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六十八話

 初めに来た町で、一番偉い人間がいる場所をイリス達は知らない。

 だから、尋ねることにした。

 

「ここで合ってるの?」


「はい」


 答えたのは、目の焦点が合っていない女性だ。

 

 家は上から見ると正方形の壁に囲まれ、一ヶ所だけ門がある。

 それ以上は門から見なければ分からない。

 

 少女に案内させたのは周宇の配下だけど、明らかに幻術では起きないような効果、成果をもたらした。

 

 そのことに気づいても、追及はしない。

 周宇が説明をしようとしてないのが理由。

 ただ、魔術が幻術だけではない、ということを知れたのは幸いだと思っている。

 

「もう戻ってもいいわ」


 告げると、目の焦点が合っていない女性の目が元に戻った。

 

「あれ?」


 さっきまでいた場所と全然違った所にいて、女性は戸惑いながらもさっき来た道を戻って行く。

 

「さて、入ろう。周宇、頼むわ」


「分かりました。頼むね」


「はい」


 周宇の配下のおかっぱの少女は、主に頼まれる事が嬉しくて、頬を赤らめながら頷いた。

 

 イリス達は動き出した。

 門が一つだけあり、二人の見張りが立っていた。

 見張りは武装しているが、そんなことは問題ない。

 

 門の方に向かいながら、おかっぱの少女が魔術を発動した。

 まだこちらに気づいていない二人の見張りだけど、魔術により目の焦点が合わなくなる。

 

 近づくと、二人の見張りがこちらの方を向いて扉を開けた。

 

「「どうぞ」」


「ありがとう」


 イリスは見張りを一目見ず、右肘を曲げて礼を言う。

 そのあとを周宇達がついて行く。

 家の外の庭は草木が綺麗に整えられている。

 そういった人を雇っているからこそ、なのだと思う。

 

 門から石で敷き詰められた道を真っ直ぐに歩き、大きな建物に辿り着く。

 そこは二階建ての家で、とても大きい。

 この規模は別荘クラスになるかもしれない。

 

 顔を上げて家の全体を見て、顔を下げて扉を見る。

 家の規模も大きければ、扉も大きい。

 金を大量に使ったに違いない。

 

 この中に入れば、もう立ち止まることは出来ない。

 中で、悠長に作戦会議をする暇なんてない。

 しかし扉の前でずっと立っているのも怪しまれる。

 だからこそ、イリスは短く伝える。

 

「周宇は使用人を頼む。アルフレッドは一緒に来い。武刀の配下達は夜に仕事があるから今は休め。入るぞ」


 一度も呼吸を入れることなく言い、深呼吸をして扉を開けた。

 扉の開く音が、静かな屋敷に響く。

 その音に長年染み付いた癖か、使用人が急に尋ねてきた来訪者に対応しようとした。

 

 しかし、魔術によって意識は消える。

 

「ここを治めている奴の場所まで案内して」


「はい」


 イリスがメイドに声を掛けると、意識のないメイドは頷くだけだった。

 後ろでは他に意識のなくなった使用人の執事に部屋を案内させている。

 

 メイドが前を歩き、その後ろをイリスとアルフレッドがついて来る。

 

「ここです」


 案内された部屋の前に着いた。

 そこは他の部屋よりも扉の装飾が豪華で、容易に違いが分かる。

 

「旦那様。お客様です」


 メイドが扉をノックして告げるが、反応がない。

 連絡もなく客が来れば、誰しも困惑する。

 だからここは待つ。

 

 待って十五秒もしないぐらいに、入りなさい、という低い男の返事がした。

 メイドが扉を開けると、そこは執務室だった。

 

 机の前には来客を相手するために椅子と机があり、部屋にいた男はそこに移動している所だった。

 

 男は筋肉質で厳つかった。

 座っただけでも、大きいことが予測できる。

 茶色の髪で、邪魔にならないように短く刈り揃えられている。

 

「君は?」


「私?」


 イリスが前に歩き、部屋の中に入る。

 歩きながら、魔術を発動させる。

 発動させるのは、強化魔術。

 肉体が幾重にも強化された。

 

 アルフレッドはイリスが魔術を発動させたの気づきながらも、口では言わずに歩いてイリスの後ろに着く。

 二人が部屋の中に入ったことで、メイドが扉を閉めた。

 

「私はお前の敵」


 直後、男は右手を懐に入れてから短剣を取り出してイリスに右足で踏み込み、突き刺した。

 その動作に無駄は一切なく、普通ならば気づくのに遅れて刺される。

 

 しかし、イリスは既に準備をしていた。

 短剣とぶつかるように、イリスは右足を上に掬い上げるように蹴る。

 短剣が届くよりも先に、足が男の右腕にぶつかって真上に跳ね上がる。

 

 

 

 

 

 その蹴りを男は認識することが出来なかった。

 視界の端に蹴りは見えていた。

 見えていたとしても、気づくのが少し遅れるぐらいだ。

 対応はできる。

 

 だが、できなかった。

 それは速すぎたからだ。

 気づいた、といってもそれは腕に近付いたからであって、それでは対応するのに遅すぎた。

 

 蹴られた衝撃が思いの外強く、強く握っていた短剣を手放してしまった。

 加えて、蹴られた右腕がジンジンと響く。

 それは強烈な一撃を剣で受け止めた時と、同じ感覚だ。

 腕がジンジンと痛む中、右腕は真上に跳ね上がって身体ががら空きとなる。

 

 右腕が痛みながらも目の前の女性を見る。

 女性は蹴り上げた右足を、下していた。

 それは余りにも早かった。

 その動作で次に何をするか気がついた。

 

 右腕を戻すことは不可能。

 身体を後ろに動かそうとしても動く前に蹴られてしまう

 左手を身体の前に出しつつ、身体をなんとしてでも後ろに下げようとする。

 

 だが身体が動くよりも先に、イリスの右足がぶつかる。

 イリスがヒールを履いていたこともあり、その痛みは普通の靴よりも痛みがあり、且つ、それは今まで体験した痛みを遥かに凌駕していた。

 

 胸を蹴られ、身体が宙に浮いて壁にぶつかる。

 壁にぶつかると、浮いていた身体は床に落ちる。

 胸を蹴られた衝撃で肺に入っていた空気は強制的に吐き出され、咳き込みながら空気を吸い込む。

 

 さらにまた、蹴られた。

 いや、踏まれた。

 股間を。

 

「うぐっ」


 突然のことに踏まれ、鋭い痛みを感じた。

 男にとって、股間とは大事な部分である。

 暴行されれでもすれば、不能になってしまう。

 

 しかし、踏まれるのは痛いだけではない。

 適度な痛みがあり、気持ち良くもあった。

 

 女性の表情をを見れば、とても楽しそうであった。

 見るだけで、相手は楽しんでいる。殺そうとはしていない。

 ということが分かる。

 

「なんのつもりだ」


「楽しいから。だって、威張ってる男共が下から見上げるのは最高よ」

 

 女にこんなことをされて、悔しいとは思うが、戦いに負けることは悔しくはなかった。

 女だって魔法を使う。

 男のほうが女より強い、なんて言葉はもう古い。

 

 しかし、相手は魔法を使った感覚はしなかった。

 それなら、高速に動いたことや痛みがあったのは分からない。

 

「貴様は何をした。魔法ではないのか?」


「魔法?」


 その言葉を聞き、イリスの口の両端が釣り上がる。

 

「魔法、ね。面白い事を聞いた。これなら暇潰しになりそう」


 新しい暇潰しが増えて、イリスは喜んだ。

 

「色々と聞きたいこともあるし、ここは地下室とかある? 楽しいこと、しない?」


 妖艶な表情を浮かべると、男の背中がゾワゾワと肌が震えた。

 そして、何が起きるか予想してしまい、思考が鈍る。

 

「あ、ああ」


 これは、男の性なのかもしれない。

 綺麗な女性にそんなことを頼まれては、頷くのは無理がなかった。

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