二十五話
ジブラリアが、人の形となって倒れている。
ただし、それは本当の人ではない。
真っ黒の竜が、そのまんま人になったような感じだ。
真っ黒な髪をゴムで後ろで一つに纏めてある。
顔はドラゴンのときと違って愛着が湧くような、可愛らしい感じになっていた。
身体は大人のように大きくはないし、そんなに幼くもない。
高校生よりも、幼いぐらいだ。
「これは、ある程度想像できた感じに仕上がったな」
「私はちょっと予想外だったな~」
俺の横からアルフィーが顔を覗かせ、反対の意見を言う。
「どうして?」
「だって、人には見えないし」
アルフィーの言う人には見えない、という意味は、きっと人そのものではない、ということなんだろう。
ストリアも、言い方を変えれば人のように見える。
「人になる、といっても元は魔物だからね。それはしょうがないよ。まあ、人に近い形にはなれるけど」
「人に近い形?」
「ああ、今のジブラリアみたいに、短剣の呪いで人の形しかならないけど、それは人の世界で生きるには不都合だから、短剣を改良して人になるようにしたよ」
ふ~んそうなんだ。けど、驚きだな。ジブラリアがまさか雌だとはな」
半分本気に半分疑いながら頷いていると、倒れていたジブラリアがゆっくりと起き上がった。
ジブラリアは頭を右手で押さえている。
しかし、大切なことが一つある。
それは彼女が、衣服を着ていない、裸ということだ。
胸やお腹の部分だけは鱗で覆われておらず、肌が白い皮で大事な部分が色々と露わになる。
けど、両手でその大事な部分をきっちりガードしていた。
「くそっ! 何が……」
「おーい、裸だぞー」
一応、忠告しておく。
「は? 何を言って……」
彼女は頭を下げて、自身の身体を見る。
「──」
声にならない叫びをあげ、また倒れた。
「あ、倒れちゃった」
その様子を見ていたアルフィーが、起きたことを全て言った。
「しょうがないよ。なんせ、ドラゴンだったのに人になってるんだから。自分が違う生き物になったことを考えてみるといいよ」
「それは……」
別の所を見て、考え込んでいる。
「たしかにそれは驚くな」
「だろ! だからしょうがないんだよ。あとは、服だな」
「服?」
「だって何も着てないし」
「私は替えは持ってないぞ」
「マジで! そうなると……」
極力この手段は使いたくはなかったが、使わざるを得ないな。
横にいるストリアの頭に、手を置く。
「すまんが、彼女の肌を見えないようにしてくれないか?」
「分かった」
ストリアは静かに頷くと、ジブラリアに近付いて肌を覆った。
それは濃い青色の服のようにも見えた。
「スライムって、便利なんだな」
アルフィーは、心に思ったことを言う。
そして俺も、
「スライムはやっぱり、世界共通なんだな」
頷きながら、呟いた。
橋には、ジブラリアが現れて以来、魔物が現れることはなかった。
そのため、ジブラリアが目覚めているのを待ちながら、魔物が現れていないせいか、気が緩んでいた。
「アルフィー、待つのも暇だしここから抜け出す方法を考えないか?」
「そうだな。そうしよう」
アルフィーも待っているのが暇なのか、頷いた。
「俺はここから帰る方法を三つ考えてある。一つは転移魔法でここから帰る方法。それでアルフィー、転移魔法は使えるか?」
「問題ない」
「そうか。なら帰れるな」
アルフィーが使えることに、ほっと息を吐き、安心した。
「それは無理です」
安心した直後、服となっていたストリアが上半身だけを姿を晒し、否定した。
「どうして?」
突然否定されて、ストリアの方に向いた。
「ここには、転移封じの魔法陣があって、入ることはできても、出ることは出来ないんです」
ストリアはぎこちなく答えた。
「無理か。なら、二つめの方法は階段を登ることだが……」
視線の先には、巨大な門番がいる。
それをストリアも見て、意味が分かった。
「あの門番は、入る者は赦すけど、出ていく者には立ちはだかる」
「なるほど。入口があって入れるけど、出ることができない、ということか。そうなると、三つ目の方法、降りていく方法だが……」
嫌な顔をし、歯切れが悪く言う。
「どうした? どうしてそんな嫌な顔をしている?」
俺の顔を見ながら、アルフィーが首を傾げている。
「だってさ、ここより下はスピアとの前に戦った魔物よりも強いんでしょ?」
「それは当たり前だろ。どうしてそんなに嫌がるんだ?」
それが、アルフィーには理解できなかった。
アルフィーにとっての武刀のイメージは、戦うことが好き、というもあり、理解できなかった。
「えっと、俺さ、魔導書がなくなったから、魔術、使えないんだよね」
苦笑いを浮かべながら、アルフィーを見ないためにも顔を逸らしていた。
「え!?」
そしてアルフィーも、どうして嫌な顔をしているのかも理解した。
「もしかして、あの時か?」
武刀が、スピアに最後の一撃を与えた時のことを思い出した。
あのとき、スピアに痛手を与えたのと引き換えに、魔導書が燃えていたのが思い出した。
「あの時?」
アルフィーの言う、あの時、というのが俺には分からなかった。
「魔導書が燃えた」
「ああ、うん。それ。それで俺は魔法は使えるけど魔術は使えないから、戦えないんだよ」
魔術を使えば一人前。魔法を使えば半人前。それが俺。
「まあよい。私がやるとしよう。そういえば、他のスライムを使役しているような言い方をしていたが、いるのか?」
「うん、そうだよ」
隠すような素振りをせず、答えた。
なんせ、特に隠す内容でもなかったからだ。
「そのスライム、ここに呼び出したり出来ないの?」
「呼び出せたら、こんなに苦労しないよ」
そのスライムは、この世界にはいない。
元いた世界にいる。
もし呼び出すことができたら、元の世界にだって帰れる。
呼び出すには、身体にある魔術回路が必要。
そしてその魔術回路は、枷があって使用できない。
結果、出来ない。ということになる。
「それは残念だ。なら、私だけ……いや、ジブラリアもいるじゃないか!」
良い案を思い浮かんだ、という感じでアルフィーが声を出した。
「ジブラリアも戦わせる、てこと?」
「そう。だって元は竜。強いじゃないか
」
「うん。それは構わないが良い奴、とは限らないぞ」
「どういうこと?」
アルフィーは意味が分からず、首を傾げている。
「この短剣で刺された魔物は、俺に危害を加えることが出来なくなる。お・れ・に・は」
重要な部分を強調し、分かるように伝えた。
それが功を奏し、アルフィーは何度も頷いていた。
「なるほど。ならまずはジブラリアを起こさないと話が進まない、ということか」
「そういうことだ。ジブラリアさんやーい。起きろー」
ジブラリアの真横でしゃがみ、頭を右手の指先で何度も突く。
指で突く度にジブラリアの頭が揺れる。
「ううん……」
何度も突いたせいか、ジブラリアが目を覚ました。
「お! 目を覚ました」
「起こしたんだろうが」
「そうだけど、起こさないと話が進まないからね~」
目を覚ましたジブラリアは、ゆっくりと起き上がる。
「うっ。俺が人になったような夢を」
「夢じゃありません。現実です」
寝ぼけているジブラリアに、事実を伝えた。
「ホントだ」
呟き、ジブラリアは右手で右の頬を抓る。
「痛い。夢じゃない」
紛れもない事実と知り、顔を下に向ける。
「あれ、おかしいな? 俺、男だったはずなんだけど……」
その一言で、この空間の時が止まった。




