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百十六話

 スピアはジブと比べると一回り大きいが、臆することなく立ち向かった。

 武刀に気をとられているせいか、気づかれることなく簡単に近付くことができた。

 

 火炎の息を吐こうとしたスピアに、ジブは体当たりした。

 

 

「ジブか!?」


 ほんのわずかに後ろを向くと、武刀が驚いたような顔をしてこちらを見ていた。


「そう」


 ジブは火炎を吐こうとしたスピアに体当たりをし、地面に転がっている間にスピアの上に乗っかる。

 

「どうしてここに! そっちのほうはいいのか!」


「うん、町の方は大丈夫。凄く強い人が来たから」


「強い人?」


 武刀が首を傾げた時、踏んでいたスピアが暴れ出してジブは一旦後ろに下がった。

 スピアが横になった身体をくるりと反転させ、起き上がって体勢を整えようとした。

 

 しかし、それを安易に待つほどジブは甘くなかった。

 ジブはスピアの背後に回ってスピアのお腹辺りに両手を回して組み、ジャーマンスープレックスをした。

 

 スピアの三つ首の後頭部が地面にぶつかり、ほんの僅かだが意識が途切れた。

 ジブはスピアの下敷きになるためすぐにどくと、視界の隅に武刀がいるのが見えた。

 

 「早くここから離れて! 戦いにくい!」

 戦いの時に武刀の事を考えながら戦っている暇はないよ。

 

「これ録画すれば、B級映画として売れないかな?」


「何を言っているの。早くアルフィーの方を助けてあげて!!」

 

 それに、万里ちゃんとの約束もあるし。

 

 ジブは武刀のことは一旦頭の片隅から消し、スピアのことに集中する。

 気をう失っている今の内に、ジブは仰向けになったスピアの両側の首を両足で踏み、真ん中の首を左腕で押さえて右腕で何度も顔を殴る。

 

 顔は殴られて変形するが、修復されて元通りになる。

 

 こいつ、傷が治るのか、どうすれば。

 

 ジブが考える隙に、スピアは目を覚まし自由な両腕でジブの両足を掴み、引いて転倒せた。

 二人は仰向けの状態から起き上がり、四本の手足で地面に立って互いに睨み合う。

 

「どうしてお前は僕の身体に似ている」


「僕の身体? まさかジブラリアですか!?」


 その声、そして今の独特の気味悪い笑顔。

 ドラゴンに姿を変えても分かる。

 

「お前。スピアか」


「ええ、そうですとも。いやはや、まさかこんな所で出会うなんて」


「僕も驚きだよ。こんな所にいるとは思わなかった。前の身体が武刀に潰されて、引きこもりのお前とはもう会わないと思っていたよ」


「私もですよ。こんな所で会うとは思わなかった。あなたがいなくなってから、私がどういう思いで過ごしたか」


 スピアは自分に酔っているのか、自分語りを話し始めた。

 

「私はあなたがいなくなって凄く悲しみましたよ。人間に作らせた装置であなたを復活させ、甲斐甲斐しくも世話をしたのに」


「その点については感謝しているよ。ただ、もう少し食事量については考えてほしかったかな。少なすぎて不満だったんだ」


 ジブはスピアに復活させられたことについては、本当に感謝している。

 スピアと一緒に居た時は自由はなかったが、今では自由な生活を満喫している。

 

「そうですか、次からは気を付けましょう。逃げられてしまっては元も子もないですからね。その点、今回は運が良かった。ヴェロッサからの報告を聞いて来てみれば、とある場所にドラゴンの鱗があると聞いてな。慌てて回収させたものだ」


 ヴェロッサ。

 たしか、この大陸の南にあるダンジョンだっけ?

 役割は、なんだったかな。

 話を詳しく聞いていなかったから覚えてない。

 

「おかげでこの肉体を手に入れた。最初はどうしようか困ったものだが、なんとかなってよかったよ」


 やはり、僕を蘇らせたのは新しい身体を作るため素材目当てだったということか。

 逃げれて良かった。

 

 もしあのままダンジョンの中にいたと思うと、なんだか怖いな。


「あなたの、ドラゴンの肉体は素晴らしい。少し手を加えただけで身体の傷は治りも早い。人なんぞただの虫けらの存在に早変わりだ」


 今まで自分に酔うような話し方をしていたスピアだが、それは変わった。

 怒りを露わにするようなものに。

 

「だが、あいつだけは嫌いだ。武刀といったか、あいつは何か違う技を使う。ドラゴンの鎧である鱗を易々と破った。奴だけは生かしてはおけん」


「そう。けど、僕が見逃すと思う? ここじゃ周りに被害が出るし、別の場所に移るとしよう。着いて来い」


 ジブは対の翼を大きく広げ、空に飛んで行った。

 

「ふっ、いいだろう。この身体の実力を思い知らせてやる。ジブラリアを倒した後、その身体は永遠に使わせてもらう」


 スピアはジブよりも大きな翼を広げ、ジブの後を追った。

 

 

 

 

 

 武刀はジブの助けがあり、なんとかスピアとの激闘が抜けだして林道を抜けていた。

 向かう先は町の方角に。

 万里がいるなら助けなくても十分だと思うが、それでも気にはなってしまう。

 

 それに、万里に見つかるよりも先に黒エルフと会っておきたい。

 

 町に近付くと、魔物と万里の影の軍団が戦っているのが見えた。


「うわあ~。あれはえげつない、あれは駄目だよう」


 武刀は頬を引き攣ると身体の向きを左に変更し、向かう先が変わった。

 その方角は町の反対側、魔物の背後を突くように向かった。

 

 林道は街道のように道が整っておらず荒れている。

 普通なら移動するのにも時間が掛かるが、強化魔術が一つだけでもいつもより早く移動できる。

 

 だが、大剣の柄を右肩で担いでいるため、大剣の全重量を右肩が一身に受けている。

 

「肩が凝る」


 武刀が右肩が重く感じながら呟き、急いでいるとストリアが突恐る恐る口を開いた。

 

「聞きたいんだけど、万里は誰なの?」


 ストリアのいつもとが違う口調に気づいたが、気づいた事をばれないよう装い、いつも通りに答えた。


「万里? 吸血鬼だよ。夜行性で日の光が苦手なんだ」


「それって、この世界とは違う武刀が元いた世界の人?」


「そうだよ。多分、俺に会いに来たんじゃないかな? それで連れて帰るんだと思う」


「それってつまり、武刀君は帰っちゃうってこと?」


 ストリアに言われ、彼女が恐る恐る聞いた理由が分かった。

 

 なるほど、そういうことか。

 やっぱりいなくなると寂しいんもんな。

 

「それは……」


 武刀が言おうとした時、正面から気配を感じた。

 立ち止まってそちらに目を向けると、木の影から出てくる者がいた。

 

 その身体は黒い鱗を持ち、トカゲが人のように二足歩行していた。

 

「ま──」


「もういいんだよっ!!」


 右肩に担いでいたストラッゾⅢ型を下し、下段に構えてながら喋っていたスピアに武刀は間合いを詰める。


「見飽きた!!」


 ストラッゾⅢ型にある魔術を三つ起動させ、下段にしていたストラッゾⅢ型を振り上げた。

 大剣であるストラッゾⅢ型は大きく、土を巻きみながら右に斬り上げた。

 

「ちっ! 最後まで話させろ」


 しかし、不意打ちでもなんでもない正面の攻撃は簡単に躱されるが三つの内の一つの魔術、刀身延長が起動していた。

 

 ストラッゾⅢ型の刀身より先から氷の刃のような、青く透明な刃が伸びており、それがスピアの腹を浅く斬った。

 

「その程度で」


 武刀により腹を浅く斬られたが出血までは至らず、、スピアは浅い傷を気にせず武刀に反撃しようとしたが、浅く斬られた腹に違和感がして目線を下げて腹を見る。

 

 さっきまでは浅い傷だけだったが、斬られた部分から氷が薄く浸食してスピアの身体に広がっていく。

 

「なんだこれは!!」


 自身の身体を侵食する氷にスピアは気を取られ、武刀の接近に気づかなかった。

 

「とっとと失せろ!」


 魔術の刀身延長を解いてストラッゾⅢ型を上段から振り下ろし、地面にぶつけて反動を完全に殺し、身体を前に出しながらも右に斬り上げ、左に薙ぐ。


 斬られた部分から氷はスピアの身体を侵食し、触れずとも氷はスピアの身体を侵食する。

 

「ふざけ……」


 纏わりつく氷を剥ごうともがくスピアだったが、氷の侵食は止まらず凍結する。

 

「再生して死なないのなら、氷で再生させずに殺してしまえばいい」


 これは森で三体のスピアと戦った時に倒した方法の一つでもある。

 今回の場合、ストラッゾⅢ型は氷属性をイメージして作った魔術触媒≪デバイス≫のため、今のような戦法しか取れなかった。

 

 しかし、相手を殺さず無効化するには氷属性が一番有効だ。

 

 武刀は氷の像となったスピアにストラッゾⅢ型を突き刺し、魔術の氷撃を起動する。

 氷撃は相手を凍らせる魔術であるが、一つの欠点がある。

 

 それは接触しなければ凍らせることが出来ないことだ。

 その欠点を解消するために今の戦いでは三つ目の魔術、氷結を起動していた。

 

 氷結は氷撃で凍った部分を触れずとも凍らせることができるが、この魔術も欠点がありたった一度だけの氷結ではそれほど氷が広がらない。

 

 そのため、何度も斬る、氷撃を発動させる必要があった。

 何度も斬ったお蔭で今回は凍らせることができ、スピアを倒せることができた。

 

「やはり問題は、今の人型ではなくドラゴンの状態か」


 ストラッゾⅢ型は相手を凍らせることを作られた魔術触媒≪デバイス≫だが、欠点として相手に接触、もしくは相手に何度も触れなければ凍らせることができず、もしそれがドラゴンであればあの巨体を凍らせる必要があるため、苦手な部類に入る。

 

 ただ、それをなくすため刀身延長の他にも大技が二つ残っている。

 刀身延長の場合、発動するには属性のある魔術がなければ発動できず、効果は名前の通り刀身が延長するのではなく、刀身より先から属性の剣が伸びることである。

 

「何をしてるの?」


「ん? これか?」


 凍ったスピアにストラッゾⅢ型を突き立てて、武刀はずっと立っていた。

 

「中まで凍らせようかと。氷が溶けて復活、とか嫌だから。もういいかな」


 ストラッゾⅢ型を抜いて地面に突き刺し、右足で凍ったスピアを押すように蹴った。

 氷は脆く右足が氷に埋まり、引き抜くと一瞬にしてスピアは崩れ落ちた。

 

「脆いな。さて、早く後ろに回ろう」


 さっきと同じように大剣を右肩で担ぎ、魔物の軍の最後尾に向かって動き出す。

 

 この戦場には、万里がいるんだよな……。

 

 魔物の軍と戦っている影の軍団を、武刀は見た。

 あれは万里の魔術でしかありえない。

 

 もう、本性を隠さないでいいよな。

 

 武刀は本音を言えば、もう少しここにいたい。

 ここで幸せに暮らしたい。

 しかし、それを脅かす存在(万里達)がここに来ているのなら、もう本性を晒さなくちゃもったいない。

 

「俺は黒エルフを手に入れて、キャッキャウフフしてやる!!」


「どうしたの? 突然叫んで」


 武刀の叫びはストリアにしか聞こえず、これがもし万里達に聞こえていたのなら、悲惨な未来しか待っていなかった。

 

 魔術:刀身延長 効果:刃より先に属性の剣が現れる。ただし、属性がある魔術がなければ使うことができない。

   氷結 効果:接触していなくても氷をじわじわとと広げることができる。ただし欠点が二つ。一つは単体では役に立たない事。氷撃のような凍らせる魔術がなければ、相手を凍らせることができない。もう一つは一度だけでは氷が広がらないため、何度も相手に魔術をかける必要がある。今回は氷撃のため、接触する必要だあった。

 

 

 

 

 

 武刀は林道の中を走り、魔物の背後に回り込むことができた。


「さて」


 担いでいた大剣を下し、右隣りに突き刺す。

 正面にいる魔物の軍団に目をやる。

 こちらに魔物達は目もくれず、正面を向いている。

 

「こちらには気づいていないか。なら、今のうちに」


 右隣で突き刺していた大剣を抜き、正面に深く突き刺した。

 

「築け! 氷の楽園を」

 

 魔術、氷園が起動し地面からとげとげしくも鋭い巨大な氷が無数に生え広がり、武刀の正面に、魔物達に襲い掛かる。

 

 魔物達の下半身に無数の氷が突き刺さり、こちらを振り返って新しい獲物を見つける。

 下半身に巨大で鋭い氷が貫いて尚、魔物達はこちらに向かって動き出す。

 無理矢理動いているせいか下半身が氷で千切れようとしても、動こうとする。

 

 本当に化け物だな、こいつらは。

 

 今の光景を見ると、敵を殺すという執念の恐ろしさでこちらが恐怖で動きにくくなる。

 

 それでも、やらなくちゃならないんだがな。

 

 地面に深く突き刺した剣を引く抜く。

 すると、地面から生えていた鋭い氷が粉々に壊れて跡形もなく消えた。

 

 邪魔する氷がなくなり、最後尾にいた魔物の軍が武刀に向かって動き出す。

 負傷してはいるが、魔物達はそれを感じさせない動きを見せた。

 

 あのまま魔術の氷園を使い続けて魔物の身動きを封じるのも良かったが、氷園は何かに突き刺さなければ魔術が起動せず、それはストラッゾⅢ型が使えないということだ。

 

 ストラッゾⅢ型が使えなくなるよりかは、氷園を使えないほうがまだマシだ。

 

 抜いたストラッゾⅢ型を中段で構え、魔術の刀身延長を起動させる。

 さらに武刀は氷撃と氷結を起動させ、魔物達と間合いを詰める。

 

 普通の剣よりも長い大剣に加えて刀身延長により射程がさらに伸び、武刀は槍のときよりも離れて戦うことができた。

 

 中段に構えたストラッゾⅢ型を右から左に横薙ぎし、広く魔物に斬りつけた。

 一回程度斬られたぐらい魔物は動きを止めないが、氷が身体を蝕んでいく。

 

 左に振り切ったストラッゾⅢ型を、さらに右足を軸に回転して遠心力を利用して再び右から左に横薙ぎする。

 

 二度斬られても尚魔物は進み、戦闘は武刀の間合いから魔物達の間合いに変わる。

 

 身体が氷に侵食されている赤いリザードマンが左腕を引き、殴りかかる。

 それを武刀はほんの少し右に動いて躱し、リザードマンのの左腕が顔すれすれに通り過ぎていく。

 

 完全に腕を伸ばし切ってリザードマンの動きが止まったのを確認して、周りを一瞬だけ見て優先度を把握する。

 

 左側はリザードマンが邪魔いしてるから大丈夫。問題は避けた方向の右か。

 

 右からオーガが来ているのを把握し、左足で殴りかかってきたリザードマンを蹴り飛ばして左に押し出し、左側の魔物の群れに押し出した。

 

 武刀は右に目を配り、こちらに迫るオーガに目を向ける。

 オーガは武刀を間合いに捉えておらず、逆に武刀の間合いがオーガを捉えていた。

 

「こっちの射程なんだよ。ボケェ!」


 武刀は左から右に大剣を横薙ぎする。

 狙いは太股。

 走って迫っていたオーガの太股が斬られ、さらに氷が侵食することで動きが止まり、その隙を武刀は見逃さず大剣を上段から振り下ろして一刀両断する。

 

 チッ。ヤバいな。

 

 武刀は舌打ちを周りを見る。

 

 こちらは一人だったせいか、たった二体の魔物を殲滅しただけで囲まれてしまった。

 

 大人数より、少人数のほうが囲むの簡単だもんな。

 流石に、俺も全方位から襲われればひとたまりもないんだがな。

 

 武刀が立ち尽くし考えている間も、魔物達は間合いを詰めてくる。

 

 まあ。

 

 武刀は狂気じみた笑みを浮かべた。

 

 全て片付ければ問題ないよね?

 

 大剣を逆手に持ち替え、地面に深く突き刺した。

 

「築け! 地獄を!」


 魔術、氷園を起動した。

 

 武刀を中心に鋭く巨大な氷が無数に生え、それは全方位に、魔物達に襲い掛かった。

 しかし、それでも魔物達は動く。

 それは一度、武刀は見ていた。

 

 目的は一つ、動きを止める事。

 

 大剣を抜いて氷園を解除し、刀身延長を最大にまで設定する。

 

「一刀両断だアアァァァァー!!!!」


 大剣を頭よりも上に持ち上げ、両腕を大きく振って大剣を全方位に横薙ぎする。

 一度では氷撃も、氷結も相手を殺し切れない。

 

 だから何度も振る。

 それは氷の竜巻のような、気づけば魔物達は氷漬けとなって武刀は大剣を振るのをやめた。

 

「流石に全方位に回転斬りは無理だからな~」


「なんのこと?」


「今の戦い。回転切りすると、半分辺りで身体が止まっちゃうから」


「どうして気にするの?」


 ストリアは勝てば良い、という信念らしい。

 それは魔物ならではの弱肉強食からの信念らしいが、武刀は違った。

 

「俺には戦いの美学みたいなもんがあるから」


 かっこよく勝ちたい。

 それが足枷なのは分かっている。

 しかし、ストリアが見ている以上、ダサい所は見せたくない。

 

 周りにいた魔物は氷漬けの標本のようになり、武刀はストラッゾⅢ型を肩に担いで前に進む。

 

「さてと、それじゃあ魔物を……」


 それは突然だった。

 身体に電流が流れたような、攻撃されたわけではないが。

 

「この匂いは奴か!」


 一度嗅いだことのある匂いだった。

 狙った獲物の女性の匂いを忘れはしない。

 

「黒いエルフの匂い!! 待ってろ。今すぐ行くから」


 まるで助けに行くように、武刀は後ろに全力で走っていく。

 

 

 

 

 

 その頃、影の軍団と魔物の軍の前線の後方。

 

「あれは先輩?」


 万里は魔物達のほんの僅か隙間から、武刀を見つけることができた。

 武刀が見えた途端、万里は長年探していた物が見つかったような、晴れやかな笑みを浮かべた。

 

 しかし、武刀が離れて行くのが見えた。

 それだけで彼女は理解した。

 

「また新しい女ですか……」


 万里はフフフフフ、と狂気で愉快な笑い声を浮かべ、日傘を持つ手が強くなる。

 

 途端に、戦場は激化した。

 影の軍団の圧力が今まで以上に強くなった。

 

 

 

 

 

 武刀が向かう先には、魔物が何一ついない森と街道の間のような場所だった。

 

「どこだ? どこにいる?」


 俺の嗅覚が告げている。

 ここ辺りに黒エルフがいると。

 

「何を探してるの?」


「黒いエルフだ。前に会ったろ?」


「あ~あの」


 ストリアは思い出したらしい。

 

「そうだ、あの黒エルフだ。俺の嗅覚がこの付近に黒いエルフがいると言っているんだ」


「武刀は人間だよね?」


「当り前だ。俺は人間だぞ」


 何故人と思われないんだろう。

 おかしい。

 それよりも、黒いエルフはどこだ?

 

 耳を澄ませ、深く息を吸って黒いエルフの匂いを探る。

 黒いエルフの匂いはする。

 しかし、どこにいるかまでは分からない。


 探していると、


「黒いエルフはどんな匂いなの?」


 ストリアからの質問があった。

 

「匂いか? 臭いわけではないが特徴的な匂いだよ」


 女性特有の良い匂いではなかった。

 しかし、また匂いを嗅ぐとすぐに分かる印象的な匂いだ。

 

「どこにいるんだ? 匂いの他にも、視線を感じるし」


 見られているような気がするのだ。

 人っ子一人いないこんな戦場で視線を感じるなら、人がここにいるということになる。

 

「草原にいない。となると木の上だが、あそこにはいないような気がするし……」


 悩む武刀だったが、それはあっさりと解消された。

 

「しょうがない。氷園を使うか」


 担いでいた大剣を下し、逆手に持ち替えて地面深く突き刺して氷園を起動する準備をする。

 範囲を広く、威力を最低、高さも最低に。

 

 新しく設定し直し、氷園を起動する。

 氷園は膜のように地面に広がり、それは魔物を襲った氷園よりもあまり展開するものがすくないため、広がる速度は速かった。

 

 武刀は耳を澄ませていると、地面を蹴る音が聞こえた。

 いつでもストラッゾⅢ型を抜いて振れるよう、武刀は身構えていると氷の上に着地する音が聞こえた。


 右斜め前、右寄り!

 

 武刀はストラッゾⅢ型を抜くと氷園の設定を元に戻して解除し、刀身延長を起動させる。

 ストラッゾⅢ型から氷の刃が伸び、武刀の音の方向に上段から大きく振り下ろした。

 振り下ろす直前に蹴る音が聞こえ、ストラッゾⅢ型が地面を叩き割る。

 

 手応えはなく、何も見えない。

 しかし、武刀の目的は殺すことではなく捕獲。

 元々、傷つけるつもりもなかった。

 なら何故ストラッゾⅢ型を振ったのか。

 それは囮である。

 

 蹴った音が聞こえて次に着地する音が聞こえた。

 武刀は即座に反応し、音の方向に飛びついた。

 

「ハハハ! 捕まえた」


 何も見えない、虚空に左手を伸ばして掴む。

 それが何か分からない。

 しかし、しっかりと左手が何かを掴んだ。

 

 何を掴んだのか分からないが、こちらに左手を戻して掴んだ何かを引き寄せる。

 すると、剣を抜いた音ような聞こえた。

 

 剣を抜いたか? 斬るのはどこだ? 見えないし分からんから全部!!

 

 左手がどこを掴んでいるか分からない以上、運に任せて適当に防ぐしかない。

 右手で持つストラッゾⅢ型を横に向け、身体よりも前にだして腹で受け止めた。

 

 剣同士がぶつかる音が聞こえ、右手にぶつかる衝撃が伝わる。

 

 問題はない。大丈夫。

 

「どうして!?」


 その声は聞いたことのある声だ。

 やはり、黒エルフの声だった。

 

 完全に左手を引き寄せ、

 

「ストリア! 拘束!」


「了解」


 背中側の襟や襟から六本の青い触手が伸び、未だ見えない黒いエルフを拘束しようと動く。

 

 見えない以上、どこに何があるか分からないためまずそこから探る必要があり、夜に物を探すようにストリアは恐る恐るといった感じに動いていたが、左上の触手が斬られてた。

 

 剣か! ならそれを無効化すれば。

 

 しかし、触手を押し込むように形を変えるだけで斬ることはできず、逆に武刀がストラッゾⅢ型を手放して空いた右手で触手を斬ったであろう辺りを、且つ剣に触れないためにも地面近くで動かして探り、ぶつかった。

 

 そこからは一瞬であった。

 剣を持つ手を掴んで地面に押し付けて封じ、その頃にはストリアも身体の部分が分かり、足と腕、胴体を拘束した。

 

 透明化で何も見えず、ストリアが拘束してくれたからこそ分かるが、黒いエルフはうつ伏せか仰向けの状態だ。

 

 今の恰好は人体実験されるような大の字で拘束されている。

 

「何も見えん。透明になるのをやめろ」


 反応はなかった。

 黙秘、というやつだろう。

 何も喋らない気らしい。

 

 しょうがない。やりたくないが。

 

 武刀はため息を吐いて決心した。

 

「今からお前を強姦する。いいな?」


 強姦、という一言を聞き、息を呑む音が聞こえた。

 ただ、ただそれだけだ。

 犯される覚悟はあるようだ。

 

 しかし困った。

 強姦する気はそもそもないのだが。

 決心したのは、ただ言う覚悟でする気はない。

 そもそも、俺はそっちよりも和姦が好きなのだが。

 

 本当に困った。

 もし強姦しても透明化は消さないかもしれない。

 それはそれでいいかも。

 透明人間みたいな感じで。

 

 今は置いといて。

 普通のことをやっても話さないようだし、異常≪アブノーマル≫なプレイをするとしよう。

 

「ただ強姦してもつまらんし、お前を拘束しているスライムにも参加してもらおうか。きっと面白いぞ。スライムと交わるのは」


「私も参加するの?」


 自分も参加するような話しぶりに気づいたストリアの声が、武刀だけに聞こえる。

 

「いや、参加しないよ。ただもう少し触手出して」


「分かった」


 襟や裾から倍の触手の数が武刀の背後でウヨウヨとし、黒いエルフは透明化を解いた。

 透明化を解いた黒いエルフの顔は青ざめ、身体を震わせていた。

 

 流石に、スライムに犯される覚悟はなかったようだ。

 

「ちょっとお話をしようか」


 武刀は今までに見せない笑顔で、黒いエルフを見下ろす。

 見下ろされる側からすれば、それは最終勧告に似たものだった。

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