百十八話
武刀は万里に手を引かれ、町に向かっていた。
戦争は影と魔物の軍団の一方的な殺し合いだったが、戦争は終わっていた。
大量の魔物が殺されて骸となり地に転がり、町を守っていた冒険者や衛兵達が死体となった魔物を回収作業をしていた。
魔物の素材は食材や武具、装飾といった色んな物に使えることができるため、回収していた。
又、今回の戦争に参加した者の報奨や被害の補填など、色んな所でお金を使う。
そのため、その金にもなる魔物を回収するのは絶対に必要なのであった。
負けると思っていた戦争に勝ったことで、死んだ魔物を回収する側としては気分が高揚していた。
しかし、それとは対照的な存在が一人いた。
彼は万里に引っ張られ、まるでお通夜ムードだった。
「よう嬢ちゃん! 嬢ちゃんのお蔭でありがとな」
「いえいえ」
万里は歩くだけで回収していた者の手が止まり、謝辞を述べていた。
あれ、おかしいな。俺も戦っていたはずなのに……。
感謝を述べられているのは万里だけだり、武刀に対しては誰も触れることはなかった。
それが武刀を傷つける要因の一つでもあった。
どうして俺はこの町に住んでいるのに、今日来たばかりの万里だけ触れるの?
そりゃあ俺はここにはいなかったけど、頭数は減らしたんだよ。
万里だけ声を掛けられる理由については、一言で言えば認知度の問題である。
武刀がやってきたことは、部屋に篭って魔術回路づくり、買い物、雑魚狩りと薬草採取であり、達成報告に武刀はあまり行っていないのだ。
そのせいで武刀よりもジブのほうが、認知されている。
認知度がない武刀は町に向かうまでに誰にも声を掛けられなかったが、町に入ってすぐに声をかけられた。
「ムトウ! 今まで何をしていた!」
それはアルフィーだった。
彼女は武刀の姿を見つけると城壁の上から急いで降りて、武刀が来るのを待っていた。
それだけであれば、帰ってくるのを待っているようである。
アルフィーは武刀がいなくなって四日間、心配していた。
万里に教えられても、武刀の口から教えてもらいたかった。
故に問い詰めた。
「ありがとう。俺に声をかけてくれて」
しかし返って来た言葉は予想の斜め上どころか真上をいっていた。
武刀が涙目で声を震わせ、アルフィーの両肩に手を置いて喜んでいた。
予想とは違う言葉に、流石のアルフィーも戸惑いを見せた。
「お、おい。何故泣いてる? どうした、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。そうだ、アルフィーに大切な事を伝えないと」
「大切な事?」
「君が求めていた人がジブと一緒に待っている。身体を隠せるぐらい大きなマントが布を持って行ってくれない?」
「分かったが、どこだ?」
誰か何も言ってもらえず、アルフィーは戸惑いながらも頷いた。
「今の戦場のさらに先。できれば今すぐに」
「分かった。行って来よう」
今すぐと武刀に言われ、アルフィーは準備を始めた。
それに便乗しようと、武刀も動こうとした。
「じゃ、俺も準備しよう──」
「させると思います?」
武刀の右肩に力強く掴んで止める万里。
彼女の笑顔は、ついさっき会った時よりも磨きを増しているような気がした。
「はい……」
逃げることができず、武刀は項垂れて万里の後を追った。
武刀はこの町にいなくなって四日、たったそれだけの間で町がかなり変わっていた。
閑古鳥が鳴いたように町には人がいなかった。
「人がいない……」
「ここより北で見ましたよ。ただ、避難するにしては町に向かう馬車の数は少なかったですが」
「少なかった?」
襲われた、と考えるべきかな。
「先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「宿の場所以外で良ければ」
「なら外ですか。先輩はそういうプレイがお好みなんですか? それなら私も恥ずかしいですがやぶさかではないです」
「オッケー。しないという選択肢はないんだね」
両手を頬に当てて頬を赤らめ、万里は身体をくねくねと動かす。
「何言ってるんですか? あるわけないでしょ」
「ですよね」
どうしよう。やっぱり恐れた事態が始まる。
俺、死ぬ。
今まで放置してたから、溜まっていたツケを払わされる。
武刀は必死にここから抜け出す方法を考えるが、それは思いつくことはなかった。
「先輩。どうします? 野外でします?」
「結構。俺が泊まっている宿に行こう」
今まで万里についてきた武刀は先頭を歩き、万里は武刀をついてくると入れ替わった。
武刀の後ろを歩く万里は手を後ろで組み、ヘラヘラとした笑顔で武刀の背中を見ていた。
「な、何?」
視線を感じ、武刀は振り返った。
「なんでもないですよー」
気づいてくれた事が嬉しく、万里は武刀の右隣に来て武刀の右手を左手で組んで頭を武刀に預けて甘えてきた。
傍から見れば、それはカップルだった。
それは武刀も嬉しかった。凄く嬉しかった。
しかし、
ああ、どうしてだろう。
凄く嬉しいのに、この後地獄が待っていると思うと悲しいな。
そんなことをしていると、いつも泊まっている宿に辿り着いた。
宿を開けると、中には誰もいなかった。
きっと避難しているのだろう。
「誰もいませんね。貸し切り?」
「なわけない」
「ですよね。そうだ! 誰もいないことですし、良い部屋に泊まりましょうよ」
これからのことを考えると、いつも泊まっている部屋は危険か。
「そうだな」
万里は二階に上がると、奥の部屋から順に物色を始めた。
武刀はその万里について行き、万里の物色はあっさりと終わった。
彼女が入った部屋は二階の一番奥の部屋であり、物色も一回で終わった。
部屋の中には荷物もなく、綺麗だったのだろう。
「先輩! こっちです」
「ああ」
さらば、俺の平穏。
万里が入った部屋に、武刀は悲しみに染まった顔で入った。
廊下の一番奥の部屋は、ベッドが三人用なのかかなり大きく、それ用にしか見えなかった。
どうしよう。凄く帰りたい。
武刀は入ってすぐに立ち止まって帰りたい気持ちになったが、部屋の中央辺りにあるベッドに座っている万里が、バシバシと右手で叩いて早く来い、と催促しているため渋々と一緒のベッドに座った。
万里が座っているベッドに座った武刀は、死んだような顔をしていた。
「お手柔らかにお願いします」
「何言ってるんですか? まだやらないですよ」
「あ、そうなの?」
てっきり、今からやるものだと思っていた武刀は驚いた。。
「そうですよ。私をなんだと思っているんですか!?」
「性欲盛んな女子中ぐへぁ」
失礼なことを言ったせいで、ムッとした万里が武刀をグーで腹を殴った。
女子中学生である万里だが人ではなく吸血鬼、それも真祖と呼ばれている化け物である。
普通の人間とは比べものにもならない膂力で、強化魔術を使っていなくてもその一撃は人を粉砕し、ぐちゃぐちゃなミンチになる。
それを万里は手加減し、威力を抑えた。
威力を抑えても尚、武刀は身体がくの字に曲がって痛みで殴られた腹を抑えている。
この様子はいつもの事なので、万里は武刀を無視して話し始める。
「先輩はまず解決すべき問題がありますよね」
「なんだっけ?」
殴られた腹の痛みに耐え苦しみながら、武刀は声を絞り出す。
「枷ですよ。枷」
「あ~、枷か」
もう一つの現実を直視したくない案件に、武刀は目を万里から逸らしながら頷く。
枷を外すにはコードを言葉にして言う必要があり、そのコードを設定したのはヴァルである。
現在、外したコードは一つ。
残りは四つあると予想しており、それは四肢と胴体で五つだから、というのが理由である。
そして問題の枷を解除するコードの内容は、簡単に言えば絶対に言わない愛の告白である。
周りに聞かれれば絶対に戦争が起きる。
そのため、武刀はこの現実を直視したくなかった。
「何か知ってるの?」
「ああ。一つ解除したからな」
「それなら話が早い。コードを教えて」
「えっと、その、ヴァル結婚しよう、でした」
言い辛そうに武刀は言うと、万里は最初、聞いて素っ頓狂な顔をしていたがすぐに真顔になる。
「あの人は何を考えているんですか?」
「俺に聞かんでくれ。それで、何か思いつくか?」
「そうですね。まあ、一つのコードを聞く限り、先輩が絶対に言わなそうなことですよね」
万里は顎に右人差し指を置いてうーん、と唸りながら考え始めた。
「ずっと一緒にいたいというのは──」
「ないですね」
悩む万里に武刀が一つの案を出すが、それはキッパリと断られてしまった。
「ずっと一緒は決定事項なので、今更言われても……となります」
「あっそう……」
キッパリと断られたことが余程ショックで、武刀は落ち込んだ。
それを無視し、万里は四つの案を上げた。
「言われたい言葉として、二人っきりの家庭を築きたい、家族を作りたい、子供が欲しい、ずっと隣にいてほしい、じゃないかなと私は思います」
「本当に合ってるの?」
「大丈夫です。私が先輩に言われて嬉しい言葉ですし」
何それ、怖い。
みんな思ってるのかな?
自信満々で言う万里に、落ち込みながら戦々恐々する武刀は少し信じられなかったが、自信満々な万里を武刀は信じて枷を外すことにした。
「枷を解除。コード、ヴァル。二人っきりの家庭を築こう」
魔術回路が燃える痛みはない。
「本当に成功しっちゃたよ」
「でしょ。残りの枷も解除してください」
「あっはい」
万里に言われ、武刀は残り三つの枷を外す。
結果としては成功だった。
「おっしゃ!! 魔術が使える! フウウウー!!」
その喜びようは、今まで欲しくて手に入らなかった念願のキャラが、やっと手に入ったほどの喜びであった。
武刀は突然立ち上がり、興奮を隠さず動き出す。
そのため、今だけは万里の様子が目に入らなかった。
万里は枷を外すことができて、グッを右手を握りしめて喜んだ。
ヴァルの計画が破綻して、私には恩がある。上々!
急激な興奮はすぐに沈下し、武刀は落ち着き始めベッドに座り直した。
「ありがとう。枷を外すのに協力してくれ」
「いえいえ。私も先輩が苦しんでいる姿を見たくないですから。それで少しお話が──」
「アハハハハ」
武刀は万里を遮るように喋りだし、座りながらバックステップをして今まで使えなかった身体にある魔術回路を起動させる。
起動させるのは転移魔術。
転移魔術は入口と出口が必要であり、人を移動させるには大きな魔術回路が必要であり、武刀は人を移動させることはできない。
転移させるのは武器。
別の次元にある武器庫から武器を転移して右手で握る。
それは拳銃の銃剣である。
オートマチックのハンドガンで、色は白一色。
銃口の下には銃剣が組み込まれていた。
しかし、武刀が銃剣を取り出すより先に万里は動いていた。
それは単に、先の行動を、次はこうするだろうな、と予測しいていたからだ。
武刀との付き合いは長いため、予測することは簡単だった。
万里は銃剣を握っておらず一番近い腕、左手を掴むと、ベッドに投げた。
ベッドから出ていた武刀は呼び出すことに集中しすぎて、万里を意識していなかったため簡単にベッドに投げられてしまった。
武刀はベッドの中央に背中から着地した。
ベッドは上物なのか、投げられたにも関わらず背中に痛みはなかった。
気づくと目の前に万里がおり、彼女は仰向けになる武刀の上で四つん這いになって武刀の服を剥ぎ取っていた。
万里は人外状態になり吸血鬼となり口から二本の鋭く長い歯が覗き、武刀の右首元に顔を寄せる。
「ちょっと待って! 自分で脱ぐから! 逃げた事は謝るから! 許し──」
「今までいなかった分、その身体で払ってもらいますよ」
あっ……死んだ。
武刀は静かに悟った。
武刀と万里がベッドでイチャコラしている時、アルフィーは武刀に言われてボロボロだが身体が隠せるぐらい大きな布を折り畳んで持ち、武刀に言われた場所に向かっていた。
周りでは魔物を回収しているが、今のアルフィーは魔力が回復し始めているといってもたかが知れているため、今はただのロリエルフだった。
幼女のアルフィーでは力になることができず、申し訳ない気持ちで一杯で歩いていた。
そんな気持ちはそれを見ただけで一瞬にして晴れた。
「お前は」
そこには拘束された黒いエルフがいた。
もし男がいれば、女性が上げ膳据え膳でそこにいた、と言えばいいだろうか。
すぐに犯せる状態だった。
近くには拘束しているストリアが、遠くでは人状態のジブが何やら身体を動かしている。
遠目で翼のようなものが見えたが、今はそれ所ではなかった。
「お前が……」
黒いエルフ。
それはあの禁じられた魔法、暴走魔法≪バーサーク≫を掘り返した馬鹿者たちだ。
かなり昔、エルフは容姿が優れていることもあって多々人に襲われることがあった。
それを解決するため、そこら辺にいる魔物に暴走魔法≪バーサーク≫をかけて人にけしかけた。
お蔭でアルフィー達エルフは人の国と交渉できる所まで持って来た。
逆に言えば、暴走魔法≪バーサーク≫があったからこそであり、それだけ危険なものとも言える。
黒エルフも人に襲われて困り、助けを求められたことがあって暴走魔法≪バーサーク≫を教えた。
そのせいで、今の戦争で利用された。
「どうして暴走魔法≪バーサーク≫を使った! 危険なものだと分かっているだろうに」
アルフィーは怒りを露わにして問いただす。
「知っているとも。だが、私達同族を守るためには仕方がないことだった!」
黒いエルフもまた、怒気を露わにした。
互いに怒りを周りにまき散らす。
「それでも! やっていいことぐらいは分かるだろう!」
「ならお前は! 私ら全員が滅べばいいというのか!」
「違う! 何か別の手段があったのではないのか、と言っている!」
「やったさ! 全て! だが、全て形を残さなかった! だからこそ、私達は使うんだ! 全ての人間を滅ぼすために!」
アルフィーは今まで、人に襲われる経験があまり少なかった。
それは同盟を結んだ、武刀達が転移してきた国、アザカが後ろ楯にあるからだ。
逆に黒いエルフ側は襲われ過ぎた。
故に選択肢が残っていなかった。
二人の会話は別の視点での会話であり噛み合うことはなく、理解できなかった。
「お前の言い分は分かった。なら、何故魔物達と共闘した?」
「同胞を嬲っる人を殺すためだ。そのために魔物と協力関係になった。そちらのほうが私達だけよりも多くを殺せるからな」
黒いエルフの身体全体から憎悪のオーラが醸し出し、そこでやっと自分の思い違いに気が付いた。
彼らは絶対に人間を殺そうと思っている。
それほどまでに追い詰められているのだ。
逆に自分は、まだ手があるのではと考えていた。
「そう、か。分かった」
もう手段はないのか。
なら、私にできることはなんだ?
アルフィーは暴走魔法≪バーサーク≫を使った理由を聞くため、黒いエルフを探していた。
そして、その理由を知った。
なら次は、それを使わせないためにどうするかだ。
彼らが暴走魔法≪バーサーク≫を使うのなら、使わせないようにするしかない。
それならどうする?
彼らは人に追われているのなら、それを匿う場所が必要になる。
そこまで考えれば、アルフィーには一つの選択肢しか思い浮かばなかった。
「私達の森に来るか。行くにはかなり険しいが、あそこなら安全だと思う」
今の場所からアザカから北にあるエルフの森に行く手段は、二つある。
一つは海を渡る。
この方法は最速で辿り着けるが、問題としては海を渡る際に船を使う必要があり、船を使うには王都に入るためこの方法は使えない。
そしてもう一つは、下から行く方法である。
この手段の問題は魔王の領域に入るため、強い魔物に襲われるため死ぬ可能性もある、ということだ。
だが、初めの方法よりも辿り着く可能性はある。
「エルフの森に、か? しかし、どうやって向かう? 私だけじゃない。同胞全員だ。海は絶対に無理だ、見つかってしまう」
「知ってるとも。だから下から向かう。そちらのほうがマシだ」
「それでも……」
「なら、このまま滅びの道を目指すか? お前らも分かっているだろう、このまま魔物と共闘していたなら使い潰されるのがオチだと」
「……」
黒いエルフも理解しているのか、何も喋らない。
その沈黙がアルフィーにとっては肯定にしか受け取れなかった。
「まずはムトウにも話そう。あれもあれで別の視点を持つ。何かいい案を出すかもしれない。ジブ、行くぞ!!」
遠くで武器である斧を振っていたジブに聞こえるよう大声で叫ぶと、ジブは振り返ってこちらに急いで来た。
しかし何故だろうか、姿が変わっている。
前までは完全に人間だったが今ではドラゴンと人のハーフのように、人でありながらドラゴンの特徴を身体に残している。
手足、胴体、背中、頭、とドラゴンの手足に胴体は鱗の鎧、尻尾、羽、角と姿を変えていた。
「それはどうした?」
「何か知らないけど、なんか変身できた」
「そうか。戻せるのか?」
「うん」
頷くと、ジブは光に包まれ人へと変わる。
「ほら」
「良かった。それについてもまずムトウに話を聞くとしよう。おい、お前を隠すためのものだ。受け取れ」
アルフィーは今まで持っていた人を隠すほど大きな布を黒いエルフに投げ渡し、黒いエルフは大きな布に包まって姿を隠した。
「戻ろう。そこでムトウと話し合おう」
「うん」
「分かった」
ジブとストリアは頷き、四人は町に戻った。
しかし、武刀は丸一日部屋の中から出ることはなく話すことができなかった。
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