冬、しんしんと-6
どれだけ、そうしていたんだろう。
気づけば辺りは、暗く、遊んでいた子供の声もしない。
ため息をついて、立ち上がりかけた時に、見慣れた人影に気づいた。
カチリと音がして、ぽうっと赤い火が灯る。
微かに、漂う煙草の匂いに僕は目を見開いた。
「細谷先輩…」
思わず、声をかけてしまっていた。
彼女の兄だ。
僕の声に少し驚いた様な表情をしたけど、悪びれる訳でも、動揺した訳でもない。
「ばれたか」
ちょっとだけ、苦みを含んだ笑顔を浮かべてそう言っただけだった。
ベンチで、細谷先輩と並んで座る。
さっきの彼女の泣顔がふと、浮かんだ。
「…妹がな、泣いてた」
ぽつりと、つぶやく様に言われ、思わず身体が強張る。
なにも言えずに項垂れた僕に、細谷先輩は軽く笑った。
「なんとなく事情は聞いてるよ…お前、女ダメか?」
からかう訳じゃなく、軽蔑を含んだ声でもなく、ただ、事実を聞いた、そんな問いかけに促される様に、僕は小さく頷いた。
「俺と同んなじ、だな」
驚いて、顔を上げた。
煙草の煙を吐いた細谷先輩の表情が、どうしようもなく乾いていて、でも、何処と無く道に迷っている様な色を含んでいた。
言葉を交わしたのはただ、それだけ。
煙草を吸い終わるまで、僕らは並んでただ座っていた。
何かを喋る必要もなかった。
道にはぐれた者同士、やっと人に出会った。
そんな安堵感があったのは、僕だけじゃないと思う。
結局、僕と彼女は別れた。
彼女に新しい恋人ができたからだ。
ホッとしたような、少し淋しい様な複雑な感じだった。
間違いなく僕は彼女が好きだったからだ。
けど、お互いにベクトルが違っていた。
どこまでも、重なり合うことはできない。
細谷先輩とも、合う事はないと思ってたけど、なんとなく、あの公園のベンチで会っていた。
初めて、お互いに触れ合ったのはそれからしばらく後の事だ。
恋愛感情と言うには、頼りなげで。
同志、とでも言うのだろうか。
触れてみたい、ただ、その欲だけだったような気がする。
公園のベンチで待ち合わせをして、ラーメン屋とか、ファーストフードの店で食事をする。
『お前、何食べさせても、美味そうじゃないないな』
苦笑いする細谷先輩に申し訳無い気持ちになったものだ。
ビルの階段。
誰の目も届かない場所で、僕らは抱き合った。
後ろは使った事はなかった。
ただ、お互いの肌を、確かめ合う様にして隅から隅まで指や手のひらで辿った。
唇を触れ合わせて、温もりを確かめあった。
閉鎖された幼い世界。
そんな場所で僕らは二人きりだった。