五十六話
それは突然だった。
談笑していると、アルフィーの表情が険しくなった。
「それ、本当?」
傍から見れば、何もない空間に誰かと喋っているようだ。
しかし、その表情は険しい。
ただならぬ事が起きている、と考えてしまう。
「うん、分かった」
「何が分かったんだ?」
「魔物の襲撃」
その一言で空気が変わった。
「数は? どこから? 距離は?」
「数は分からない。ただ、範囲の中に入って来たから伝えに来た、と精霊が言ってる。それも、ものすごい数と」
一旦整理する。
数は大量。それで範囲に入ったっから伝えた、と。
そうなると、魔物はまだ遠いことになる。
「どこから来る?」
「それが……」
アルフィーは言いにくそうに、顔が歪む。
「どうしたんだ? 言ってくれ」
「全方位」
それを聞いて、武刀の顔が引き攣った。
「アルフィーは御者に知らせてくれ。魔物が襲ってくると」
「分かった」
武刀に指示され、アルフィーは御者の方に向かう。
「どうする?」
ジブが真剣な表情で聞いて来る。
どうするか? それは決まっている。
「逃げる!」
断言した。
全方位から襲ってくるのに、迎撃しよう、とか馬鹿なことは考えない。
そんなことを考えるのは、アホと馬鹿だ。
強者だからといって、全ての戦いに勝つわけではない。
負けることも必要なときがある。
それが今回だ。
「戦わないのか?」
「戦いはするさ。ただ、目的を忘れちゃいけない。俺たちは街に行かないといけない。そのためにも、この馬車は欠かせない、まあ、馬には迷惑をかけるがな」
武刀はそう言い、、立ち上がる。
「何をするの?」
「上に行って警戒。それと、アルフィーが戻って着たら来るように伝えてくれ」
槍を持って二つの強化を発動し、馬車の上に登る。
登って胡坐を掻き、周りを見る。
左は森、右には森とは呼べないが、ぽつぽつと木があり隠れることはできるが、大群ならば不可能だ。
しかし、魔物は見えない。
可能性は三つ。
一つ目は、右が少数か。
二つ目は、離れすぎて見えないか。
三つ目は、魔物が隠れるのが上手い。
できれば、一つ目であってほしい。
周りを確認し、正面を見る。
道は真っ直ぐと、ときどき曲がったりする。
町との距離が馬車で七日。
今は四日目。
救援や助けが来たりするのは、可能性としては低い。
そもそも、あまり魔物が強くない村の方に方に行くとは考えられない。
なら、自分たちでなんとかするしかない。
考えていると、アルフィーが登って来た
。
周りから風が巻き起り、浮いているように見えた。
「空も飛べるのか」
「少しだけだがな」
その少しでも十分だと思うけど。
アルフィーが横で立つ。
馬車は揺れて、普通ならば転びそうになるはずなのに、アルフィーは身体が一切微動に揺れていない。
「それで、何のようだ? ジブから聞いたぞ」
「ああ。まあ、話し合いだな。考えの統一だ。目的が噛み合ってなきゃ、酷いことが起きるし」
「なるほど。で、ムトウはどう考えている?」
「俺は逃走」
「うむ」
アルフィーは呟きながら頷く。
「妥当だ。魔物は多いし、全方位から襲ってくる。こちらは四人で守りながら戦わないといけない。これが、こちらの数が多かったり守る物がなければ、討って出るんだが」
「目標は一緒。それなら、何を最優先にしないといけないか分かるだろう?」
「ああ、前方から来る魔物を一掃だな」
逃げるには、進む道は一つ。
前だけだ。
そうなると、前に出てくる魔物が一番邪魔になる。
左右や後方から襲ってくる魔物も大事だ。
しかし、逃げなければどっちみち襲われてしまう。
生き残るには、前の魔物を消すしかない。
「そうだ。それで、前方から来る魔物は俺とストリアが担当する」
「まあ、そうだな」
アルフィーは武刀の戦い方を知っているからこそ、頷いた。
武刀の戦い方はただ一つ。
槍を投げること、ただそれだけ。
その戦い方で一番効率良いのは、前を担当することだ。
「アルフィーは左右を担当してもらっていいか?」
彼女は魔法を使う。
多分、今の武刀よりかは強いかもしれない。
それに、彼女の手札を全て把握しきれていない。
だからこそ、重要な役を任せることにした。
「いいぞ。そうなると、後ろはジブ、ということか?」
「ああ。ジブは……囮だ」
武刀は苦渋の決断をし、一番生き残る可能性を決めた。
そして、絞り出すように言った。




