百十二話
前話と比べて三倍の量になっています。多分
まず、状況を整理しよう。
槍はない。
だから五月雨、閃光、強化魔術が一つ、転移魔術が使えない。
盾は形は残っているが、魔術回路はもう限界。
少しでも使ってしまえば壊れる可能性がある。
盾にある魔術は障壁魔術と強化魔術が五つ。
少し休憩を入れたほうがいいか。
使える魔術が両手の炎撃と氷撃、足の瞬風、鎧には補助として強化魔術と障壁魔術が一つずつあるが、あとで魔術を増やすかもと思ってあまり魔術を増やさなかったが、こりゃ悪手だったな。
周りの森は燃えて逃げ場はない。
「ストリア。すまないが俺が合図をしたと同時に俺の身体に水をかけてくれ」
「分かった」
スピアに聞こえないよう小声で喋ると、ストリアも同じように小声で頷いた。
燃えた森の中を逃げるのはなんとかなるとして、一先ずは盾の魔術回路を回復するためにも、時間稼ぎをするしかないな。
障壁魔術を解き、強化魔術もバージョンⅠに変更した。
「随分と姿が変わったじゃないか。俺としてはそっちよりも前の方が好みなんだけどな」
大きいと愛し合えないしな。
「俺としてはこっちのほうが好きだぞ。この巨体なら人型よりも攻撃の範囲は大きいからな。それにこの姿なら人が怯えるからな」
空を滞空していたスピアは、地面に降り立った。
武刀の思惑通り、スピアは乗っかってくれた。
これなら少しだけでも魔術回路が休ませられることができる。
「ドラゴンなら当たり前だろう。普通は誰だって怯えるもんさ」
「そうだな。だが、貴様は怯えない。それに俺の攻撃を防ぎ切った」
「言ったろ。変わったのはお前だけじゃないって」
武刀は時間稼ぎのために無駄なお喋りをしていると、呼吸がしづらいのを感じた。
息が。
そうか、周りが燃えているから酸素がなくなっているのか。
こりゃあ時間稼ぎもあんまりできないな。
時間稼ぎの弊害に気づいた時だった。
「ん? どうした? 具合が悪いのか?」
相手をおちょくるようなスピアの物言いに、武刀は確信した。
こいつ、知ってやがって無駄話をしたな。くそったれが。
こうなったら、早くここから去ろう。
「ああ、悪いさ。だから、ここからおさらばさせてもらう!」
武刀は言うや否や残っている強化魔術をフル動員させ、振り返ってこの場から去ろうとした。
だが、スピアはただ黙って見ているわけはない。
「簡単に去らせると思うか?」
スピアは大きく息を吸い込んで火を吐こうとしたが、周りの空気は既に燃焼されて二酸化炭素に変わっていたため、火を吐くことができず、慌てて周りにある燃えている木を左右で一本ずつ抜いた。
しかし、スピアは火を吐く、という無駄な動作が入ったことで、既に逃げ去ったあとだった。
「クソがああああああああ」
自身の策で武刀を逃がす。
策士策に溺れるとはまさにこのことで、自身んの失敗を晴らすように、スピアの怒声が空に響いた。
「やばい。本当に死ぬ所だった」
武刀は息切れし、木に背中を預けて木の根に腰を下している。
ここ辺りはまだ火の手が上がっておらず、少しだけ休憩することにした。
ここに来るまで、色々と犠牲にしてしまった。
まず逃げるに当たって、ストリアの魔術で水を被ってここまで逃げてきた。
水を被ったお蔭で全身火達磨になりはしなかった。
又、その際に強化魔術バージョンⅤを使ったことで火の手が上がっていない所まで逃げ延びることが出来た。
強化魔術のお蔭で生きれた。
しかし、その強化魔術の魔術回路が描かれた盾が完全におしゃかになった。
左腕に括っていたバックラーを外す。
見た目は何も異変はないが、魔術回路の使い過ぎによる発熱で触れるとかなり熱い。
しかし、水で濡れている武刀はまだ耐えられることが出来た。
盾を外し、武刀はこれからのことを考える。
強化魔術と障壁魔術が一つで、これからあのスピアにどうやって戦う。
バックラーは魔術は使えないが盾本来の仕事はできるが、ドラゴンからしたらこの盾は紙だろうな。
俺が逃げたことで奴は追ってくる。
もしからしたら、俺よりも先に町を火の海にするかも。
ジブならなんとかやれるかもしれないが、たしか強化魔術も使えなかったよな。
今はできるかも、とか希望的観測にはすがりたくないな。
ならどうする? 俺の女どもがここに来るのを待つ? ふざけんな!
絶望的な状況で、武刀は希望に縋ろうとしている自分を罵る。
ここに来るまでどれくらいかかるかも分からないのに、待っていられるか。
何か打開策はあるはず。何か……。
考え、考え、武刀は何一つ思い浮かばない。
ない、のかな? アルフィーやジブが殺されるぐらいなら、俺は。
武刀は一つの賭けに打って出た。
これは初めから頭の中にあり、極力使いたくはなかった。
何故なら、これは本当の賭けだからだ。
もし失敗すれば……。
「やってやるさ。やってやるよ! 枷ぐらい外してやるよ!」
自身の肉体にある魔術回路を封じる枷、それを今ここで武刀は外そうとする。
しかし、もし外せばついさっき魔術回路が壊れたバックラーのように、魔術回路が壊れて魔術が使えなくなる。
それは、武刀が魔術師ではなくなるということであり、今まで心血を注いできた物が無駄になるということでもあった。
頭の中には失敗するかも、という言葉が浮かび武刀は頭を左右に振ることでそれを払って忘れようとした。
だが、意識すれば意識するほどハッキリと浮かび上がってくる。
こんなことで時間をかけている暇がないのに……。
ドラゴンとなったスピアが襲ってくる。
襲ってこなくても、山火事が武刀を呑み込む。
現に前方の、山火事が起きている森の方は凄く明るい。
「ストリア。悪いが火の手がくるのを抑えてくれないか? 俺の強化魔術では逃げれる可能性は低い」
武刀の強化魔術は鎧の一つのみ。
たった一つの強化魔術では人を対象に強化した所でたかが知れ、逃げる武刀よりも火の手の方が速い。
「分かった。私に任せて」
必死な声で言うストリアは武刀から離れると、人の形をしてから走って山火事の方へ向かった。
「頼む。さて……」
ストリアが山火事の方はやってくれる。
俺は枷を外すことに集中しよう。
枷、それは魔術を封じるものであり魔術師に使われれば、一生魔術を使うことはできない。
魔術が使えなくさせる枷は、犯罪者相手にも使われる他に魔術師とただ人を誤認させる時にも使われる。
武刀の場合は後者であり、誤認させることが目的のため外すことも可能である。
外す場合は、枷を解除。コードと言い、さらに枷を付けた者が設定した解除コードを言えば、枷を外すことができる。
ただし、枷の解除コードを間違ってしまえば枷の機能により魔術回路は破壊される。
破壊する時は、魔術回路を強制的にオーバーヒートさせることで魔術回路を焼き切り、その際に身体は魔術回路の部分の皮膚が熱せられるような痛みを味わう。
武刀は現在、必死になって枷の解除コードを考えていた。
枷の解除コードはなんでもい。野菜とかでも。
ただ、考えたのはヴァルだ。
ヴァルのことだ、そう簡単な物ではないはずだ。
必死に考えるが、武刀は一向に枷の解除コードが思い浮び上がらず、別の視点で考えることにした。
枷の解除コードを考えたのはヴァルだ。
なら、ヴァルの立場になって考えてみよう。
ヴァルは俺の事が好きだ。大好きだ。
なんか自分で言ってるとアレだな。まあいいか。それは置いておこう。
俺ではなく枷の解除コードを考えたヴァルならなんて考える?
好き、とか? それはなんか簡単すぎる。
ヴァルの事だからそんな事しない。
その時、頭の片隅に引っかかった。
ヴァルの事だから?
ならどうする? いや違う!
ヴァルならどの場面で俺に解除コード言わせようと考えていた。
今は緊急事態だが、元は英雄になるかもしれない候補を探していた。
もしその仕事が終われば、俺は自宅に帰って枷の解除コードを解く。
自宅には俺の女が一杯いる。
もうほんと、一杯いる。
そこで枷の解除コードを言う。
俺の女たちの目の前で枷の解除コードを言う。
やっぱり、好き、とか?
けどそれは良い慣れてるし、聞き慣れてもいる。
ならなんだ?
ヴァルからすれば、やっぱり好き、とか嬉しい言葉を聞きたいはず。
けど聞き慣れているから珍しい言葉を。
珍しい言葉、俺が絶対言わない言葉、結婚とか?
ハーレムを築いている現状、結婚しよう、と一人の女性に言ってみるとしよう。
その日から血で血を洗う戦が始ってしまう。
それをなくすために、全員に結婚しよう、と言ってみよう。
次はその言われた順番で争いは起きる。
武刀は周りが地雷原しかない道を、歩き続けている。
そのため、女性たちに言う言葉はかなり慎重にならざるをえない。
結婚が妥当だよな。
俺、絶対言わないし。
そうなると、ヴァルはそれをみんなの目の前で言わせようとしていたのか……。
ヴァルが考えた枷の解除コードに、武刀は身体が恐怖で震えていた。
それは二重の意味で。
ヴァルはなんてことを考えるんだ。
枷を解くためだからといって、絶対に戦争が起きるだろう。
まあいい。まずは解こう
「枷を解除。コード、ヴァル結婚しよう」
武刀は枷の解除コードを言った。
しかし、何も反応がない。
ただしそれは、良い事だ。
もし反応があるとすれば、それは枷の解除が失敗して魔術回路が壊れる時だ。
何の反応がないことに武刀は一安心し、肉体にある魔術を一度確認する。
おい、おいおい。
武刀は笑うしかなかった。
何故なら、
「どうして右腕しか魔術が使えないんだよ!」
右腕しか魔術が使えなかった。
それは、まだ身体に枷があるということだ。
ヴァルは俺に何個爆弾発言させる気だ。
一度の枷を解除させるのに、右腕。
ならば左腕と両足、あとは身体の計四つの枷を解除させるコードが必要になる。
まあいい。右腕があるだけで十分。
地面に転がっているバックラーを拾って武刀は起き上がると、目の前にあった木が一気に薙ぎ払われた。
その衝撃と風圧で武刀は咄嗟に目を覆い、薙ぎ払った時の土が礫のように身体や顔にぶつかった。
衝撃と風、土が身体に当たらなくなってから目を開けると、目の前にあった木が根こそぎ抉られ、残ったものは抉られた土だけだった。
木はなくなり、抉られた向こう側の木は燃えており、これで燃え移ってここ辺りにくるのは時間が稼げる。
一体何が……まさか!
武刀がもしやと思い上に顔を向けると、そこにはスピアがいた。
「やはりいたか」
滞空しているスピアは低く響くような声が聞こえた。
「ここにいると思ったよ。ここだけ火の手が移るのが遅かったからな」
しまった。
ストリアに頼んだのが裏目に出たか。
だが、遅かれ早かれ見つかるんだ。
「火の手が来るのを遅くするためにやったことが、まさか見つかるとはね。次は注意するよ」
右腕で使える魔術は少ないな。
というか、攻撃限定で武器が拳だけだから使える魔術がすくねえ。
強化魔術も胴体のほうにしかないから、一つしか使えない。
使えるものといったら、指定≪ポイント≫と転移ぐらいだからな。
転移も、指定≪ポイント≫がないとただのゴミみたいなもんだからな。
あとは氷撃と炎撃は、ドラゴン相手に効きそうにないよな。
となると、瞬風ぐらいか。
出力を上げれば何とか出来るかもしれないが、二発三発が限界か。
武刀はこれからの戦い方を考えながらも、時間を稼ごうと足掻く。
しかし、それはさっきと同じことでそれをスピアは許さなかった。
「注意? 何を言っている。もう注意することはないさ。ここで死ぬんだからな」
スピアは三対の翼を上下に動かしながら、息を大きく吸い込みながら三つ首を後ろに下げる。
やばい。今のそれを食らったら。
火炎のブレスを喰らい障壁を使ってしまえば、バックラーと同じように魔術回路が壊れて強化魔術も一緒にお陀仏する。
もし強化魔術が使えなくなれば、本当に勝ち目がなくなる。
何か使える物は……。
武刀はこの危機的な状況を打破する物を探したが、見つかりはしない。
瞬風で逃げようとしたとしても、スピアはそれに合わせて火炎のブレスを吐いて来る。
転移魔術でも、人を移動させるにはより巨大な魔術回路が必要で、人間一人の魔術回路では移動することはできない。
なら、受け止めることしかできない。
火炎なら、氷でなら受け止められる。
生き残るのは万分の一かもしれない。
しかし、武刀はそれに縋ることしかできなかった。
だが、今氷撃で氷の盾を作った所で既に火炎のブレスを吐こうとしているスピアには、遅すぎる。
時間稼ぎをしないと。
武刀はその手に持っている物に目を向ける。
ないよりはマシ、か。
瞬時に、鎧にある強化魔術と右腕にある指定≪ポイント≫を起動し、指定≪ポイント≫はバックラーに設定する。
設定したバックラーを縦向きにし、スピアに向かって振り上げるようにして投げる。
丸い形をしたバックラーは下から掬い上げるようにして飛んだが、スピアには当たらず顔の前を通り過ぎて上へと飛んで行く。
「外したな。馬鹿が」
「そうでもないさ」
飛んで行った盾を指定≪ポイント≫を転移で戻し、右手の氷撃を全力で起動させる。
右手から巨大な氷が、それは武刀の姿を完全に隠してさらに高くせり上がる。
それでもさらに武刀はより氷を厚く、高くしていく。
これでもまだ、武刀は十分耐えられるとは思っていなかった。
後ろに下げた三つ首を前方に突き出し、肺の中に溜めた空気を身体の中にある火炎袋によって炎と変え、武刀に向かって吐き出した。
三つ首から出される炎は範囲が広く、氷撃で作り出した氷のドームを覆って溶かしていく。
氷は炎の熱で溶かされて水に変え、その熱が水蒸気と一瞬にして化えていく。
炎によって氷が水、そして水蒸気にになり、武刀はさらに氷撃で氷を増やす。
スピアが氷を溶かし、武刀は氷を増やす。
それは一進一退の攻防にも見えるが、明らかに武刀が不利だった。
炎に溶かされてできる水蒸気の熱が氷を溶かし、作るよりも溶かすほうが速い。
クソ、無理なのか。
それでも諦めず、武刀は氷を作り続ける。
右手の小手にある魔術回路が悲鳴を上げ、熱くなってくる。
それに包まれた右手も熱く、下がろうとする右腕を左手で支える。
「まだ、あきらめて、たまるかよぉぉぉぉー!!」
怒号を上げて氷を作り続けるが、それも限界がきてしまった。
武刀の意思とは反し、右手の小手にある魔術回路が壊れてしまい、突然氷撃が発動できなくった。
やばい。
気づいた時には既に炎が氷を溶かし水蒸気に覆われ、目の前にまで迫っていた。
「あれ?」
その光景を、ストリアは見てしまった。
彼女は武刀に言われた通り、火の手を抑えていたストリアはスピアが木を薙ぎ払った音が武刀のいた所から聞こえ、慌てて戻った。
そして、武刀が炎に包まれる姿を見た。
ストリアは丁度炎の範囲の外だっため、生きることができた。
今はまだ、武刀の氷が溶かされた事で生じるとてつもない量の水蒸気が、視界を埋め尽くしていた。
何もできなかった。
ストリアはただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「邪魔だ!」
それはスピアの一喝であった。
氷を溶す際に生じた水蒸気が空を飛んでいるスピアを覆い隠し、視界を埋め尽くされたことで翼を動かして風を送り、水蒸気を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた水蒸気は、スピアが風を起こしたことで空気は入れ替わり、水蒸気は次第に透明になっていく。
それにより、スピアの火炎が生み出した悲惨な光景を見てしまった。
周りの木と一緒にまるごと包み込んだ炎は全てを燃やし尽くし、残ったのは黒ずんだ土と炎によって熱された木の形をした炭だけになっていた。
スピアが起こした風によって炭となった一部の木が崩れた。
どうして……。
何故何もしなかった。助けなかった。
ストリアは自分の中で自問自答をする。
助ける力はあった。
なのに、出来なかった。
どうして!
今更後悔した所で、もう死んでしまったことは仕方がなかった。
「ん?」
周りが黒一色に染められたことで、青い色をしたストリアがより強調され、スピアに見つかってしまった。
「人の形を魔物、スライムか。面白い。捕獲して研究でもするか」
新種の魔物を見つけたと勘違いしたスピアは、ストリアを捕獲しようとゆっくりと降り始める。
お話の量がかなり少なかったので、これからは三話分を統合しました。
そのため、月末辺りに毎日投稿を計画していましたが不可能になり、これからは週三から週四の投稿に変えて今月で全て終わらせます。
今回は知らせたいことがあったので、こんな日に投稿しました。
明日も投稿する予定なので、よろしくお願いします




