十六話
夕食中のときにめずらしく、一人の兵士がやってきた。
そのせいで、全員がその兵士を注目し、喋り出す。
「明日。朝からここから少し離れた町に向かいます」
それを聞いたクラスメイト達から、喝采が湧いた。
なんせ、今まで外にでることが出来なかった。
久しぶりの外出に、彼らは喜んだ。
だけど、兵士の手を叩く音に静まる。
「これは観光ではありません。目的はダンジョンの攻略です。あなた達も、そろそろ自分の力を確かめたくはなったんじゃないか、と姫様の提案があり、行うことになりました」
ダンジョンという言葉を聞いて、男子たちが盛り上がった。
今まで訓練訓練訓練。
うんざりしてきたから。
それに、自分がどれほど強いのか、目安もしならなかった。
それとは別に、ダンジョンにも興味がある。
だからこそ、凄く盛り上がっている。
逆に俺は、それほど嬉しくはない。
「裕一、すまんが話し合いはダンジョンのあとでいいか?」
「どうして?」
「ちょっと、先にやらなくちゃいけない用件があるんだ」
まだ魔導書は完全ではないが、頃合いではないだろうか。
アルフィーに、自分の秘密を話すことが。
俺は一直線に、いつも書庫にいるアルフィーの元に向かった。
「アルフィー、はあ、はあ」
走って来たせいか、息切れする。
「どうした?」
彼女は俺の気持ちを知らず、能天気な顔をしている。
「聞いたか?」
「ダンジョンのことか? 勿論だ。で、どうしてそんなに慌ててる?」」
「ちょうどいい機会だから、俺の秘密を話そうと思って。それで走って来た」
事情を説明する。
まあ、他の理由もある。
早く話しを終わらせて、魔導書を少しでも仕上げたい、という思いがあった。
「なるほど。場所はどうする?」
「それは……」
まだそれについては決めてなかった。
ここでは、狭すぎる。
野外の方が都合がいい。
けど、そんなに詳しくはない。
だから黙ってしまう。
「決めていないのか。なら、私が決めてもいいか?」
「頼む」
「分かった。場所はここじゃダメか?」
「出来れば、外がいい。それと、夜が良い。まだ出来てないから時間が欲しいんだ」
「そう、か」
アルフィーは顎に手を置いて考え、
「今日の夜、ムトウの部屋に行くとしよう。その時に場所は教えよう」
「助かるよ。じゃあ、俺は今からまた作業をしてくる」
「楽しみにしてるぞ~」
彼女は右手を振って、応援してくれる。
そして、夜になった。
昼にアルフィーに会って以来、ほぼ自室に篭ってた。
それは全て、魔導書作成のためである。
今まで半分少しが終わり、今日で四分の三が終わった。
最初のほうが辛い部分が多かったから、後半は楽だった。
作業はアルフィーに会う手前、いつもより少し早めに切上げ、ベッドに座って待っていた。
すると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。
扉を開けると、そこにアルフィーがいた。
「来い」
「ああ」
俺は、彼女の後を追う。魔導書を持って。
アルフィーが選んだ場所は、綺麗な色とりどりの花が一面に植えてある花壇だ。
「ここは?」
「庭園だよ、花しかないがな。秘密を教えてもらうにはうってつけだと思ってな」
「そう、だな」
周りを見る。
幻想的な光景だ。
夜で月の光が俺らを照らし、目の前には幼い少女。
本当、この世界に争いがなければ良いと思う。
それはいつも思う。
どうして人は傷つけあうのか、平和なら良いのに。
だけど、そんな都合の良いこと、あるわけがない。
だから、俺は魔女になった。
彼女達を守るために、戦う。
俺の手が届く範囲で、彼女達を守ってみせる。
「俺は、魔術師だ。アルフィーの言う、魔法使いとは全く違う、かけ離れた存在だ」
「魔法使いとは、どう違うんだ?」
「そう代わりはしない。そもそも、魔術は昔の魔法を改良したものだ。だから、少し戦ってみないか? 明日はダンジョン、そんなに派手にはできないけど」
「ほう、面白い」
アルフィーはほんの僅か笑い、魔法を展開する。
自身の周りに氷柱を滞空させ、その数はどんどん増えていく。
俺は魔導書を開く。
開くのは一番初めのページ。
まず、自身に強化魔法をかける。
全身に。
そして、強化魔術を発動させる。
逃げるために、足を重点的に。
そして、防御魔術を発動して障壁を展開する。
自身の身体の周りに、薄い膜は張る。
これまで、約三秒。
ページを開いたと同時に発動し、瞬時に終わらせる。
さらにページを捲る。
そのとき、アルフィーの魔法の一部が発射される。
氷柱が真っ直ぐ、狙ってくる。
先は鋭く、簡単に突き刺さりそうだ。
それを、躱す。
真上に跳んで。
さっきまでいた場所に、飛んできた氷柱が地面に突き刺さる。
躱したと思いきや、またも氷柱が飛んでくる。
それはまだ飛ばしていない、一部を滞空させていた氷柱だ。
空中にいれば、躱すことも防ぐこともできない。
普通なら。
また、防御魔術を発動する。
盾になるように、目の前に薄い壁を展開する。
壁に氷柱が幾つも突き刺さるが、それは全て壁を突き破ることはない。
その氷柱はすぐに消え去り、残るのは壁だけとなる。
アルフィーからの攻撃がおさまり、浮いていた俺は着地する。
足に二重の強化が掛かっているから、負担が全くない。
「それが、魔術か?」
「そうだけど」
彼女はもう戦う気がなくなったようだ。
だから、魔術を、魔法を解く。
「たしかに、魔法が発動した兆候が見られなかった。魔法陣もなかった。だが、魔法のように見える」
「それは当たり前だ。元々、魔術は魔法が元なんだからな」
「なら、何が違う? 魔術と魔法とは。言っただろ、違う存在だと」
「見せたいんだけどな。生憎とそれは無理なんだよな」
この本にある魔術は、全てが派手すぎる。
ここで、それも、この夜で使えば注目を浴びてしまう。
「だから、ここではなくて、ダンジョンの方で見せたい」
俺の思いを、アルフィーに伝える。
「ふむ。先送りか。まあ、楽しみにしてるぞお前が魔術というのみせてくれるのを」
彼女は頷き、立ち去る。
だが、立ち止まって振り向く。
「おい! 帰り道は分かるのか?」
そういえば、分からないな。
「ハイ、今行きます」
アルフィーの背中に急いで追った。




