二十三話
魔竜ジブラリアが空中に浮いたまま、こちらを見下している。
「魔竜、なんだっけ? まあいいや。まずは」
横目で後ろを見る。
そこに映るのは、短剣が突き刺さっているスライム。
あの短剣が欲しい。
だけど、そこまでが遠い。
魔導書もなくなった。
あれば、なんとかできたかもしれない。
だけど、なければ俺は未熟な魔法使い。
簡単に負けてしまう。
短剣を取る前にまずは、あの魔竜の足止めが必要だ。
その足止めをする人がここには、
「あの竜は、魔竜ジブラリア、って言ってたでしょ」
身体を引きずらせながら、アルフィーがやってくる。
あ! 足止めしてくれる人が来た!
「まさか、こんなダンジョンに魔竜ジブラリアと出会うなんて、ね。それも、生きてるとは思わなかった」
「知ってるのか」
「ええ。魔竜ジブラリアは、おとぎ話に出てくる竜。いくつもの町を破壊した魔竜ジブラリアは英雄によって倒された、というお話だった。けど、まさか生きていたなんて」
言葉の節々から、恐れているのが分かる。
戦いたくないだろう。けど、
「そうなのか、分かった。俺、左腕怪我してるから、ジャッ!」
右手を上げ、去っていく。
それを見て、
「え! ちょっ!」
離れていく俺の姿に、アルフィーが驚きの声を上げ、ゆっくりと振り向く。
そこには、橋の上にゆっくりと着地し、大きく口を開いて吠える魔竜ジブラリアがいた。
「私、一人これとやり合わないといけないの?」
彼女の頭の中には、絶望の色で染まっていた。
スライムの元まで来た。
後ろでは、ぶつかるような音が聞こえる。
音が聞こえる、ということはまだアルフィーが生きている証拠だ。
できれば、アルフィーには生き残ってほしい。
だから俺は、この戦いを早く終わらせるために、槍を離してスライムに突き刺さる短剣を右手で握り、抜く。
スライムから短剣を抜くと、変化が起きた。
全くもって動かなかったスライムの身体、が揺れ始めた。
揺れは表面から内部にまで浸透し、スライムの形すらも変わり始めている。
スライムの身体は徐々に凹み、窪みができる。
その窪みの部分が盛り上がり、人の形となる。
スライムの窪みにいる人の形、それは女性の形になっていた。
体つきは幼すぎず、少し大人びている。
それほど身体は大きくはないが、胸の部分だけが身体と比べて大きいように見える。
そして顔つきは、身体に見合わず幼く、髪の毛はまっすぐに長かった。
スライムの色が青色のせいか、女性の身体全てが青色だった。
そして、身体が人の女性であったことで、全裸だ。
だから、目線を下にしないことにした。
すれば、集中することが出来なくなってしまう。色んな意味で。
「俺の声、聞こえるか?」
「うん」
スライムが大人しい声色で返事し、頷いた。
うむ。やっぱり、スライムには人化状態はないんだな。
「まず、簡単に説明するとしよう。君は魔物だったけど、強制的に人になるような魔術、魔法を使った」
この異世界でも分かるように、魔術ではなく魔法と言い換えた。
「その魔法で、君はスライムだったけど人
のように話したり、最低限の知識がある。それで、君は俺を襲う気はある?」
「ない」
スライムは首を横に振る。
ない、のか。短剣で俺に危害を加えることはできなくなったけど、今まで敵同士だから敵意はあると思ったけど……これなら頼めるかな。
「それなら、まずは名前を──」
「助けてっ! 早く、来てぇぇーー!!」
「決める前に、協力してあれを先にやるとしよう」
名前を決めようとしたが、後ろから叫び声、絶叫が聞こえたのでそちらを先にやることにした。
「悪いが、俺の身体の中に入ってくれないか?」
「ん?」
スライムが理解できず、首を傾げる。
「いきなりじゃ分からないか。まずは言われた通り、服の下に入ってくれないか?」
こくん、とスライムは頷いて俺に近付き、抱き着く。
スライムの身体は服ごしだけどひんやりと冷たかったが、それがすぐに全体に伝わった。
抱き着いたスライムの身体が、人の形をやめて服の隙間にから入りこんで、俺の身体を覆った。
生体アーマーは完了。スライムの特性上、身体は物理攻撃が通らないけど、ドラゴンの一撃は耐えられるかどうかは分からないな。けど、やろう!
アルフィーの方に振り向いた。
そこには、ドラゴンと、ジブラリアと懸命に戦っているはずだ。
早く助けてやらないと、と思いながら振り向くと、こちらに走って近づくアルフィーがいた。
それは、綺麗なフォームだ。
陸上部の人間が見たら、勧誘されるぐらいに綺麗だ。
だけど、その後ろではジブラリアが飛んで追いかけているのが、この世界が異世界だというのを認識する。
というか、あいつ、俺の方に逃げてきてるじゃないか!
咄嗟に、俺も逃げる。
「どうして逃げるのよっ!」
後ろから、非難の声が聞こえる。
「あんなデカブツに追われたら、そりゃあ逃げるだろ!」
走って逃げるが、徐々に逃げ場がなくなって来る。
それは、あの巨大な門番がいるのだ。
あの門番は、クラスメイトは見逃した。
けど、俺が近付いたら僅かだけだが、動き出したのだ。
近づいたら殺られる!
頭の中でその言葉が思い浮び、急停止し、離れる。
すると、門番が元の場所に戻って行く。
それを確認し、振り返る。
そこには、走るアルフィーと追うジブラリア。
前門の虎、後門の狼ならぬ、前門の竜、後門の門番だ。
というか、アルフィーとジブラリアとの距離間が一定のような気がする。
それでも、これは流石にやばい。
けど、
右手には短剣を持っている。
これがあれば、善戦できる、はずだ。
門番とは戦いたくない。
あれは大きすぎるし、先にアルフィーを助ける方が良い。
アルフィーの方に歩く。
目の前には、アルフィーが走って近づき、右を通り過ぎて、
「きゃあぁ!」
きっと、門番が動き出したのを見たんだろうなあ。
すると、後ろからドタドタという忙しい足音が聞こえ、
「これ、どうするの! なんとかしてくれるんでしょ!」
人が危機を感じると、本質や本性を晒したりするけど、
慌てているアルフィーは、前の落ち着いていたアルフィーよりも可愛いなあ。
「どうしてそんなに笑っていられるの!?」
アルフィーに両肩を掴まれ、前後に揺すられる。
「笑ってはないよ。にやけてるんだよ!」
「より悪質よ!」
すると、ゆっくり近づいて来ていたジブラリアが着地した。
「ひっ!」
目の前にジブラリアが着地したことに気づき、アルフィーが俺の背中にしがみつく。
それに気づくも、俺は前に行く。
「ちょ、ちょっと!」
ジブラリアに近付くことに、アルフィーが声を上げて止めようとする。
けど、止まらない。止められない。
ジブラリアは近づいて来る俺に気づき、何もしない。
ただ、吠えた。
それは空気すらも振動するほどで、
「うるさい!」
近づいて来ていた時に吠えられ、両耳が塞ぐことができず、吠えるのをやめたあと、恨みも込めて近づいて短剣でジブラリアの顔に叩きつけた。




