五十五話
二日、三日と、何もなかった。
そして四日目になった。
四日にもなれば馬車の移動にも慣れた。
二日目は、凄く大変だった。
初日はずっと寝ていたから良かったが、二日目は起きていたため地獄だった。
理由は揺れだ。
日本なら道路はある程度整備され、平らだ。
しかし、街道は整備されているとはいえ、馬車が動くために邪魔な物を取り除いただけで、平らになったわけではない。
移動手段の車とは大きく違い、馬車は大きく揺れて酔った。
二日目は胃の中にある物を全て吐いたが、それでもまだ吐き気は治まらなかった。
横になって休みたいが、枕担当のストリアは夜番で疲れて眠っている。
枕担当がいなくて困った武刀は冗談で、
「アルフィー。膝枕して」
普通なら、断るだろう。
しかし、弱っている今ならチャンスがあった。
こんなチャンス、見逃すわけにはいかない。
弱っていながらも、悪知恵は働く武刀であった。
「何を言ってるんだ? するわけないだろ」
予想通り、アルフィーは断った。
だが、言ったあとで弱った武刀を見て、アルフィーは良心が傷んだ。
その隙を、武刀は見逃さなかった。
「駄目、か」
吐き気に堪えながらも、笑顔で聞く。
「ぐっ」
傷んだ良心がさら傷み、アルフィーは最終的に折れた。
「しょうがないな。来い」
アルフィーが女の子座りをし、空いた膝をポンポンと叩いた。
「ありがとう」
武刀は申し訳なさそうに言った。
内心では。
おっしゃあああッ!!!
ガッツポーズをしながら吠えた。
アルフィーの膝まで武刀はゆっくりと近づく。
近づきながら、なんて言って横になればいいか、分からなかった。
ストリアならば、なんとも思わない。
それはいつもしてもらっているため、何も言わずに横になっている。
しかし、アルフィーに膝枕してもらうことがあまりなく、戸惑ってしまう。
だが、それはアルフィーも同じで膝枕なんてする機会が全くないため、初めてするためそわそわしていた。
それに気づくことなく、武刀は考えている内にアルフィーの膝まで来て、頭に思いついた言葉を言った。
「し、失礼します」
「う、うん」
まるで、付き合いたてカップルのような感じの二人である。
一言言い、武刀はアルフィーの膝枕で横になる。
ストリアの膝枕と違って、ひんやりとはしていない。
まあ、エルフのアルフィーとスライムのストリアを比べること自体が違うのだろう。
アルフィーはエルフのため年上だと思うが、見た目は幼女だ。
膝枕が小さくて頭が収まらず、少しはみ出た。
しかし、アルフィーの膝枕は言葉では表す事のできない背徳感があった。
あれ? 傍から見ればこれ、危なくない?
とある事実に、武刀は気づいた。
アルフィーに膝枕してもらい横になったことで、ある程度気分が楽になった。
目を瞑ると、いつの間にか眠ってしまった。
眠った武刀に、アルフィーは髪の毛を撫でた。
三日目は二日目と比べると吐き気はあるが、そこまでない。
しかし、ここは甘えよう。
次はジブにお願いした。
「う、うん。いい、よ」
ジブは少しどもりながら答えた。
どもっているのが、気持ち悪いから、という理由ではないことを願いたい。
ジブの膝枕はアルフィーと比べると、頭がすっぱりと収まり、安定した。
眠ると、ジブは何をすればいいか焦った。
そして四日目、だいぶ楽になった。
「あんな気分はもうこりごりだ」
二日間も吐き気に悩まされた武刀は、楽になったことで鬱憤を吐き出した。
それを聞いたアルフィーがいたずらな笑みを浮かべ、
「膝枕のことか?」
わざとらしく聞いた。
「いえ、あれは最高でした」
武刀は拝みながら言った。
「膝枕?」
夜番に慣れず寝ていたストリアが、聞いた。
「弱っていたムトウを私達が膝枕をしたんだ。な?」
「うん」
アルフィーがジブに聞くと、彼女は頷いた。
「ムッ!」
そのことにストリアは、少し不満に感じた。
彼女はいつも、そういうことを求めらていた。
だからこそ、彼のためにやっていた。
しかし、その役目を取られた、とストリアは思っていた。
ストリアが初めて不満そうな顔をしたのを見て、アルフィーは慌てつつもフォローを入れた。
「その時はストリアが寝ていたから、私達に頼んだだけだぞ」
「そうなんだ」
ストリアはホッと、安心した。
いつも感情を露わにすることが滅多にないストリアが、今回不満な顔を見せた。
それにアルフィーは、いつもではないことに焦ってフォローを入れた。
二人の会話を見て、武刀は思う。
ジブと違って感情というものがなかったストリアが、少しづつ感情を露わにしてきた。
それは凄く良い兆候だ。
アルフィーが不満な顔をしたのも、会話から聞くに膝枕を取られたからだろう。
いつも頼んでいたからな。
武刀の考えは合っていた。
ストリアは自覚している。
アルフィーは魔法について詳しい。
ジブはドラゴンで強い。
二人とも頼りになる。
なら自分はどうだ?
自分はスライムだ。
強くもない。
頭が良いわけでもない。
なら、自分は何の役に立つ?
武刀からは、いつも枕として求められた。
なら、それが自分の役割だ。
ただ、武刀はスライムが柔らかいからこそ、枕として求めていた。
それは他のスライムでも十分なのだ。
武刀は思う。
凄く良い兆候だ。
だから、枕だけじゃなく、他のことにも自信を持ってほしい、と。




