五十八話
武刀の役目は前から来る魔物を殲滅することである。
それが、思いのほか難しい。
何故なら、馬車で移動しているからだ。
馬車は馬によって動く。
馬は生き物だ。
そして、馬は魔物に怯えやすい。
それは人だって同じだ。
村人は武器がなければ、魔物の脅威に怯えて生活する。
馬は怯えると、移動しなくなる。
それは自分達にとって死を意味することであり、馬が怯えないようにかなり遠くで倒さなければならない。
さらに、問題が一つある。
馬車は魔物の襲撃によって、いつもより速く移動している。
そのため、馬車は凄く荒れている。
投げ槍をするにも足場が安定しないせいか、投げることもままならず、武刀は胡坐を掻いて槍を投げている。
それでは本来の力がでないが、魔術と魔法の強化により無理矢理投げている状況だ。
ただの力技である。
それでも投げ槍では、魔物が多くて対処できないときがある。
その時はストリアの水魔術の助けがあって、なんとかなっていた。
数が多い。ゴキブリかよ。
槍を投げては戻し。投げては戻し。を繰りかえす。
強化された膂力によって、魔物は一撃で貫かれて絶命する。
しかし、湧いて来る。
それもとめどなく。
両肩の上辺りに、二つの水の槍が生成される。
ストリアの魔術だ。
水の槍は魔物に狙いを定め軌道修正し、放たれる。
槍は二つとも、魔物に命中する。
しかし、まだ魔術の無駄な工程が多いのか、絶命するまでに至らなかった。
それでも身動きを封じることはできた。
「このままじゃジリ貧だな」
現状を見て、武刀が呟く。
今のままなら、なんとかなる。
しかし、もし何かしら緊急事態が起きたら?
少しのミスを犯したら?
それだけで今の状況を悪化させる。
武刀は理解している。
今がギリギリだと。
「手伝おうか?」
後ろからアルフィーの声が聞こえた。
それが今の武刀には、女神のように思えた。
「助かるが、そっちはいいのか?」
振り返り、アルフィーの持ち場を見る。
右側は燃やし。
左側は洪水と暴風と……あと一つは何か分からないが、えげつないことをしているのは分かる。
「あれは、その、なんだ?」
精霊を見て、武刀は呟く。
「あとで話す。それよりも今は、だ」
アルフィーが武刀の左に並ぶ。
「分かってる、やるさ。ジブ、少しだけ時間を欲しい。どでかいのをかます」
「どれくらい必要だ?」
「一分もあれば十分」
「分かった、引き受けよう」
アルフィーは頷くと、右手を前方に向けて魔法を放つ。
彼女が時間を稼ぐ中、
「ストリア。頼みがある」
「何?」
「俺が今からストリアの魔術回路に触れて、発動してほしい魔術回路を教える。だから、俺の代わりに魔術を発動してくれ。できるか?」
魔術回路にどんな魔術があるかは、本人にしか分からない。
それは自分で魔術回路を刻むからである。
しかし、無理矢理魔術を刻まれたストリアには分からない。
そのため、森で魔術回路を教えるとき、全ての魔術回路を起動してみせた。
他人からでは本人の魔術は発動できないが、魔術と発動させるのに必要な魔術回路を教えることで、憶えていく。
武刀はそれを今ここでやろうとしていた。
「やってみる」
了承を得て、ストリアの魔術回路を探る。
既に肌と接しているため、わざわざ手で触れる必要はない。
ストリアの魔術回路は一度見ている。
それを武刀は忘れておらず、一瞬にしてストリアに教えた。
「これは……」
水の槍の魔術よりも、武刀が希望する魔術は難易度が跳ね上がる。
そのためストリアは魔術を知って、自分は発動できるのか、と焦る。
この状況で失敗は許されない。
それは感情があまり理解できないストリアでも、今の切羽詰まった空気は理解していた。
「できるか?」
「やってみる」
それでも武刀が信頼してくれるからこそ、ストリアはそれが嬉しくて頑張りたい、という気持ちが湧いて来る。
武刀は右手を真上に伸ばす。
あとは、ストリアが魔術を発動するのを待つだけ。
魔術を始めたばかりで、この魔術を使うのは少し申し訳ないが、今の場合はしょうがない。
それに、時間もある。
失敗してもいい。
だから、
「頑張れ」
一度、二度、三度、失敗する。
失敗するたび焦り、さっきまでのように魔術が発動しない。
自分のせいで危険なことが起きてしまうのではないか、と考えるとより一層焦る。
そして、自分ではできないのではないか、と思い込んでしまう。
不安になってしまう。
何もできない、取り柄のない私だ。
失敗する、と思い込んでしまう
そうなると、魔術を発動することすらできなくなってしまう。
その時、
「頑張れ」
武刀の声が聞こえた。
その一言で、ストリアは励まされた。
そうだね。やらないと。私も活躍しないと。
武刀に教わった魔術回路を、もう一度、同じようになぞる。
ゆっくりと、そして確実に。
ストリアから伝わって来る。
魔術が成功した、と
武刀の右腕にストリアの身体の紐状の一部が伸びて、右腕を覆う。
「天槍雷雨≪てんそうらいう≫」
右腕から、魔術により生まれた水の弾丸が、空に放たれた。
それは雲をも突き破り、穴を開けた。
誤字脱字あったら教えてください。確認はしてるんですが……




