冬、しんしんと-5
どうしても、一人で店に入る気にならない。
どこもかしこも、小杉の面影があって、今は二人の姿を見るのも胸に堪える。
なのに今夜に限ってお気に入りのコンビニのスープは売り切れ。
かと言って、コンビニのハシゴをする気にもならないくらいに外は寒い。
雪は雨になって、それが余計に寒さを増していた。
もう、何も食べる気にもならないから、仕方なくコンビニを出る。
駐車場に入ってきた車を横目に、とにかく家に向かう。
「横井?」
ふいに名を呼ばれドキリとする。
こんな時間に小杉が、こんな場所に居るはずもない。
なのに、僕はあの男の声で名前を呼ばれる事を何処かで待っているんだ。
何気なく振り返る。
社の人間だろうか。
「やっぱり横井だ」
「…細谷先輩」
穏やかな笑顔を浮かべた長身の細身の人は、遠い昔、僕を求めて、そして去って行った人だった。
ーー 飴色のテーブルの上に琥珀の香り高いウィスキーが二人分。
差し向かいに座った人の燻らす煙草の紫煙が立ちのぼり、言葉も無い僕らを包んだ。
あの頃、悪戯にこの人はこうして煙草を吸っていた。
ーー 明るい弟妹と、父と母。
そして、一人、その中で溶け込めずにいた僕。
だからと言って、冷たくされていた訳でもなく、嫌っていた訳でもない。
ただ、家族との間にどうしようもなく、薄い膜のようなものがあって、それがいつも僕と皆を阻んでいた気がしていた。
それは、僕が抱えている形にならない気持ちが原因だったんだけど。
そんな気持ちを抱えたまま僕は、高校生になった。
同級生に、華やかではないけど、優しい女の子がいた。
その子と、付き合ってみたりしたけど、彼女が望むような付き合い方がどうしても、僕にはできずにいた。
今、僕の目の前で煙草を燻らしている人は、その彼女の兄で、高校の先輩だった。
僕とは真逆の人で、明るくて、人を惹きつける話し方、友達も多くて、生徒会長に二年連続で望まれる様な人だった。
けど、何処か、その瞳の奥に乾いた何かを隠し持っている。
そんな気がして仕方なかったんだ。
そんなある日、彼女の家で、言い合いになった。
どうして、キスしてくれないの?
私を好きじゃないの?
彼女はそう言って、泣きながら僕を責めた。
きっと、彼女は不安だったんだろう。
周りの友達の付き合い方と、あまりにも違う僕らに。
望まれても、僕は彼女にキスさえできなかった。
抱きしめて、慰める事はできても、彼女にそう言う気持ちを持つ事が出来なかったからだ。
気まずい気持ちで、彼女の家を出た。
一人帰る、夕暮れの道。
家には帰りたくなかった。
目を逸らしていたままの、僕の奥にある秘密に、僕自身が気づいてしまったから。
どこに行く当てもなく、公園のベンチで途方にくれた。
家族との間にある、薄い膜。
ーー 僕は、女の子に恋をする事が出来ない。
それが、その正体だったんだ。