六十五話
場面が魔術師側に変わります。
武刀達が馬車で移動を始めた頃、イリス達がこの世界にやってきた。
神によって転移して来たイリス達は、どこか見知らぬ森の中にやって来た。
「ここはどこ?」
辺りを見渡しながら、イリスは周りに聞く。
周りは全て、木、木、木。
木しかない。
「聞いてみるよ」
ロリッ子のアルが幼い声で答え、近くにある木に向かって進み、向かい合う。
「ここがどこか教えて!」
木を見上げ、チョコチョコと爪先立ちをして尋ねた。
「うん。うん」
アルは答えては頷き、を繰り返す。
「分かった。ここはテルズムラード大陸、という場所なんだって!」
嬉しそうに答えた。
「えっとぅ……」
イリスが聞きたい言葉ではなかったため、訂正しようにも自分が言ったため言いにくかった。
いつもならば激怒し、暴行を加えるはずだが相手は子供。
それも、笑顔で。
その純粋な笑顔を見て、酷くが汚れている自分と比べてしまい、イリスはダメージを受けた。
それでも尚、彼女は心に痛みを伴いながらも質問した。
「ここから一番近い町を教えて」
「分かった!」
アルは元気よく、不満な顔を一つせずにまた後ろの木の方を向き、喋り始めた。
彼女の後ろ姿を見ていると、アリシアがイリスの変化に気づき、屈んで下から覗き込む。
「どうしたの~」
「なんでもない」
アルとは違う、アリシアの少し不気味な笑顔を見て、正気を保つことが出来た。
そのおかげでいつも通りに接し、断った。
いつからだろうか。
イリスは思う。
自分がこんなに荒んだのは。
イリスは元々はこんなにおかしくはなかった。
こんな性癖を持っていなかった。
ノーマルだった。
だが、気づいたら変わっていた。
相手を嬲ることが凄く気持ちよく、自分に縋って来る様は興奮した。
こん風に変わり始めたのは、魔術師となってからだ。
それもあいつと出会って……。
「大丈夫かい」
イリスが考え事をしていると、アルフレッドが両手を両膝に乗せて屈み、目線を合わせて話しかけた。
アルフレッドもイリスの変化に気づき、話しかけようとした。
しかし、その時にアリシアが話しかけたために、話す機会を失ってしまった。
それでも心の中でイリスのさっきの変化に違和感があったアルフレッドが話しかけた。
アルフレッドから話しかけられ、イリスの脳内にアルフレッドとの思い出の数々が思い浮ぶ。
それは初めに彼と会った時、言われた言葉。
『僕の女王様になってくれないかい?」
キザっぽく言うが、その中身はただの変態だったのを覚えている。
「お前のせいかァァッ!!」
左足を軸に、イリスは右足でアルフレッドの太股を後ろから蹴る。
「ア゛ア゛ァ」
酷く気持ち良さそうな声を出し、気持ちの悪く見せられない、上気させた顔をするアルフレッドは後ろから蹴られた衝撃で、地面に顔から倒れ込む。
倒れ込んだアルフレッドは、お尻を上に突き上げるようにして倒れていた。
顔は横にし、見えているがそれが酷く残念だった。
顔が整っているアルフレッドだが、今の顔はドン引きするほどに酷かった。
その顔が、さらに酷く歪んだ。
イリスがアルフレッドのお尻を、右足で踏んだからだ。
「お前のせいで、私は」
徐々にイリスは気分が高揚し始める。
それに呼応するように、アルフレッドのお尻を踏む右足がグリグリと左右に動かし、力も強くなっていく。
「場所が分かっ……ッ!!」
丁度その時、アルが近くの町が分かったため教えようと振り向いた時、イリスとアルフレッドの衝撃現場を見て、驚いた。
「場所が分かったの?」
イリスはアルフレッドのお尻を踏む右足をグリグリと、左右に押し付けながら動かしつつ、尋ねた。
「う、うん」
アルはイリスの顔を一度見て、頷こうとして途中で止まり、倒れているアルフレッドを見てまた視点を上げて頷いた。
意外なほどに、アルは動揺を見せなかった。
「場所は?」
「ここから──」
アルは近くの町の方角、掛かる時間、教えた。
そう、この森を出てたら見えるの。
時間は……。
イリスは空を見上げる。
頭上には葉っぱが生い茂り、視界が遮られている。
それでも僅かな隙間から、空が見える。
しかし、イリスが求めているのは太陽であり、それが見えることはない。
大体の時間が分からない。
けど、早めに動いたほうがいいか。
考えが纏まり、イリスは右足で踏んでいるアルフレッドのお尻を、サッカーボールのように蹴り上げた。
「アヒィン!」
アルフレッドは蹴られ、まるで暴行された犬のような声を上げて恍惚の表情を浮かべ、身体が一瞬だけ宙に浮き、うつ伏せに倒れた。
「動くよ。全員準備を……」
周りにいる仲間に呼びかけながら、捜すと、いた。
真後ろで大きな円形の机があり、机の上にはお菓子と紅茶が人数分置いてある。
机の近くにはパラソルが立て掛けられ、上から落ちてくる葉っぱが入らないようにしてある。
そこにいるのはさっきまで会話に参加しなかった面々、イリスとアルフレッド以外が座っていた。
さっき呼ばれたであろうアルも、周宇の配下から紅茶を貰っていた。
「行くよ」
「待ってください。まだ飲み終えていません」
周宇は紅茶を飲むのをやめて、断ってからまた飲み始める。
「お前らは……」
イリスは自由気ままに動く仲間に、イリスは右手で頭を押さえてため息を吐いた。
言うことを聞いて欲しい、とイリスは何度も思った。
しかし、こいつらは聞かない、というのは一番理解している。
だからこそ、自分だけはいつもの調子ではいけないと自覚している。
そのストレスが、今のイリスを形作っている一つでもある。
イリスは右手を頭から離し、机のほうに近付く。
すると、突然椅子が近くに現れた。
その椅子にイリスは座り、足を組む。
「私にも一杯頂戴」
待つのが暇で、紅茶を注文した。




