百十四話
北門は魔物に襲われ、悲惨な状況になっていた。
始めは優勢であった。
魔物達は南門に集まり、北門には魔物がそれほど集まっていなかった。
しかし、時間が経つにつれて魔物が増えてきた。
南門より北門の方が冒険者が少ないこともあり、魔物が徐々に増えてくる現状、冒険者達は悲鳴を上げていた。
「町の中に入れるな! 絶対に門を死守しろ」
門の外を扇状に冒険者は展開し、迫ってくる魔物を殲滅する。
しかし、時間が経つにつれて魔物は増え、冒険者が減っていく。
そんな現状では徐々に冒険者の戦力が減っていき、ジリジリと前線が下がっていく。
「負傷者は町の中に戻れ」
エンテは南門を指揮しながら最前線で戦っていた。
魔物の猛攻は凄まじく、負傷者が増えて前線が崩れてきた。
負傷者した者が戦線から離れ、町の中に入って行く。
町の中には逃げようとしていた町の住人や、戦ったことはないものの戦いたいという義勇兵が町の中で、魔物が入りこまないように構えていた。
そんな中、逃げ遅れた負傷者は魔物の波に飲まれ、悲鳴と共に魔物に群がれていく。
悲鳴を聞けば冒険者や衛兵達の戦意が挫け、武器を振る手が遅くなる。
それはこちら側の負けを意味する。
「北門から援軍が来る! それまで持ち堪えろ!!」
「おう!!」
エンテの喝に、周りの冒険者が言葉ではなく行動で応えてみせた。
援軍が来る、それがエンテの嘘だということが誰もが知っている。
しかし、そう思わなければ誰もがこのくそったれな戦場で戦えることができない。
無理矢理戦意を奮い立たせているが、遠くでそれがとある魔物を見たことで崩れた。
「なんだよ、あれ」
それを見た者は武器を振るっていた腕が止まり、だらんと力なく垂れる。
ある者は、ふざけるな、と怒りを魔物に向けてがむしゃらに武器を振るう。
皆の目線にいるのは黒い竜だった。
それが空を飛び、火炎を吐いているのが見えた。
だが、吐いている方向は町の方角ではなく左側面を向けていた。
火炎を吐いてゆっくりと降下していると、黒い何かに包まれたと思うといなくなっていた。
そして、北門に襲い掛かっていた魔物の後続が一気に吹き飛んだ。
それは爆発に似たようなもので、一部の魔物が吹き飛んで飛び上った。
浮いた魔物は手足をジタバタと動かし、暴れて地面に落下した。
落下して死ぬ魔物もいたが、無事だった魔物の手足や体の一部が潰れたり、折れたりしていた。
「何が……」
突然の事に、冒険者と魔物は戸惑いを見せた。
魔物の攻勢が止まった事に気づいたエンテは、隙ありとばかりに攻勢にでた。
「魔物の指揮官が死んだ。全員、俺に続け!!」
エンテは尤もらしい嘘をつき、攻め立てた。
魔物の指揮官が死んだ、なんてことただの出任せだ。
それでも、エンテは戦意が戻る口実が欲しかった。
そのため今の状況を利用した。
冒険者達は戦意が戻り、魔物達の群れに襲い掛かった。
逆に、魔物は戸惑いながら何もできずにいた。
戦況がさっきとは逆になった。
冒険者や衛兵の負傷が減り、魔物達が討ち取られていく。
戦線が徐々に前に出て行くと、人の形をした影が上を通り過ぎた。
それに気づいた者が影を追うと、影は既に上から通り過ぎて日傘をしたまま町の方に入ろうとしていた。
その頃南門では、黒エルフにより魔物の全てが暴走魔法≪バーサーク≫を掛けられ、敵味方問わず襲い掛かった。
南門は戦況が明らかに不利だった。
空を飛ぶ魔物から牽制されて弓や魔法を使えず、戦線はアルフィーが作り出した氷でなんとかなっていたが、敵の数が増えて戦況は変わった。
さらに、暴走魔法≪バーサーク≫によって狂わされた。
魔物同士で殺し合いを始めたのだ。
「あれ?」
オーガの肉体、筋肉が盛り上がる。
赤いリザードマンは肉体が盛り上がり、牙が伸びた。
鷲の魔物は全身が大きくなった。
より強そうに見えたのだ。
なのに、魔物同士で戦い始めたのだ。
それには、暴走魔法≪バーサーク≫がこの悲劇? を起こした原因である。
暴走魔法≪バーサーク≫は魔物を強化し、狂わせる魔法である。
この魔法は相手の数が多く、自軍の数が少なければ効果が期待できる。
それは仲間内で殺し合いを避けるためだ。
ただ、仲間同士の殺し合いを避けるには同じの種族で長く共におり、少数が条件である。
しかしこの戦争では魔物は多種族で魔物の数が多い。
又、アルフィーの氷の魔法で魔物と人を隔離するような壁がある事も、一つの要因であった。
仲間同士の殺しが必然だった。
これがもし、アザカ、武刀が転移した国のエルフが作り出した魔法ではなく、シュトラドラッハ、武刀が今いる大陸のエルフが暴走魔法≪バーサーク≫を生み出していれば、魔法の事を詳しく知っていることで変わっていたかもしれない。
魔物同士の殺し合いで、戦況が変わった。
それは人間側にとっては喜ばしいことであったが、一つ要因で全て吹き飛んでしまった。
灼熱の炎がアルフィーの作り出した氷を全て溶かした。
それにより、炎の余波がアルフィーのいる城壁の上まで伝わって来た。
「なっ!」
それは突然のことであり、アルフィーは原因を探るべく炎が飛んできた方に目を向けた。
遠目からではっきりと見えないが、火炎と氷がぶつかっているのが見えた。
「なんだ、あれは」
アルフィーが驚ていると同時に、ジブも驚くと同時に身体がムズムズするような、落ち着く感じがしなかった。
しかし、ジブはそんなことを考えている暇が一切なくなった。
アルフィーの魔法による氷が溶けた事で、魔物達と人間の境界線を作っていた氷がなくなり、仲間同士で争っていた魔物達は戦いの方向は魔物の他に、人間に向けられた。
魔物同士で殺し合いをしていたせいだろうか、血を浴びたことでより凶暴さを増した。
命令を聞かない暴走魔法≪バーサーク≫によりかかった魔物達は、仲間同士で殺し合いをするものがいるが、中には人間達を襲い掛かった。
それは獣であった。
戦うために生きている、というべきか。
余力を残そうなどと考えていない、獣であった。
「盾隊、槍隊、用意!!」
前線で盾を持った者が横一列に並び、その後ろで槍が盾の隙間から伸びている。
槍衾の完成である。
そこに向かって、赤いリザードマンやオーガが襲い掛かる。
騎兵なら、これでなんとかなるが魔物だとそうはいかなかった。
オーガは槍衾に突っ込み、槍に身体を突き刺されたが気にもせず、盾だろうが槍だろうが関係なく殴った。
その一撃は盾を粉砕させ、吹き飛ばした。
又、その後ろにいた槍持ちも一緒に吹き飛んで宙を舞った。
それは赤いリザードマンも一緒で、オーガほどではないが槍衾など意に介さなかった。
「やはり、暴走魔法≪バーサーク≫で恐怖はないか」
槍衾で全身突き刺せば死ぬだろう、そう考え、保険としてワンクッション入れるため盾を横に並べたが、全くの意味がなかった。
しかし、死ななかっただけでも貰い物、と考えられる。
魔物が戦線に穴を開ける中、アルフィーはただ見ている訳はなかった。
「弓隊、魔法隊。前線を援護。発射用意」
右手で持っている杖を真上に伸ばした。
その時だった。
上空から何かが急降下してくるような音が聞こえた。
さっきまで身内同士で争いをしていたのに。
まさか、とアルフィーは顔を上に向けると、鷲の魔物が両翼を畳んでアルフィー目掛けて急降下していた。
仲間内で争いをしていたため、アルフィーは鷲の魔物が襲ってくると可能性の中から外していたのだ。
翼を畳む事でいつも以上の速度で急降下する鷲の魔物は、アルフィーに避けることすら許さなかった。
ぶつかる!
アルフィーは避ける暇もなく鷲の魔物とぶつかることに気づき、痛みが来るのを待ちながら目を瞑ると、振って来たのは液体であった。
匂いは血生臭く、目を開けて自身を見ると血だらけであった。
「どこもかしこも戦争。血の匂いで一杯ね」
その女性の声は今まで聞いたことがなく左で聞こえ、声のした方にアルフィーは向いた。
そこには少女がいた。
黒い中学校の制服を来た長い金髪の碧眼少女だった。
少女、万里は左手で日傘を持って自身に日の光を浴びるのを遮り、赤い液体に染まった右手を妖艶に舐めていた。
「マズッ!!」
妖艶な姿から一転、少女らしい顔に戻った。
「貴方は……」
アルフィーは迷った。
きっと彼女が救ってくれたのだろう。
しかし、味方なのか敵なのか分からない。
又、右手に付いた血を舐める仕草が味方のようにも思えなかった。
そのため、アルフィーは突然現れた万里に問おうとした時だった。
万里の方からアルフィーに向いた。
「今はそんなことをしている暇はないんじゃないかな?」
少女に言われ、下の惨状がさっきもよりさらに酷くなっていた。
しまった!
戦線を悪化させないためにも、アルフィーを待機させていた弓隊と魔法隊に指示しようとした。
だが、それを狙って上空から複数の鷲の魔物がさっきと同じように、両翼を畳んで急降下してきた。
くそ、こんな時に!
さっきと同じように襲われたが、今回は一度襲われたことで心構えができており、避けようとしたがそれよりも先に動いた者がいた。
万里だった。
「空は私がやってあげます。だから、早くこんな戦いを終わらせちゃってください」
空からアルフィーを襲おうとする鷲の魔物を眺めながら、万里は言うと足元の影から扇子がゆっくりと浮かび上がりなら万里の左手にまで上がった。
「私、熱いのは苦手なんです。涼しい方が好きなんです」
ついさっきまではそれほど熱くはなかったが、アルフィーの魔法で生まれた氷を溶かした火炎によって、今は蒸し暑かった。
万里は左手で持った扇子を振って開く。
扇子は全てが黒一色で染められ、模様は何もなかった。
「吹き飛んじゃえ」
扇子を鷲の魔物に向かって横に一振り。
それだけで鷲の魔物は、暴風に襲われたかのように身体のバランスを崩して見当違いの所、地面に落下して死んだ。
アルフィーが扇子を呼び出した頃、万里の言葉を信じたアルフィーは指示を出した。
「弓隊、魔法隊、放てえええええ!!」
アルフィーは杖を真上に上げ、振り下ろした。
声が聞こえたのと同時に、弓と魔法が雨のように降り注いだ。
弓や魔法は前線より先にいる魔物に降り注いだ。
魔物に弓と魔法が絨毯爆撃のように空か降り注ぐが、気にも止めないとでも言わんばかりに魔物は前線に突き進み、食い破って行く。
前線が魔物にぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、地獄に変わっていた。
負傷者が増えて町に戻り、前線から人が減って前線の負担がかなりのものになっていく。
弓と魔法は指示せずとも矢が、魔力がなくなるまで放ち続けている。
それでも、魔物は暴走魔法≪バーサーク≫によって苦痛を気にすることもなく突き進む。
戦争において怖いものの一つに死を恐れない事、と言われてることがある。
まさにそれが今の光景だ。
仲間が、自分が死のうが気にもせずぶつかる。
こちらは負傷者を気にしている間に、被害が拡大していく。
どうすれば。
アルフィーは地獄の戦場を変えるため、何か策を考えていた。
魔力が残っていないアルフィーができることは、考えることしかなかった。
「手伝いましょうか?」
そんな時だ。
希望すら見えなかった現状、一筋の光が見えたような気がした。
その声は左から、万里からだった。
「手伝って、くれるのか?」
「はい。空のお掃除も終わったので手伝いますよ。ただし、条件があります」
「条件?」
こんな危機的な状況で手伝ってもらうための条件、それは嫌な予感しかしない。
交渉でこういった条件を飲ませるには、相手側が飲ませるしかない状況を作ることだ。
それが今であり、アルフィーは突然現れた目の前の少女が敵なのでは、と疑い始めた。
「はい、簡単なことですよ」
左手に持つ扇子を振って閉じ、前線のほうに指した。
そこには、身体にある魔術が使えないジブが、傷だらけになりながらも奮戦していた。
「彼女をここに呼んで来てください。そうすれば、現状を打破することができますよ」
「分か……た」
今の地獄を変えるためには、少女の条件を飲むしか、アルフィーは策が思いつかなかった。
「すまない、ジブを呼んで来てくれ。それと、前線を全て町の中に収容し、門を閉じる。その前に魔法が使える者は壁で相手の動きを封じるよう伝えてくれ」
「はい」
アルフィーは伝令兵の元にまで行き、作戦を伝えると万里の方を向いた。
「お前の通りにしてやった。これでいいんだな?」
助けてもらった当初、アルフィーは万里に対し貴方、と言った。
しかし、今では敵の可能性も疑っていることもありお前に変っていた。
「大丈夫ですよ。私は準備があるので行ってきますね」
万里はそう言い残すと城下へ、ジブの元に向かう。
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