百二十二
めんどくさい、とはこの事だろう。
現在、南東のダンジョンの中では争いが起きていた。
ただ、争いといっても口喧嘩で済んでいるが、いつでも手がだせるほど一触即発の空気だった。
ここがダンジョンの中でも、魔物がでない安全な場所だからこそ良いが、もし魔物がでるエリアならヤバかった。
「お前は邪魔なんだよ! 消えろ!」
そう叫ぶのは安藤、と呼ばれる武刀と一緒に転移して来た者の一人であり、不良でもある。
彼は発散することができなかったストレスを、まだ魔術が使えなかった時の武刀を虐めていた。
その安藤の対面にいるのは、武刀を探すために城を抜け出して今まで迷宮を探索してきた裕一だった。
しかし、その武刀がまさか既にダンジョンにいないことはこの中では誰もいない。
この争いの原因は、魔物がダンジョンから出たことによる。
これは武刀の所で起きていた戦争とも関わりがあった。
ダンジョンから魔物が出て来て、ダンジョンを中心に町を形成していたため町は悲惨な状況になっていた。
国は即座に冒険者や転移で呼び出した勇者を使って、ダンジョンを攻略していた。
そこでばったり、勇者をやめて武刀を探すために冒険者となった裕一一行と、現勇者パーティーがぶつかったのである。
勇者パーティーは少数に分けてパーティーを組み、安藤は知り合いだけで群れて行動していると裕一達を見つけたのだ。
彼らの狙いは裕一ではなく、一緒に行動している女性メンバーであった。
裕一に密かに恋心を抱いている美少女の沙織。
運動部に所属していて、城の中で武刀と友達になった唯。
そして、何故か一緒に行動している白とヴァルである。
出会った経緯は二人が武刀を探すために攻略していると、困っていた裕一を助けたことによる。
彼らと話して武刀がこのダンジョンにいることを確信した時に、今のようなことが起きてしまった。
余談だが、この時には既に武刀はユーミル達と出会っている。
突然いなくなった美少女の二人、さらに外国人のような見た目の二人に安藤達は目を奪われ、今のような状況に陥っている。
「私達で行きませんか?」
ヴァルは隣にいる白に小声で喋る。
そもそも、ヴァルにとってパーティーを組むメリットは全くなかった。
これがもし武刀であれば、即座に顔が上下に動く。
「そうさね。動いても良いけど、厄介事にならないかい?」
白もヴァルの提案には賛成だが、目の前の不良に少年、安藤が何をするか予測できなかった。
そのため、白は現状維持を提案した。
遠くの言い合いをBGMに二人は考えていると、現状を打破することが起きた。
「もしもし。もしもーし」
それは愛しの男、武刀の声であった。
二人は即座に、それはもう身体が記憶しているというレベルで振り向いて人のいない方に同じ歩幅同じ速度で歩いて、札に顔を近づけた。
「生きていたか!」
「生きてたんですね」
「無事で何よりだ」
「主、大丈夫ですか?」
「武刀さん、元気かの?」
札から皆の声が聞こえる。
しかし何故だろう、アリシアの声は聞こえない。
「ああ、こちらはなんとか無事だ。そちらはどうだ?」
「こっちは北東のダンジョンを殺ったわ」
「僕らは魔王と話すことができたよ。彼は戦う意思がないようだ。だからダンジョンを破壊すれば万事解決のようです」
あれ? なんか気づかない内色々やってない?
「あとは北西と南西、南東ね。アリシア達のほうだけど……」
「それなら南西は俺がやるよ。近くにいるし」
これは運がいい。俺も参加できそうだ。
「ん? 南東のダンジョンにいないの?」
「ああ。俺は南西のダンジョンに近い所にいるぞ」
「「騙されたァァァァーー!!!!」」
二人の絶叫が部屋を木霊する。
それだけで気づいた。
ユーミルが珍しく笑っていたのはこのことか。
あいつ、上手い事やったな。
「ちょっと待ってください。というと、そこにユーミルがいるんですか?」
「もしかして、もうヤッたかえ?」
「……」
武刀は沈黙で答えた。
正確には、弁明を考えていたのだ。
しかし、その沈黙が彼女達二人には肯定と受け取った。
「いる! 絶対いる!」
「既にヤッてるね。こんな所で佇んでいる場合でじゃないわい」
「お二人ともちょっと待ってー」
通信を切ろうとする二人に、武刀は待ったをかけた。
「今いるダンジョンが終わったあとでいい。そのまま北上すると森があるはずだ。そこに転移魔術を作ってほしい。大型の」
「分かりました。けど、貸し一ですよ」
「しょうがないの。願われたら手伝いたくもなる」
「助かる」
二人の通信が切れた。
「俺はこのままダンジョンを攻略したら、転移して森の方に向かう。森で落ち合おう」
「分かったわ」
「分かりました」
「了解したよ」
通信が終えた。
「助かる」
思い人からお願いをされてしまった。
なら、やるしかない。
「どうします? 全力で行きますか?」
「そんな事、既に決まっているさね。全力を出すに決まっているさ」
「ですよね。なら、行きましょうか。抜け出す形にしましょう」
「分かったさね」
白が頷くと、突然ヴァルの右肩に男の手が掴まれた。
話し合っていたせいか、二人は近づいていたことに気づかなかった。
「おい!」
振り向くと、そこに安藤がいた。
「あんな奴らの所じゃなくて、俺らと一緒に来いよ」
「触れるな」
「は?」
「聞こえなかったか? 触れるな」
ヴァルは汚物を見るような目をしていた。
「いい気になって!」
ヴァルの右肩に触る安藤は、力を強めようとしてその手首を白に掴まれた。
「離せと言っておろう。さもなくば」
白が安藤の手首に力を込めた。
それは手首の形が変わるほどの握力で、安藤は痛みで顔が歪んだ。
「くっ!」
それにより安藤はヴァルから手を離すと、白も手首を掴んでいた手を離した。
安藤は掴まれた手首を摩りながら、敵意むき出しの目で二人を睨む。
「あとで憶えてろよ」
「負け犬のセリフをありがとう」
苛立ちながら去っていく安藤の背中を見ながら、二人は裕一の元に向かった。
「だ、大丈夫? その、何かされなかった?」
途中から見ていた沙織が、肩を掴まれたヴァルの事が気になっていた。
「大丈夫よ。それで話したいことがあるんだけど、前に言っていた通り、途中で抜けることにするから」
「それはどういうこと? 何か理由があるの?」
聞いていた裕一が、会話の中に入ってくる。
「ええ。主をようやく見つけることができました。なので別行動をとりたいと思います」
「主? 武刀か! どこにいたんだ?」
裕一もヴァルや白と同じく、元は武刀を探すために今のダンジョンに挑んでいた。
「ここのダンジョンにはいませんでした。なので、途中で抜けてここを一度攻略します」
「分かった。少しだけど一緒に旅にできてよかった」
助けてもらっていた裕一はヴァルに右手をだし、ヴァルも同じよに右手を出して握手をした。
「ご武運を」
「そちらこそ」
皆の声が聞こえた。
今何をし、何をやっているのか分かった。
札を起動しなくても、勝手に起動するらしい。
通信が終わると、魔術を使って両腕が変形させる。
それは鞭のようにしなり、剣のように全てを切断をする。
今まで乗っかかっていたアリに似た虫は三枚おろしになり、周りにいた虫の魔物全てが身体を切断されて緑色の体液を流す。
「虫に犯されるのって~、意外と気持ちいもんだな~」
身体中から虫の体液などで気味の悪い匂いがするアリシアは、立ち上がって鞭ようになっていた両腕を元に戻す。
「みんなもうやってるようだし~、自分もそろそろ頑張ろうかな~」
わざと戦いに負けて虫に犯されていたアリシアは、動き出した。
次回の投稿は月曜日になります。それと、三月中に終わります




