冬、しんしんと-3
こんな小杉は初めてみた。
いつも、この男は皆の前で『彼女』だとハッキリと紹介した女性にもこんな態度をとった事なんて無かったんだ。
でも。
小杉が、“佳奈ちゃん”と呼ぶ女性には違う。
何時ものような少し、上から目線の態度はなりを潜めている。
ポンポンと小気味のイイ調子と、バランスの良いアクを含んだ言葉で、やり込めたり、笑わせたりしている小杉が、佳奈ちゃんには何時もの調子が出ずにいるのだ。
彼女は、小杉との言葉のキャッチボールが上手い。
そして、一歩も引かない。
そんな佳奈ちゃんと、少し睨み合う様に見つめ合ったりすると、小杉の相好が崩れる。
『たまらない』
と、言った風に。
こんな事は初めてで、初めて尽くしの日に僕は戸惑いを隠せない。
あぁ、そうか。
と、不意に腑に落ちる。
僕は、小杉のこんなに近くに居るのに、随分遠くに離れてしまったような気がしていた。
小杉は、『恋』をしているのだ。
この男の前で、軽やかに色んな表情を見せる事の出来る彼女に。
「今夜は、あんまりすすまないな」
訝しげな小杉の声にハッとした。
僕の心の中のおしゃべりな口は、急に口を噤む。
「こんなものじゃないか?いつも」
「ふーん、そうだっけ」
気のない様に聞こえる小杉の声に、胸が痛む。
当たり前じゃないか。
僕は同性の『飲み友達』で、この男の深い友人でもないんだ。
僕が、小杉の事で知ってる事と言えば、好きな酒と、食べ物の好みぐらいなのかも知れない。
知ったつもりの男が、急に知らない顔を見せる。
いつもは、ほんのり甘く感じる琥珀色の酒が今夜は苦く感じた。