三十一話
夜になると、学校は薄暗くなって不気味に感じる。
それにより人が来ることはあまりない。
だが、悪戯目的で来る者がいたりする。
そのために、学校には警備員が巡回していたりする所がある。
武刀が転入した学校も、警備員がいた。
が、こちらには魔術がある。
おかげで警備員を無力化することができ、目的地であるクラスに入ることができた。
クラスの中にはあるはずの机や椅子が、全くといっていいほどない。
「すっからかん? みたいですね」
「みたいだね~。いえ~い」
アリシアがだだっぴろい教室に飛び込み、解放感に浸っていた。
「杏氏。頼む」
周宇が名を呼ぶと、いつの間にか周宇の近くに美女がいた。
彼女は一直線に、迷うことなく進み、教室の中央で止まった。
「ここにあります」
「そうなんですね。全員に見えるよう、目視化できるようお願いします」
「分かりました。主」
屈んで膝を地に着け、両手も地に触れる。
手の触れた部分から広がるように、見えなかった魔法陣が赤く染まっていく。
魔法陣は教室に入るぐらいの大きさだ。
「ありがとう。杏氏」
「いえ」
「本当に魔法陣。行き先はどこか分かる?」
イリスが周宇に尋ねた。
「杏氏、分かるかい?」
「見てみます。……これは……」
「何か分かったのかい?」
「いえ、その、分かったというか」
杏氏は戸惑った顔をしながら、言うかどうか迷っていた。
「分かったのなら言ってごらん。今は何が何でも情報が欲しいからね」
「分かりました」
主に言われ、杏氏は喋ることにした。
「この魔法陣を一目見た感想として、無駄が多すぎる、と思いました」
「無駄? とはどういうことだい?」
「転移するのに必要な部分が、ほんの一部しかないです。いらない部分のせいで、複雑な形をしています」
「そう。で、行き先が分かるかい?」
「そう、ですね。場所の設定は……知らない所ですね」
「それってどういうこと~」
部屋の中でクルクルと舞っていたアリシアが、立ち止まって身体を斜めに傾けて質問した。
「見た事ない場所に設定されています。なので、私が知らない所になります」
「そうかありがとう。周宇の契約者のおかげで、分かったことが二つある。一つ目は転移魔法陣の設定が知らない場所ということ、二つ目はその魔法陣が拙い、ということ。それでアルフレッド、理由は分かる?」
後ろにいるアルフレッドに話を振る。
「ん~そうだねー」
長い金髪を手で払い、考える。
その動作が一々キザに見える。
「魔術師の腕が拙かった、とかかな?」
アルフレッドが答えると。
「そんなわけあるか!」
「理不尽!!」
アルフレッドの側頭部に蹴りが入り、吹き飛ぶ。
吹き飛んだアルフレッドはきりもみし、顔面から着地する。
「凄く、良かった……」
尻を突き出した状態で倒れているアルフレッドが、身体を震わしながら呟くと、そのお尻にイリスの右足が突き刺さる。
イリスの足は、学校であるはずだが靴を履いている。
そして、その靴はハイヒールだった。
ハイヒールの踵が尻の穴に突っ込まれ、またも喘ぎ声が上げている。
男の気持ち悪い喘ぎ声が部屋に木霊し、誰もがそれを無視しBGMとなる。
その裏で、武刀が契約した人外である小学生の耳と目を、中学生と大学生が塞いでいた。
「武刀の秘書、えっと、ヴァル、でしだっけ? 質問良い?」
「何でしょう?」
「今の空間魔術を生み出した、というか作り出したのは貴方の主よね?」
「はい。そうです」
その武刀がこの魔術を生み出した理由は、邪な理由。
他の人外っ娘に会うのに、時間が掛かるじゃないか! と憤慨した武刀が昔あった転移魔法をアレンジして生み出した。
「ならその武刀は、転移魔術を教えた者はいるか知ってる?」
「私が知る限り、教えたのは周宇さんしかいないと思います」
「どうしてそんな凄い魔法を周宇だけに……」
事実を知ったイリスは悔しがる。
イリスは過去に、武刀に空間魔術の魔術回路を教えてくれるよう、頼んだ。
だが、断られたことがあったのだ。
「えっと、確か主が言うには、同胞だと」
「そういえば周宇も人外好きだったか」
「人外好き、と一括りにしないでください。私は死体が好きなんです。綺麗なままの状態の人間が。衰えて醜くなった存在に慈悲なんてものを与える必要ありません」
「武刀もそうだけど、この似た者同志達は」
いつも大人しい周宇が熱弁している姿を見て、イリスは呆れて右手で目を覆った。
「話が逸れてるよ~」
話が進まなくなった様子を見て、アリシアは口添えした。
「そうだな、話を進めるとしよう。私が言いたいのは空間魔術を現在扱えるのは二人。武刀ともう一人、周宇だけ。ならここにある魔術はこの世界の人間じゃない、ということになる」
「それはあれかな~? 神降ろし的なやつかな~。だ、け、どぅ、あれは武刀君がいたからできたんだよ~」
昔あった出来事を、思い出しながら話す。
「あれはそう。で、神様の力を借りたからこそできた。だから今回も、もしかしたらそういった線の可能性がある」
「神様か~。こりゃまた強敵だね~」
「神の肉体は死体になるんでしょうか?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア」
「戦う前提の話になってる」
イリスは戦う前提の話が先が思いやられ、頭を抑える。
「だけど、神を痛めつけてみたいな」
獲物を仕留める前にのように、唇を舌で舐めた。
そこでふと、ヴァルの事情を思い出した。
「ヴァルは大丈夫? 元は神に仕えていた身でしょ?」
「私の今の主は神ではないので、大丈夫です」
ヴァルは顔色一つ変えずに言う。
だが、
「私は断固反対!」
武刀の人外である中学制服を着た少女が、声を上げる。
「けどまあ~、どっちみち武刀君を助けに行くには~、その本人の元に会いに行く必要
があるよね~」
「それは……」
「というわけで~周宇君~!」
「分かりましたよ。杏氏」
「なんでしょう?」
「魔術を起動してください。私達も移動します」
「了解です」
杏氏は頷き、しゃがんで魔法陣に触れる。
胸の真ん中にある転移魔術の魔術回路が光、共鳴するように魔法陣が光る。
「やります」
声を発した直後、皆の姿が消えた。




