百二十六話
「お疲れ様。色々災難だったようだな」
「ええ、まあ」
武刀は元の世界に戻ってきた。
そして今、魔術極東本部の本部のビルで本部長と話をする。
まるで、仕事をする前の事を思い出す。
「世間はまるで何事もなかったようだが、君はどうだい?」
転移した事は世間では気づいていないらしく、本部長が言った通り何もなかったような感じだ。
ただし、転移した本人は元の世界とこの世界の時間の隙間があり、困惑しているらしい。
当然だ。
記憶を消したのだから。
そのため魔術師がサポートしている、という話を聞いたことがある。
「俺の方はどうにも。色々大変なのはいつも通りですよ」
新しい三人、アルフィー、ストリア、ラックスを紹介した時は色々あった。
まず、ストリアはスライム組と仲良くできていた。
アルフィーについては、魔法の本に夢中のようで絶賛引きこもり中。
ラックスは仲間を失って悲しんでいるが、ストリアの協力もあってスライム組とも仲良くできたし、他の女の娘達も仲良くできた。
それは良いのだ。
問題は次だ。
万里が枷のパスワードをばらした。
これにより、枷のパスワードを設定したヴァルは一週間の謹慎を言い渡された。
謹慎、というのは俺に一定範囲近付いてはいけない、というものらしい。
会話はできる。
ヴァルが謹慎の間、白が代わりを務めてくれる。
ただし、彼女はペーパードライバーなので運転が不安でしかたない。
さっきも死ぬかと思ったぐらいだ。
そしてその枷を解除した万里が、皆の前で二人っきりで買い物に行こうと誘われた。
当然、それは周りの娘達が反対したが万里が助けたよね? と脅されれば万里に従うしかなかった。
他の娘を許してもらうために、自分の身を削るのはあまりしたくない。
今回はこれぐらいだろうか?
「それで君に提出してもらいたい物だが」
来た! 本命!
今回、武刀がここに来た理由といってもいいだろう。
「提出してもらうのは報告書と始末書ね」
「はっ!? ちょっと待ってください。どうして始末書出さないといけないんですか!? ちゃんと全員生還させましたよ」
武刀は焦った様子で本部長の元まで詰め寄り、机を両手でバンッと叩いた。
書きたくない。絶対に書きたくない。
なんとかして、書かないようにしてみせる。
「知ってるよ。それは凄いね。けど、君がいるのに、どうして転移されちゃうの? 解除できたかもしれないだろ? だから書いて」
「ふざけ……」
武刀は怒りのあまり、言葉が喉で詰まる。
それはあまりにも理不尽というものだった。
枷を付けろ、といったのはそっちで枷がある状態でどうしろと!?
こっちは枷があるとただの人間なんだぞ!
なのに、どうやって解除できたと?
ふざけるな!!
武刀は深呼吸をして一度冷静になり、頷いた。
頷くことしか出来なかった。
「分かりました。後日、報告書と始末書を提出にしに来ます」
武刀は本部長に頭を下げ、部屋から去っていく。
ビルの前には一台の車が止まっており、中には白がいた。
「おかえりじゃのう、遅かったが何かあったのか?」
「まあ色々とね。報告書はいいとして、始末書も書かないといかなくてね。当分は構っていられないよ」
「そうか、それ残念だ。じゃが、今日は生気を養え。まだ帰って来てあまり経っていないからのう」
「そうだな。そう……」
「私も色々と休むかの」
それ、俺が休めないパターンでは?
「というわけで、どっかホテルに行こう」
凄いキラキラとした目で、白は言う。
こんな状態、あまり見ることはない。
それだけ興奮している、ということだろう。
だから、
「いいよ。だけど、今回限りだからな」
「よし」
許してしまった。
自分の身体を休ませるには、やっぱり好きな娘が楽しい、嬉しい所を見ているのが一番だな。
まあ、俺の場合はそれが多いんだけど。
「早く乗れ」
そんなに嬉しいんだ。
急かす白が愛おしく堪らなくて、武刀は車に乗ろうとした視界の右側の隅に人が入った。
いつもなら気にしないが、今回ばかりそうもいってられなかった。
そこには、裕一がいた。
彼は二人友達と楽しそうに話し合い、こちらに向かって来ていた。
戻って来てからずっと思っていた。
俺はどうすれば良かった、と。
記憶を消すのだ。
最後の
武刀は乗ろうとしたのをやめて、右側に目を向ける。
関わりなんてないのと同じだと。
武刀が考えている間に裕一は近づき、すれ違った。
それが武刀からすれば、答えのように思えた。
「どうしたかの?」
「いや、なんでもない」
武刀は横に首を振り、車に乗った。
白が運転する中、武刀は思う。
あれが一つの答えだったのではないか、と。
武刀達二人はホテルから家まで到着した。
普通に帰れば、こんなに時間がかかることはない。
そのため、ホテルに行ったことがばれる可能性もある。
「落ち着こう。そして離して。見つかったら俺が死ぬ」
「気にするな。私は気にしないからのう」
車から降りてすぐ、白は武刀の左隣に並んで左腕に抱き着いた。
左腕に抱き着く白に、武刀はなんとか離れてもらおうとするが、白は石のようにびくともしない。
さらに、白は立ち止まろうとする武刀を無理矢理歩かせ、武刀が引きすられるような形になる。
家の玄関を白に開けられ、武刀はしょうがなく家の中に入った。
入ってすぐ、武刀は待っている者がいないがを探していないと知り、安堵する。
ばれないよう静かに家の中に入ると、リビングの扉が開かれてフェンが現れた。
フェン! やばい。匂いでバレル。
「おかえり! 遅かったね!」
「ああ、色々あったからね」
武刀は内心焦りながら策を考えるが、何も思い浮かばない。
「長引いてここまでかか──」
「白から精液の匂いがする!」
あ、ばれた。
しかし、白が白を切れば、なんとか……。
「白! やったの?」
「やったに決まっておろう」
うっとりするように、白は赤くした頬を両手で当て照れながら答える。
あ、終わった。
武刀は世界の終わりが訪れたような気がした。
さらに、それを加速させる者が現れた。
「よくやったわ! フェン」
リビングの扉が開き、興奮した様子で万里が現れる。
「さあて、詳しい話はあってで話しましょうか」
万里が右手を握って親指だけを伸ばして親指はリビングを刺し、そこからはトーテムポールのように女の子達が顔を縦にして並んでいる。
「私達にお礼の品を送るのは当然だと思うんだけど、あなたはどう思う?」
「当り前です」
「お礼~お礼~」
「僕は当然の事をしたからいらないけど、どうしてもというなら貰うよ」
白と家に帰って早々、この通話である。
帰るのが遅れたため問い詰められ、白があっさりゲロった。
おかげで、今まで散々な目にあった。
もう勃たない。
だけどどうしよう。
夜の行事は残ってる。
残りのマムシはあっただろうか。
「聞いてる~」
「悪い。現実逃避して聞いてなかった。それで、用件はなんだっけ? お土産?」
「それよ。私八つ橋」
「自分も八つ橋~」
「私も同じものを」
「なら僕も皆と同じ物がいいな」
「俺、京都まで行かないといけないの? まあ、なんとかするけど……あとアルフレッド。お前いらないんだよな? 言ってたよな」
「そんなこと言った覚え、僕にはありませんよ」
こんにゃろ。
しれっとアルフレッドは嘘をつく。
しかし、助けてもらったのは事実だ。
何かしらの物を返さないと駄目だろう。
「分かったよ。京都に行く時があったら買って来るよ」
「よし! じゃあバイバイ」
「よろしく~」
「私は甘いのがいいです。それでは」
「頑張ってね」
買って来ると知って、全員即座に連絡を切る。
あいつら、事前に打ち合わせしてたのか?
そう思うぐらい互いの連携が取れていた。
さて、報告書をやるか。
明日にボスの始末書をやろう。
そもそも、あれはどうやって書けばいいんだ?
パソコンを起動させた時、扉の開く音が聞こえた。
武刀はもしやと思い、ケータイを点けて時間を確認する。
考えは見事的中した。
今から夜の行事が始まる。
地獄の始まりだ。
「報告書と始末書、終わったので持ってきました。どうぞ」
「ありがとう」
本部長は二つのプリントを受け取ると、それを机の上に置くだけで読もうとはしなかった。
ということは、だ。
何かやってほしいことがある、ということではなかろう。
武刀は即座に帰ろうとしたが、本部長は慣れたようにその前に話を切り出した。
「君にやって欲しいことがある」
「なんですか?」
立場上、すぐに断る、なんてことができず武刀は一応話を聞くことにした。
しかしその表情は嫌々だということが丸分かりで、傍から見ても明らかだ。
「京都にいる陰陽師は知ってるね? その陰陽師の一部がテロを起こしてね。解決の手伝いをしてほしい」
京都、そういえばあいつらが八つ橋を所望してたな。
しょうがない。ついでに受けるか。
「分かりました。その仕事はやらせてもらいます」
武刀は軽く礼をし、去っていく。
お土産買わないとな。ついでに、京都にいる娘達も会わないとな。
武刀はうきうき気分で帰りつつ、京都に行く話を切り出した際の対応について考えながら、戦々恐々する。
絶対に戦争が起きるから。
これからも、俺の人生はまだ続く。
ただ、ほんの少しの期間だったが、異世界という所で色々な経験をすることができた。
俺はきっと、この旅を絶対に忘れないだろう。
これにて、この物語は終わります。最後まで読んでもらい、ありがとうございました。活動報告でこのお話について触れていますので、もし良かったら読んでください。