百九話
先に動いたのは武刀だった。
左側のスピアへと走って距離を詰めた。
迷宮の時は強化魔術だけであったが、今は強化魔術バージョンⅢ。
あの時とは動きが違った。
そのためだろうか、スピアの動きは一瞬だけ反応が遅れた。
武刀がスピアの正面に止まった時、スピアは右手の爪を伸ばして指を閉じて武刀の頭目掛けて突き刺す。
それに当たれば強化魔術といえど兜をつけていないため、簡単に貫通してしまう。
だが、強化魔術はただ肉体を強化するだけでなく、全てを。
動体視力や体力、反射速度すらも強化する。
スピアの突きを頭を右に傾けてギリギリで躱し、左手を離して右手で持った槍を突く。
その時、魔術五月雨を起動させる。
今までの戦い、スピアは腹を突かれた程度では死ななかった。
そこで武刀は一つの答え、当然のことを思う。
死なないのなら、死ぬまで突けばいいと。
右手で持つ槍は左肩に突き刺さる。
その時、スピアの目には幻覚か? と思わせる光景が見えた。
目の前に、大量の槍が、こちらに矛先を向けて浮いているのだ。
ただし、その槍は重力に従って落下している。
五月雨を発動したと同時に左手で落ちている槍を掴み、振り上げる。
槍の矛がスピアの肉体を上に向かって浅く斬り、右手で持っていた槍を離して別の槍をいつもとは反対に掴み、右足はスピアの身体を蹴ってほんの少し距離を取る。
その距離は、槍の間合いだった。
右手の槍を腹部に突いて左手の槍は右目を潰し、左足を落下して地面に落ちた槍の矛先を掬い上げるように蹴った。
槍は空中でクルクルと回転し左手で握り、右手は地面に突き刺さった槍の石突きの方を掴み、さらに串刺しにしていく。
五本による槍で串刺しにされた時、右側に移動していたスピアが後ろから迫って来た。
武刀が襲う前、二人は武刀を挟み込むようにして移動していた。
それは武刀を倒すため故の行動だったが、逆に助けに行くのが遅れてしまった。
武刀は振り向き、迫る三体目のスピアに近付いた。
槍は持っておらず無手の武刀に、ほんの少しだがスピアは油断した。
それが過ちだった。
スピアが両手で捕まえようとするが、逆にこちらが手首を掴んで身動きを封じる。
手を組み合おうとすれば、スピアの爪が伸びてこちらの手が大惨事になってしまう。
スピアは今の状況、手首を掴まれて身動きを封じられた光景に見覚えがあった。
それは武刀の封じようとした時、両腕を引き千切られて吹き飛んで行った。
あれだけは回避しようと、スピアは腕を動かすがほんの僅かに動くだけでこの状況を打破することはできない。
次に右足で武刀の脇腹を蹴る。
強化魔術は身体そのものを強化する。
それは防御力、所謂身体の頑丈さも上昇させるがナイフ一本で死ぬ人間が、強化しただけでドラゴンの一撃を耐えることができない。
スピアの蹴りが武刀の右脇腹に当たり、僅かに身体が前に傾く。
効いてる。
そうスピアは確信し、さらに蹴る。
何度も蹴る。
武刀の身体は揺れるが、それでも手首だけは離さなかった。
一方的に攻撃することでスピアの頭の中には武刀の罵詈雑言が無数に浮かび上がっている時、武刀は顔を上げた。
「な~んちゃって!!」
人を馬鹿にするような声で言い、続けて。
「ストリア。手を頼む」
武刀の襟から青く透明な触手が伸び、武刀が掴んでいたスピアの両手首を握る。
ストリアが代わりに掴んでくれることで、武刀は手を離した。
スピアの脇腹の蹴り。
あれは強化魔術を使っていても、武刀は耐えることが出来なかった。
しかし、ストリアが衝撃を吸収してくれたことで武刀は無事でいられたのだ。
腕は掴まれ蹴りも効かない、?みつこうにも近づくことができない。
今のスピアにとって絶体絶命だが、まだ希望はあった。
何故なら、スピアにはまだドラゴンの代名詞でもある攻撃方法が残されているからだ。
スピアは口を大きく開いた。
それと同時に武刀の左手がスピアの顔に近付いた。
武刀も一体目のスピア、吹き飛ばした方の時、噛みつこうとして歯が牙へと変わったのを見て、口には近づけなかった。
左手は別の場所。
身体だけは頑丈でも、そこだけは弱点となる生物共有の場所。
目だ。
「うがあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
苦痛にる絶叫が、辺りを木霊する。
それは武刀がスピアの両目を潰したからだ。
目を潰されてスピアは何も見えなくなる。
人差し指と中指でスピアの目を潰されたが、スピアは痛みに堪えながらも口から炎を吐こうとした。
だが、次の武刀の一言がスピアを恐怖に駆り立てた。
「炎を吐くか。なら、目を焼かれる感覚を味わえよ」
左の小手にある魔術、炎撃が発動した。
「あああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
武刀の左手は燃え、目と指の僅かな隙間から炎が零れる。
目にある水分が一気に蒸発し、燃える痛みを味わった。
「五月蠅い!」
武刀の右手がスピアの口を掴んで、上手く喋らせないようにした。
「なあ知ってるか? 口の中って、目ほどではないが頑丈じゃないんだぜ」
右手の小手にある魔術、氷撃が起動した。
氷は身体には伸びないが、口を覆い、さらに身体の中へと浸食していく。
目が燃えて頭は燃えるように痛み、口は氷で塞がれ気管も凍らされ息を吸うことすらできなくなり、徐々に身体の感覚がなくなっていく。
「愉快なオブジェになれよ」
氷撃による氷はスピアの全身まで達し、完全に停止した。
武刀が両手をスピアの顔からどけたと同時にストリアも掴むのをやめて武刀の身体の中に入って行く。
身体の内側から氷漬けされてしまったせいか身体は固まっており、武刀はそれから目を離して転移で槍を戻して二体目、串刺しのほうに目を向ける。
そちらは五月雨の魔術によって生まれた槍は消え、身体には五本の槍で貫かれた穴が開いているが、修復されていた。
まだ息があるか。
武刀はその場で槍を投げるため反対に持って投擲する。
おまけとばかりに、五月雨を起動させて槍の雨が身体を串刺しする。
槍が多すぎて、スピアの身体が無事かどうかすら分からない。
転移して槍を引き戻し、最初の一体、吹き飛ばした方を探そうと吹き飛ばした方へと歩こうとした時、それを見て止まった。
武刀の目にはスピアが見えた。
槍で貫いた腹の穴は塞がり、千切れた腕を修復されていた。
あっちのほうから来てくれた。
まあ、楽ができたらいいか。
武刀はゆっくりと残った獲物に向かって歩いて行く。




