、現在は森に向かっている。
一番の近場は北門。
しかし、そこは近い分冒険者がよく来るため、奥に行かなければ魔物とはあまり会えない。
わざわざそんな奥地に三人は向かわず、南門から一番近い森に向かっていた。
その距離は徒歩で約十分ほどである。
「車か自転車が欲しい」
歩く事に疲れた武刀が、現実逃避をする。
「何言ってるんだ? ほら行くぞ」
武刀の呟きに呆れたように言い、催促して森の中に入る。
森は街道のように人があまり整理ないため、歩きにくい。
しかし、ここは冒険者がよく来るようで土が踏まれて硬くなっているようで、又、ある程度は草木も刈られ、多少は歩きやすい。
ただし、それは奥に進めば進むほど獣道と変わっていく。
「おい。敵はどこにいる?」
武刀は森に入るまでの現実逃避していた姿はなく、感覚と尖らせていつでも戦えるように肉体強化の第一段階を起動し、ジブのを後ろを歩いていた。
現在の隊列は一列。
一番前はジブ、次に武刀、その後ろにアルフィーが控えている。
「ここから真っ直ぐ。会敵に二十秒。数は三」
「周りに聞こえないように、けどジブには聞こえるほどの声量で言う。
「三か。その程度ならジブに任せるか。ジブ、先手必勝。速攻でかませ」
「了解」
ジブは頷き、武器を強く握りしめて深呼吸して落ち着く。
ここで殺気を迸らせれば、森の生き物達は鋭い。
その殺気に感じ、逃げられてしまう。
それは魔物も同様である。
ジブは頭を落ち着かせるが、身体はいつでも飛び出せるように臨戦態勢を取る。
「そろそろ」
アルフィーの呟くような声に、ジブは聞こえていない。
しかし、武刀は聞こえていた。
「ジブ。ゆっくり」
その声にジブはさっきよりも明らかに歩く速度をゆっくりと、音も聞こえなくなる。
そして、魔物も見えてくる。
子供のような大きさで緑色の肌をし、目は人形のようにくりっと大きく鼻や耳が尖っている。
身体を洗っていないのか薄汚れ、腰には動物から?ぎ取った皮で作られた腰巻を身に着けている。
それはなめされた物ではなく、毛もついており、血やそれ以外のもので汚れている。
右手には木から加工した棍棒のようなものを握っており、生き物を殺したのか血で汚れている。
その数が三匹。
周りに獲物がいないか、立ち止まって各々別の場所を見てキョロキョロしている。
魔物は獲物を捜しているが自分達が獲物だということを気づいていない。
魔物を補足し、ジブが両手で持った斧を胸まで持ち上げ、斧の刃を上に傾けていつでも上段で振れるようにする。
そして、身体を沈めて飛び出す。
後ろにいた武刀からはジブが止まったと思うと、消えた。
次にジブの姿が見えたのは、緑色の魔物の内手前の一匹を斧で上段から振り下ろし、地面に潰したあとだった。
魔物はすぐ近くから音がし、振り向くと仲間の一匹が潰されて死んでいた。
横にいた仲間が、斧を持った人間に棍棒を横合いから叩きつけようと襲い掛かる。
ただし、棍棒は当たらない。
棍棒を持つ手、右手を見る。
そこには右手がなく、腕の半ばまで切断されていた。
腕がないと気付いたときに後ろで、何かが地面に落ちた音が聞こえた。
腕がなくなり、魔物が半狂乱し声を上げる。
それは長く続かなかった。
残り一匹となった。
ただただ、後ろから見ることしかできなかった。
最初に仲間が潰され、次に右手を斬り飛ばされ、首を斬り飛ばされた。
斬られた頭が落ち、地面にコロコロと転がる。
一瞬にして二人の仲間が死んだ。
目の前にいる人は圧倒的強者。
自分は死ぬ。
そう確信したした時、自分が殺される光景が思い浮かび、逃げ出そうとした。
振り返って、腰から上下に分かれて二つとなった。
ジブの戦闘を武刀とアルフィーは後ろから眺めていた。
「ムトウはあれに勝てる?」
「いや無理。あれで魔術一つも使ってないんだよ。自力だよ自力。今のままじゃ無理。身体の枷がなければなんとかなるかもしれないけど」
今の戦闘、ジブは魔術を一切使っている様子が見えなかった。
魔術は使えば絶対に分かるものではない。
しかし、魔術師となって同じ魔術師と戦ってみればある程度は分かってしまう。
魔術師と戦い慣れている武刀からすれば、ジブは魔術を使っているように見えなかった。
それは自力。
ドラゴンであるジブだからこそ、人の姿で人を超えた力を扱えていた。
今で思う。
あれと戦わずにすんで良かった、と。
「周りに他のいる?」
武刀の問いに、アルフィーは首を横に振る。
アルフィーはエルフ。
見た目は幼女だが強く、彼女は現在、精霊に索敵してもらって周りの冒険者、魔物を捜している。
それを常時行っている。
そのため、彼女は極力戦うことはない。
周りに魔物がいないと知り、武刀とアルフィーはジブに近付く。
ジブは右手だけで斧を持ち、振るって斧に着いた血を払い、顔に着いた血を左手で拭う。
「この世界は弱肉強食。だから、ごめん」
自分が殺した魔物を見下し、哀れみの籠った目で呟くように謝る。
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもない」
ジブの言葉が聞き取れず聞いてみるが、ジブは首を横に振りながら言った。
「そっ! それでアルフィー。これ、どうする? というか、なにこれ?」
足元に転がる魔物の死体を指差す。
「ゴブリンという魔物だ。ちっこいが力は強い。少数では弱いが群れれば強い、という印象だ」
「これがゴブリンかよ」
薄汚い魔物がゴブリンだと分かり、武刀は驚く。
「俺の世界のゴブリンとは大違いだな」
武刀のゴブリンの印象は、綺麗好き、人に頼られるという事が好き、力持ち、器用、ぐらいだろうか。
何度も助けられたが、この世界のゴブリンはどちらかというと害虫なのだろうか。
「で、これをどうするの?」
「討伐した証を切り落とす。基本は耳だ。だから右耳を切り落とす。無理な場合は手や足、だな」
「了解」
アルフィーから剥ぎ取りようの短剣を受け取り、骸と化したゴブリンに近付いて右耳を二つ、最初に討伐したゴブリンは潰れて耳が確認できないため右手を切り落とす。
「うへぇ」
ゴブリンから漂う悪臭に、武刀は嫌気がさす。
荷物は男が持つものだが、悪臭が漂うこれを今日一日持つのは嫌気がさす。
それに、入れる袋を持ってきていない。
「ほれ、使うといい」
見かねたアルフィーが、茶色の麻袋を武刀に投げた。
麻袋は武刀の手前で落ち、武刀は麻袋を持ってゴブリン右耳を二つ、右手を一つ入れる。
麻袋は三分の一ほど入り、残りはまだ入りそうだ。
「魔物を狩る場合、こういった準備をしたほうがいいぞ」
「ああ」
武刀は少し、この世界のルールを甘く見ていた。
まあ、知らないという理由もある。
だが、この世界で生きていく以上、ルールは知っておかなければならない。
ここには丁度、この世界のルールを知っている先輩がいるのだから、頼るとしよう。
麻袋を持ち、これをどうしようか悩む。
持ったまま戦うのは邪魔。
戦う際に置いた場合、もしかしたら取られるかもしれない。
それに、この麻袋はゴブリンの討伐した証を入れたことにより、案外良い重さである。
それに、臭い。
だから懐には入れたくない。
最終的に、持つことにした。
魔物とは戦うが、基本はジブ。
戦うのは魔術の試し打ちというのが目的。
ならば、そのときだけ誰かに渡せばいいと考えたからだ。
「早く来い」
「ああ」
先を進んでいるアルフィーに、促され走て追いつく。
ジブはアルフィーの先を進み、泊まってくれていた。
「悪い」
「いやいいさ。ここで集まったことで、今日の目的を伝える。依頼内容は三つ。ゴブリンと村の畑を荒らす獣の討伐、それと薬草の採取。そんなわけで、村に移動しながら薬草を取りながらゴブリンを殲滅しつつ村に移動。帰りは走る」
「了解」
「分かった」
武刀とジブは頷く。
無知な二人だからこそ、ここはこの世界のルールを知っているアルフィーに従うことにした。
「それと、洞窟の中にゴブリンを見つけてもいかない」
付け足すように、アルフィーが伝えた。
「どうして?」
「大抵の場合、その洞窟はゴブリンの根城だ。あとは分かるな?」
「ああなるほど。そういうことね」
理解できなかった武刀だが、アルフィーの説明で理解した。
魔術師でも、家の中には侵入者撃退用の仕掛けがあるものだ。
ゴブリンも生き物だ。
そういった仕掛けはあるはずだ。
こちらは何も準備をしていないし、なんの情報もない。
わざわざ不利な状況で行きたくはない。
「それじゃ、進むぞ」
「「「おう」」」
武刀とジブ、ストリアが声を合わせて三人は進んだ。




