三十三話
蛇。
それはイリスが好んで使う形の一つ。
彼女の魔術は、鞭で触れた物の形を変える魔術。
一見、簡単そうに見える魔術だが、イリスは敵の魔術すらも乗っ取り、自分の物にしてしまう。
それは相手の術式を自分で瞬時に書き換え、形や大きさも変えることから難易度としては遥かに高い。
また、この魔術は鞭に付与した魔術回路から発する魔術であり、イリス・ミュラーの血統魔術ではない。
二匹の大蛇により、神は肉体を噛み千切られた。
イリスの魔術により生み出された大蛇は、役目が終えて霧散し、風となる。
「あっけないわね。神様だし、もうちょっと強いと思ったんだけど……」
「これはあれじゃないかな? やったか!? というのじゃないかな?」
「何それ?」
「前に武刀君と共闘した際に、言ってたんですよ。敵を倒したと思っていたら生きていた、と。それも強くなったり、無傷だったり。ほらやっぱり」
アルフレッドが指差した先には、さっきまで神がいた場所だ。
そこには、たしかに神がいた。
ただし、無残な姿で。
神は両側を大蛇に噛み千切られ、右腕と右頬、左腕と左脇腹、両足がもがれていた。
「死にはせん! まだ死ぬわけにはいかんのだ!」
生きていた神は吠え、足元に魔法陣が生まれた。
魔法陣から流れ込む呪いが、神の肉体を染め上げる。
破損した肉体に呪いが満ちると、神に異変が起きた。
身体の破損した部分からぶよぶよとした肉が溢れ、巨大化する。
それはもう、人とは呼べるものではなくなっていた。
大きさは十メートル以上。
身体はぶよぶよとして垂れ、それが脂肪かゴムのように見えた。
さらに、身体の至る所から腕が生え、頂上には身体と繋がっている神の姿が見えた。
「ふははははははは。吾輩のこの姿を見た者は全員死ぬのだ!」
生き生きとした顔で、神は言う。
だが、逆にイリスは悲しそうな者を見る顔をしていた。
「そんなこと、既に織り込み済みなのよ。お前はもう死んだわ。私が手を下す必要はない」
イリスは神に無防備な背を晒し、去っていく。
それを見過ごすほど、神は甘くはなかった。
「ならば、死ねィ!」
身体の至る所に生える手から、小さな魔法陣が浮かぶ。
魔法陣は一つ一つは小さくても、集まれば強大な力に変わる。
加えて、神という存在だ。
その魔法の威力は計り知れない。
魔法陣から生まれた魔法は、全て、イリスに向かって放たれた。
色とりどりの魔法はイリスの背を狙うが、途中でまた、方向が変わった。
「さっきよりも凄いよ!!」
アルフレッドの魔術により、全ての魔法が彼の元に向きを変え、進んでいく。
だが、その魔法全てが迎撃され、爆発が起きた。
それは、たった一つの斬撃であった。
横に振った剣から斬撃が生み、その斬撃は空を斬って魔法を迎撃したのだ。
「すみません。遅れました」
斬撃によって魔法を全て迎撃したのは、ヴァルだった。
スーツ姿とは打って変わり、今の姿は騎士に変わっていた。
それも顔を晒し、背からは白い翼が生えていた。
右手には剣を持ち、左手には丸い盾を持っていた。
ヴァルが遅れたのは、装備を取り出すのに手間が掛かったからだ。
いつもならすぐに終わるのだが、ここは異世界。
いつものようにいかず、杏氏のサポートがあって、今、この場に駆けつけることできた。
出来た。出来たのだが、彼女は不運だった。
「そんなーーー!!!」
とある男の願いが叶えられることが出来ず、叫んだ。
善意で助けたが、その助けた相手がドMなのだ。
「え!?」
助けたのに悲痛な叫びが背後から聞こえ、ヴァルは思わず振り向いてしまった。
そして、ヴァルは思い出した。
助けたの相手が、ドMだということを。
「あの、助けなかったほうが良かったですか」
こくり、と涙目になったアルフレッドは頷いた。
「分かりました。次はそうします。その次が来ましたけど!」
ヴァルは直上した。
直後、全方位からアルフレッドに魔法が襲い掛かり、爆発に飲み込まれた。
「さいっっこう!」
アルフレッドは叫び、その叫びは爆発によって掻き消されていく。
アルフレッドの魔術により、引き寄せられた魔法をヴァルは躱しながら真上に飛び続け、魔法が自分の周りから消える頃には神よりも上にいた。
神の元に行くまで、邪魔をするものはなにもないように見える。
だが、ヴァルは警戒しながらも試しに剣を振る。
直後、剣の刀身に描かれた魔術が起動した。
振った剣の跡をなぞるように、斬撃が空を切り、神を襲った。
が、それは何かぶつかって、霧散した。
「ふっ。吾輩の障壁の前には全てが無意味」
嘲笑うように、神は言う。
ヴァルは神に言われやっと、止められたものが障壁だということが分かった。
気づくのが遅れたのには、理由がある。
それは、障壁という盾は魔術師やヴァルの世界では、役立たず、という烙印が押され、使われなくなったのだ。
どうして使われなくなったのかにも、理由がある。
障壁があった時代と、今の障壁がない時代を比べると、一つの違いがある。
それは、銃。
ヴァルの右手に持つ、剣を基礎としたタイプの他にもいろんな物がある。
槍、本、弓、杖、そして、銃。
その銃を扱う者が一人、ここにいる。
遥か遠くから、デカい的に変わり果てた神を狙っていた。




